『のび太の雛見沢事件簿解』(4)園崎家にて
「いない人間の事を、いつまでも話していたってしょうがないよ。私達が考えなきゃいけないのは、どうやって生き延びるかってこと」
魅音が“前原圭一”に関する話を打ち切った。
「その山狗部隊はどの程度の実力なの? 梨花ちゃんは知らない? 実際に戦っている夢を見た事ないわけ?」
梨花の考えによると、一番犯人の可能性が高いのは、彼女を護衛するはずの山狗部隊らしい。その動機は、『滅菌作戦』の実行にあるようだ。
「ないのです。襲われた時に、噛み付いて逃げ出した事はあっても、すぐに捕まってしまったのです」
「じゃあ、実際の練度とかわからない?」
「一度だけ、敵が諦めるまで山の中に隠れていたことがあったですけど、山狩りですぐに見つかってしまったのです」
「それでは、ゲリラ戦にも長けているのかもしれませんわ。非常に手強い相手だと思いましてよ」
「その割に楽しそうじゃない」
「腕がなりますわ。私のトラップがどれほどのものか、たっぷり試させてもらおうじゃありませんの。おーっほっほ」
精一杯の虚勢だったとしても、こうして笑って見せられるあたり沙都子は大物に違いない。
「私達としては、なんとしても梨花ちゃんを守り通さなきゃいけないわけだけど、問題となるのはその方法論だよ。なにかアイデアはない?」
「警察とかマスコミを味方につけるのがセオリーだと思いますけど、今回は論外ですわね」
「うん。『東京』や『雛見沢症候群』という情報では動いてくれないと思う」
レナが真剣な顔で応じる。
「それができれば、おじさん達は一番楽なんだけどねー。身の安全も確保できるし」
「残された手段は、私達が逃げ切るか、敵を倒すかの二択しかないのかな?」
「そうなるね。だけど、この村を逃げ出すのは難しいんでしょ? そのへんはどうなの?」
魅音が改めて確認する。
「山狗の標的はボクひとりなのです。作戦を決行したなら、ボクを逃がさないように村の封鎖を行うはずなのです。道路を監視したり、外との電話回線も切断されると思うのです」
「やっぱりそこまでやるのか。そりゃあ、厳しいね」
「運良くボクがこの村から逃げ出せたとしても、その状態が長く続くと村にも影響が出るらしいのです。そうなると逃げ切るどころか、戻らなければならないのです」
「梨花ちゃんが戻ってきても、結果は皆殺しなんだろうけど……。さすがに、それを無視して逃げ続けるのは、後味悪いからね」
魅音の言葉にレナが頷いた。
「この村に住む全員を犠牲にはできないよ」
「そうなると、逃げ出すって選択はなくなるわけだ」
「でも、倒すのはもっと大変だと思う」
「わかってる。向こうの目的は梨花ちゃんひとりだからね。私達は一人残らず敵を全滅させなきゃならない。ひとりでも逃がして、梨花ちゃんを殺されてしまったら、向こうの勝ちだよ。『東京』の組織がデカすぎて、私達の手に負える相手じゃないよ」
「梨花を殺すというのは、『東京』の総意なんですの?」
「それってどういう意味?」
「つまり、『東京』が大きければ大きいほど、意見の統一が難しいと思いますの」
「それはあるだろうね」
「どんなことにだって反対派はいると思いますの。事件が大きくなれば、『東京』にとっても都合が悪いはずですわ」
「だけど、山狗っていうのは諜報戦が専門なんでしょ? そのあたりは上手く隠す自信があるんだよ」
「はいなのです。興宮の警察やマスコミ関係にも山狗のスパイがいるはずなのです」
「それだと、私達が騒ぎたてても握りつぶされると思う」
「情報戦の余地はなしってことかな。乱戦に持ち込まれるとこっちの勝ち目はないし、敵を取りこぼす可能性もあるよ。戦うなら、敵を誘い出して一網打尽にするしか勝ち目はないね」
「そうなると、頼りは沙都子ちゃんの裏山かな」
「先ほども言ったじゃありませんの。私のトラップで山狗を全滅させてさしあげますわ」
非常に不利な状況にありながら、それでも少女達の意気は軒昂だった。
「さっきから黙ってるけど、二人は意見とかないわけ?」
魅音が、ディスカッションをただ眺めていたのび太とドラえもんに話を向けてみる。
「えーっと、裏山で戦うってことだよね。うん、頑張ろう」
のび太はどの程度会話を理解しているのか非常に怪しかった。
ドラえもんがため息をついて魅音に応えた。
「単純作業ならのび太にもできると思う。ボクのひみつ道具も使えば、うまく戦えると思うしね」
「ドラえもんの道具の中には武器なんかもあるわけ?」
「ボクは子守ロボットだから、あまり危険な武器はあまり持っていないけど、使い方次第だからね」
「持っている中で一番強力なのはどんなヤツなの?」
「地球破壊爆弾」
その道具は、満場一致で使用を禁止された。
「ちょっと長くなっちゃったし、コーヒーでも入れてこようか」
「あ、私も手伝うよ、魅ぃちゃん」
遅れてレナも立ち上がった。
お盆に六人分のコーヒーカップを乗せて戻ってきたのは、レナ一人だった。
「魅音さんはどうしたんですの?」
「お婆ちゃんにつかまっちゃった。何か話があるみたいだよ」
「もしかして、『東京』の事を相談するつもりですの?」
「それは違うよ。私達に関係のない話みたい」
そう告げて、レナはお盆をテーブルの中央に乗せた。めいめいが取り上げて、ミルクや砂糖を入れる。ブラックで飲む人間はいなかった。
魅音が不在のまま会議を始めるわけにもいかず、雑談をしていたのだがさすがにじれてくる。
「魅ぃはどうしたのですか?」
「う、うん……。どうしたんだろ」
レナの答えは歯切れが悪かった。
「魅ぃを呼んできますです」
「すぐ来ると思うから、待っていた方がいいんじゃないかな?」
「……何を隠しているんですの?」
「別に隠してないよ。私達はお客さんだから、迷惑をかけたらまずいよ」
何かを察したのか、沙都子が問いかける。
「レナさん。私はトイレに行きたくなったんですけど、行ってきてもよろしいですか?」
「いいんじゃないかな? レナに断る必要なんてないと思うよ」
「では行ってきますわ」
沙都子が立ち上がって、部屋を出て行った。
「私もトイレに行って来るね」
すかさずレナが立ち上がる。
「ボクもご一緒するです」
「梨花ちゃんまで?」
「レナは水くさいのです。なにかあったのなら、ボク達にも正直に話してほしいのです」
レナがため息を漏らす。
「……実はお婆さんが、怒ってるの」
「お魎が?」
「うん。沙都子ちゃんを帰せって言って」
夜も更けたことから、お魎は沙都子を帰すように魅音をしかりつけていたのだ。
魅音がなんとか説得しようとしているが、お魎は首を縦に振ろうとはしなかった。
すでにその口論が続いているのか、二人の荒い声が廊下に響いていた。
「私はうちに帰った方がよさそうですわ」
沙都子のつぶやきに、レナが慌てて反論する。
「そんなのだめだよ。梨花ちゃんがいなくなったら、沙都子ちゃんから居場所を聞き出そうとするはずだもん。どんなめに会わされるかわからないんだよ。大丈夫、きっと魅ぃちゃんが説得してくれるから」
「そうは思えませんわ。……それに、これまでだって無理だったではありませんの」
「違うよ、沙都子ちゃん。お婆ちゃんは本心では沙都子ちゃんの事を許しているの。魅ぃちゃんがそう言っていたよ」
「そんなこと信じられませんわ」
「もしも……、沙都子が帰るというなら、その時はボクも一緒に帰るのです」
「ダメですわ。梨花ひとりの命ではないんですのよ。村の住民全ての命がかかっていますのに」
廊下の状況も知らず、魅音はなんとか説得しようとしていた。
魅音の肩書きはあくまでも園崎家頭首代行。現頭首のお魎が健在である以上、二人の力関係ははっきりしていた。魅音の交渉術もお魎に教わったものなのだから、魅音自身の言葉でお魎を説得するしかなかった。
「あんな北条の糞餓鬼なんざバチ当たりモン、しゃがあねっちゅゆうたんだら!」
「待ってよ、婆っちゃ。理由は言えないけど、沙都子だけを帰すことなんてできない。私にとっては梨花ちゃんも沙都子も大切な友達なんだから」
本当の事を告げられればいいのだが、さすがにそれを信じてはもらえないだろう。そんな事をすれば、お魎は馬鹿にされたと感じて怒り狂うはずだ。
「なんばしよっとかすったらん、くっだらねッ! だあっと聞いとん、くだらんわ!」
廊下で様子をうかがっていたのび太が小声で告げる。
「……なんて言ってるのか、わからない」
「ボクだってそうだ」
いくらなんでも、ドラえもんのコンピュータに方言などプログラムされていなかった。
「翻訳コンニャクを使ってみよう」
翻訳コンニャク――食べるだけで未知の言語が理解できるようになるコンニャクである。
「意訳:北条沙都子個人のもめごとなら、この家に持ち込まないでください。早めに帰ってもらってください」
がらっ!
聞いていられなくなったレナが、障子を開けて勝手に室内へ踏み込んでいた。
「意訳:なにかご用でしょうか? レナさんを呼んだつもりはありません」
「確かに私は園崎家とは無関係の人間です。でも、大切な友人の沙都子ちゃんに関することなら、黙っているわけにはいきません」
お魎の怒声をあびても、レナは一歩もひこうとしない。及び腰である魅音とは対照的な態度だった。
レナが話に割って入れば、お魎を怒らせることは分かりきっている。それでもレナが行動に移したのは、なによりも沙都子を助けるためであり、魅音を助けるためでもあった。
「お婆ちゃんは本心では沙都子ちゃんを嫌っていないって言ったよね?」
のび太の質問に、ドラえもんが頷いた。
「そう言ってたね」
「それなら、正直電波を使ったらどうかな?」
「……やってみようか」
ドラえもんは取り出した正直電波を室内に向ける。
「詩音と悟史のことも認めてくれたじゃない。どうして、沙都子を許してあげられないのさ? 婆っちゃだって、言ってたじゃないか。沙都子を一人ぼっちにしているのが心苦しいって。村のみんなだってそうなんだよ。婆っちゃが許せば誰も反対したりしない。婆っちゃが怒るのもわかるけど、もう北条夫婦はいないんだ。園崎家が許さなかったら、誰が北条家を許してあげられるのさ? 責任のある立場にいるからこそ、園崎家が率先して北条家を許すべきだと思う!」
魅音が思いの丈をぶちまけている。どうやら、威圧されていた魅音にも正直電波が働いたようだ。
「私からもお願いします。沙都子ちゃんに責任がないことは魅ぃちゃんのお婆ちゃんにだってわかっているはずです」
「意訳:二度と言わないのでよく聞いてください」
いつもなら避けてしまうお魎の視線を、魅音は正面から受け止めていた。自分の意志が相手に届くことを信じて。
咳払いして、お魎が声を張り上げた。
「意訳:私はもう沙都子さんを怒ってはいません。北条家の謝罪は終わったと考えています。これ以上冷遇する必要はないでしょう」
てっきり、お魎の叱責を受けると身構えていた魅音が、驚いてお魎を見つめ直す。
「……え?」
目の前のお魎自身もまた、自分の言葉に驚いていた。
「婆っちゃ。本当? もう沙都子のこと怒ってないって、……そう言ったよね?」
園崎の身内に対してならまだしも、レナのような第三者の前でこの発言をしたのは初めての事だった。
「魅ぃちゃん。お婆ちゃんは2度と言わないって言ってた。あまり、念を押さない方がいいよ」
「あ、うん。そうだね」
口を滑らせて本音を漏らしたことに、お魎は不愉快そうに眉をしかめる。だが、二人の嬉しそうな顔を見ると、あえて訂正することもためらわれた。なによりも口にした言葉はお魎の本心であるからだ。
魅音が表情を引き締めて、姿勢を正した。
「後のことは園崎家頭首代行として私が全部引き受けるよ。園崎家は北条家との確執はすべて水に流す。沙都子は村の一員として受け入れる。私が町会にも説明して、絶対にみんなに納得してもらう。約束するよ」
それこそが、園崎家の一員として、そして、沙都子の友人として、自分が果たすべきケジメだと思えた。
魅音は園崎家の人間だったために、悟史と沙都子になんの手助けもできなかった。その無力さと悔しさを魅音は忘れたことがない。
辛いことの多い園崎家頭首代行の地位を、このときほど責任を伴って実感したことはなかった。所詮は、祖母の威光を借りたお飾りの代行にすぎないが、沙都子を助けるために使えるならばこの立場をいくらでも利用しようと思う。
頭首代行という地位に縛られ、自分を押し殺すことの多かった魅音が、これほど自分の意志を主張したのは初めてだったかもしれない。
それはなによりも、園崎家にとって喜ばしい事でもあった。
お魎が魅音とレナに手を振ってみせる。
「意訳:納得がいったのなら、これで話は終わりです」
あとがき:そういえば、祭囃し編では神社にいたお魎がふたりの容態を入江に尋ねるシーンがありました。あのお魎は自宅に梨花や沙都子がいることを知らなかったんでしょうね。