『のび太の雛見沢事件簿解』(3)夢語り

 

 

 

「こんにちわなのですよ、魅ぃ」

 魅音が家の玄関まで出迎えると、そこには梨花の他に祭で一度だけ顔を合わせたふたりもいた。

「急にどうしたのさ? のび太にドラえもんまで」

「ボクたちは、魅ぃにとても大事な話があるのですよ」

「私に?」

 首を傾げながらも、魅音は梨花達を屋敷に招き入れた。

 差し出されたお茶とまんじゅうをつまみながら、梨花とのび太がそれぞれの話を口にする。

 それは茶飲み話というには、あまりにも日常からかけ離れた内容だった。

 親しい梨花の言葉とはいえ、さすがの魅音も簡単に信じるとは口にできなかった。かといって、無視できる内容でもない。

「その話は沙都子にもした?」

「魅ぃの協力を得てから話すつもりだったのです」

「だったら、沙都子とレナにも話していいよね? あの二人だったら真剣に聞いてくれると思う」

「はいなのです」

 梨花は至極当然といった態度で頷いた。

「難しい問題にぶつかったら、一人で考え込むよりもみんなに相談しないとね」

「……っ!?」

 当たり前のように呟いた魅音の言葉に、思わず梨花は相手の顔を見つめ返していた。

 

 

 

 とても電話越しで済ませる内容ではないため、魅音は友人達を園崎邸まで呼ぶことにした。

 呼び出し音の後に、受話器が取り上げられたのを確認して、魅音が呼びかける。

「もしもし、沙都子? 私、魅音だけど」

『どうしたんですの? こんな時間に』

「ちょっと大事な話があるんだ。食事も準備するから、こっちにこれない? 梨花ちゃんはもううちにいるしさ」

『も、もう梨花ったらぁ。今日の料理当番でしたのに』

「レナも同じ用件で呼ぶつもりなんだ」

『ですが、その……』

「なに? どうかした?」

 言いよどむ沙都子の様子に、魅音は閃いた。先ほどののび太の話を思い返す。

「もしかして……、誰かそばにいる? のび太とか」

『どうしてわかったんですの?』

 どちらが驚いたかと言えば、魅音こそが驚いていただろう。少なくとも、のび太が二人いるという話が事実となるのだから。

「えっと……、のび太が一緒だとまずいんだ。沙都子だけ一人で来てくれないかな」

『どうしても……ですの?』

「うん。ごめん」

『わかりましたわ。では、これからすぐに参りますわね』

「待ってるよ」

 電話を切ると、今度はレナにかけるために受話器を持ち上げた。

 

 

 

 自宅の遠かった沙都子は、レナよりも遅れて園崎家へ到着した。

 そして、待っていた面子を見て彼女は驚くことになる。

「ドラえもんさん!?」

 そこには、ついさきほどまでのび太と共に探していたドラえもんがいたのだから。

 一度は喜んだ沙都子だったが、その表情がすぐに曇った。

「それよりも、どうしてのび太さんがこちらにいらっしゃるんですの? 魅音さんは私一人でとおっしゃったはずでしょう」

 心理戦の得意な沙都子は、とっさにいたずらに引っ掛けられたと感じたらしく、不機嫌さを隠せない。

「沙都子ものび太と一緒にドラえもんを探してたんだって? どうしてのび太がここにいるかも、本人に説明してもらうから、レナも一緒に聞いてくれる?」

 新たな二人を仲間に加えて、梨花とのび太がこれまでの話を繰り返した。梨花は雛見沢症候群とその研究について、のび太はこれからの数日間で起きる出来事についてである。

「「………………」」

 レナも沙都子も咄嗟に反応できない。それほど、常識はずれな内容だった。

「レナはどう思う?」

 じっと考え込んでいるレナに魅音が意見を求めた。

「……レナは信じるよ。梨花ちゃんものび太くんも嘘は言っていないと思う」

 レナは嘘に敏感だった。これだけの話をでっち上げるのなら、二人の様子を見て彼女が気づかないはずはない。梨花にものび太にもやましいところは感じなかったし、その目が真剣だったことは断言できる。

「でも、あまりに突飛すぎない?」

「魅ぃちゃんも、信じたからレナと沙都子ちゃんを呼んだんだよね?」

「まあね」

 レナの指摘に魅音が苦笑する。

 魅音自身もふたりの話を笑い飛ばせなかった。だが、あまりにも現実離れしているため、積極的に肯定できずにいたのだ。

「梨花ったら、そんな話でしたら真っ先に私に相談して欲しかったですわ」

 沙都子がそう言ってむくれてみせる。

 彼女は親友である梨花の言葉を疑うつもりはない。だが、相談される順番が後回しになったのは、とても残念だった。

「だけど、梨花ちゃんはどうしてのび太くんの話を信じたのかな? レナは梨花ちゃんが信じていたから、のび太くんの話も受け入れやすかったけど」

 レナの言葉はもっともだった。

 梨花を巡る状況も現実離れしているものの、まだ説明のつく話である。それを考えると、タイムマシンなどとは信じる根拠が乏しすぎた。

「のび太がボクの死ぬ事を知っていたからなのです。ボクはオヤシロ様のお告げで、自分が死ぬ未来を知っているのです」

 あっさりと告げた梨花の言葉に、三人が仰天する。

「ちょっと待って! どういうことよ!?」

「嘘でしょう、梨花!」

「それって、絶対に死んじゃうってことなのかな?」

「落ち着いて欲しいのです。未来は一つではないのですよ。さまざまな可能性に応じて、いろんな展開があり得るのです」

 梨花はそう説明した。それは彼女に起きている現象とずいぶん異なるのだが、本当に全てを明かしてしまうと、友人達との関係が変わってしまいそうで彼女はわざと真相を伏せたのだ。

「同じ未来についての予知夢なら、内容も同じなのではありませんの? もちろん、そんな予言は外れて欲しいですけど」

 沙都子のもっともな疑問に、梨花は首を振った。

「未来とはひとつではないのです。いくつもある小さな分岐で、大きく変わるのです。ボクは確定されたたった一つの未来ではなく、さまざまな可能性の先にある違った未来を見るのです」

「それってさ……、結局は当たらないってことでしょ? 予知とは言えないんじゃない?」

 魅音の指摘を受けて、梨花がわかりやすい事例をあげた。

「たとえば……、部活でやるゲームの内容は、いつも魅ぃの思いつきで変わるのです。ジジ抜きだったり、料理勝負だったり、水鉄砲だったり」

「そうかもね」

「だけど、オモチャ屋でやったイベントはちょっと違うのです」

「え?」

「あの時は、部活メンバーの他にクラスのメンバーも入れて大人数だったのです。それに、賞金は5万円。魅ぃが事前に計画していたイベントだったから、ほとんどの未来で実施されていたのです」

「ランダム要素が少なかった……ってこと?」

「そうなのです。それと、あのイベントの一回戦で部活メンバーは全員が違う机に着いたのです。偶然の一回ならばあり得ても、全ての未来で机が分かれることは普通ならあり得ないのですよ」

 梨花が魅音の表情をうかがった。

「そこから逆算すると、席分けは偶然によるくじ引きではなく、部活メンバーがかち合わないように細工された結果だと考えられるのですよ」

「あっ!?」

 梨花の指摘に魅音が思わず驚きの言葉を発した。それは、とりもなおさず、梨花の指摘が正しかったことの証明だった。

「えっ、そうなの魅ぃちゃん?」

「そうなんですの?」

 レナと沙都子の視線が向けられる。

「ち、違うって! 確かに細工はしたけど、くじだけ。グループ分けのくじだけだってば。それぞれのグループで勝負内容を決めたのは私じゃなかったでしょ」

 慌てて魅音が弁明する。イベントの主催者として、それだけは断言する必要があった。優勝して賞金を手にした――正確に言えば誰にも賞金を渡さずに済ませたのだからなおさらである。

 その言葉が事実であることを思い返して、レナも沙都子も納得する。

「それはつまり、誰かのやる気っていうか、意志があった場合、同じ結果になりやすいってこと?」

「そうなのです。数多く分岐する可能性のなかで、強い意志が働けばそれだけ同じ事が起きやすくなるのです」

 それこそが、梨花の主張の核となる部分だった。

「ほとんどの未来で5年目の祟りは起きていますが、犯人や被害者は毎回違うのです。その中で確実に発生するのが、富竹と鷹野、そしてボクが死ぬことなのです」

 ここで魅音は一つの情報を明かすことにした。レナと沙都子だけでなく、梨花ですら初めて知る情報のはずだった。

「……その話なんだけどね、富竹さんと鷹野さんが行方不明なのは確かみたい。オヤシロ様の祟りを疑って、警察が極秘で動いているって話が、園崎家にも入ってきたんだ」

 場を沈黙が支配した。

 犯人の目的は不明だが、梨花の予知夢のように富竹と鷹野が殺害されたことはほぼ間違いない。次に梨花が狙われるのは時間の問題だろう。

「聞きたいんだけど。その予知夢には、犯人のヒントってないわけ? 他にも情報があるなら詳しく聞いておきたいんだけど」

 魅音に話を振られて、梨花はうつむいてしまう。

「手がかりらしい手がかりはなかったのです。何かに気づいていれば、みんなにも話しているのですよ」

「でも、発生したオヤシロ様の祟りの状況とか、事件の前後関係とかさ」

 少しでも情報を入手しようとして魅音が食い下がる。

「それは……あまり言いたくないのです。雛見沢症候群の症状が悪化すると、誰のどんな言葉も通じなくなるのです。親しかった村人が知り合いを殺すのは、嫌なものなのですよ」

 そう告げた梨花の表情は、自分が死ぬ未来を告げた時よりも辛そうだった。先ほどの梨花の言葉が確かなら、彼女は村人同士が殺し合う事を何度も見ていることになる。

「魅ぃちゃん、それ以上聞かない方がいいよ。レナにも梨花ちゃんの気持ちはわかるもん。思い出したくないこともあると思うから」

 レナが真剣な面持ちで魅音を制した。悲痛にすら思える表情は、梨花の心情を正確に察しているからだろう。

 梨花が言葉を濁したのには理由があった。彼女の口にした親しい村人とは、彼女の友人――つまり、この場にいる仲間達のことだったからだ。発症した仲間が友人を殺した様など、彼女らに伝えたくはなかった。

「ありがとうなのです」

 小声で告げた梨花の言葉に、レナはこくりと頷いて見せる。このような機微を察するのがレナの凄いところだろう。残念ながら、魅音にはそこまでの気配りはできない。

「それと……、ボクがのび太達と会ったのはこれが初めてなのです」

「……? それって、当たり前じゃない?」

 のび太が思わず口に出していた。

「違うのです。ボクが経験した──夢に見た中で、のび太とドラえもんが登場したことは一度もないのです。これは、ものすごい低確率のイレギュラーなのです」

「凄い幸運だってこと? 逆の可能性もあるんじゃない?」

 魅音が客観的に指摘する。

「ボクは幸運だって信じているのですよ。二人が来なかった未来は不幸な結末ばかりだったのです」

「少なくとも、のび太さん達のおかげで、私達も話を信じやすくなりましたわ。それに、梨花にも分からなかった、明確な未来を知る事ができたんですもの」

「それはあるね。梨花ちゃんの言葉だけだと信じなかった可能性もあるし」

 沙都子と魅音がうなずく。

「他の未来でもおじさん達は梨花ちゃんの言葉を信じたの?」

「……ごめんなさいなのです。みんなを巻き込むのが怖くて、一度も話していないのです」

「梨花ちゃんの気持ちもわかるけど、水くさいと思うな。梨花ちゃんがいなくなったら、レナ達は絶対に悲しむもん」

「それに、雛見沢症候群の事を考えると、梨花ちゃん一人の問題じゃないしね。私達の命にも関わることだよ」

「ボクはそこまで考えが回らなかったのです。自分が死ぬ事を、世界の終わりみたいに考えていたのです」

「そんなことにはさせないよ。私達は梨花ちゃんを助けて、たった一つの幸せな未来を掴むんだから!」

 魅音が力強く宣言する。

「最後にボクが死ぬのは避けられなかったけど、一度だけ惨劇を回避したこともあるのですよ」

「へー。どんな風に?」

「ほとんどの未来で部活メンバーは5人だったのです。悲劇を回避できたのは、その5人目が奇跡を起こしたからなのですよ」

 自らを誇るように梨花が告げた。

 5人目という思わぬ話に、部活メンバーが目を輝かせる。

「どんな人なのかな? かな?」

「5月に新しく転校してきた男の子なのですよ」

「男の子?」

 魅音が意外な言葉に驚いた。

「前原圭一といって、レナと同い年なのです。口先の魔術師の異名を取る、我が部のホープなのです」

「へえ。そんなのが来たんだ?」

「賑やかで行動力もあって一緒に遊ぶのが楽しかったのですよ」

「ふーん。じゃあ、その点については、予知夢が外れたわけだね」

「条件次第ではこの村に転校してこないことがあるのですよ。ボクの見た夢の中でも、圭一が転校してこなかったことが何回かあったのです」

「もしかして、その人の引っ越してくる場所が、あの土地なんですの?」

 梨花がなにもない空き地へ何度も足を運んでいることを、沙都子だけが知っていた。

「はいなのです。諦めきれなくてたまに見に行っているのです」

「あの土地って? なんのこと?」

 魅音が首をひねる一方で、ドラえもんはうなずいた。

「それがボク達の泊まっている場所なのか! 初めて会ったときに確か“引っ越してくるはずだった土地”って言ってた」

「そうなのです。魅ぃのうちで売り出している、林の中の広場なのです」

「へー、あそこにねぇ」

 魅音がその土地を思い浮かべる。

「あそこだと、おじさんやレナの家と方向が一緒か。登下校が一緒になるかもね」

「うん。そうだね」

「圭一は入部したてで、罰ゲームの常連だから、なおさらなのですよ」

 嬉しそうに話す梨花につられて、皆も笑顔を浮かべていた。

 

 

  つづく