『のび太の雛見沢事件簿解』(1)再び雛見沢村
のび太はタケコプターを使い、空から山を見下ろしている。
人の手がほとんど入っておらず、自然に委ねられたままの山。上空から見下ろしてみても、樹木に覆われているため、目的地を直接見つけることもできない。
仕方なく山道におりて、歩いて目的地を探すことにする。一度歩いたこともあり、ようやくそこまで辿り着いた。
導いてくれたのは誰かの声だった。
「ドラエもーん!」
狭いところにいるため、くぐもった子供の声。
草むらに開かれた丸い涸れ井戸の中から、親友に呼びかける声が聞こえる。それは、確かに聞き馴染んだ声だった。
その傍らに倒れているのは、懐かしい親友の姿。脇に転がっているドラム缶の直撃を受けたに違いない。
「ドラえもーん!」
のび太はようやく見つけた親友に抱きついていた。
こうして、のび太はごくあっさりとドラえもんとの再会を果たしたのだ。
その方法は非常に反則的だった。
取り囲まれたのび太は、どこでもドアを使用することで自室への逃亡を果たした。
机の引き出しに設置されているタイムマシンに飛び込んだのび太は、過去へと遡りドラえもんが消える直前までやって来たのだ。
「ドラえもん、しっかりしてよ」
両肩を押さえてがくがくと揺さぶってみる。
ドラえもんは頭を振りながら身を起こした。
「……のび太?」
「よかった〜。もう会えないかと思ったよ」
のび太がドラえもんに抱きついていた。
「大げさだね」
ドラえもんがきょろきょろと様子をうかがう。
「どうしてボクが倒れてたんだ?」
「そこにあるドラム缶が落ちてきて、頭にぶつかったんでしょ?」
「そうだっ! のび太を助けようとして、いきなり……。君は一人で落とし穴から抜け出したのかい?」
ドラえもんがきょとんとしてのび太を見つめる。
「違うんだ。ちょっと、こっちに来てよ」
「なに、なに……?」
のび太は事情を知らないドラえもんの手を引くいていく。
「早く助けてってばー! ドラえもーん!」
相変わらず落とし穴の底からドラえもんを呼ぶ声がする。
「あれ? 君の声じゃないか?」
「すぐに助かるから心配しなくてもいいんだ」
そう告げて、ドラえもんを引っ張った。
のび太はドラえもんを伴って、茂みの裏側に身を潜めて井戸を見守る。
「何がどうしたのさ?」
「ドラえもんは鬼隠しにあったんだよ」
「鬼隠しってなんのこと? ……ボクはここにいるじゃない」
ドラえもんの言葉はもっともだ。のび太と違って彼は未来を知らないのだから。
「違うんだよ。ボクは2日後から戻ってきたんだ。この日にドラえもんが消えちゃって、ボクは2日間も探してたんだぞ!」
のび太にしてみれば、ドラえもんの平静ぶりがもどかしい。ドラえもんが消えたことで、どれだけ自分が心細かったことか。
「ボクが消えた?」
「しっ……」
足音が聞こえてきたので、のび太はドラえもんの口を押さえる。
ドラえもんを捕まえにきた敵……と思いきや、姿を見せたのは、小柄な人物――沙都子であった。
沙都子は、井戸に落ちていたのび太を助け出した後、姿を消したドラえもんの名を呼びながら立ち去っていく。
「変だな。ボクが井戸に落ちていた時、誰かがドラえもんを連れていったはずなんだけど……」
首を傾げているのび太を、ドラえもんが非常に醒めた目で見ていた。
「まだ犯人がわからないのかい?」
「ドラえもんにはわかるの!?」
驚きの表情でのび太が振り返る。
「ハァ〜」
ひとつため息を漏らして、ドラえもんが種明かしをする。
「犯人は君じゃないか。君がボクを連れ出したんだよ」
「え? あれ? どういうこと?」
ドラえもんが物わかりの悪いのび太に説明してやる。
未来から戻ってきたのび太がドラえもんを連れ去り、そのことを知らない過去ののび太はドラえもんが消えたと勘違いしたのだ。
「…………ああっ!」
ようやく事態を飲み込んだのび太が、ぽんと手を叩く。
「なんだ、心配させないでよドラえもん」
「ボクのせいなの?」
ドラえもんが呆れる。言ってしまえばのび太が一人で騒ぎ立てただけなのだ。
「これで謎も解けたし、2日後に戻るかい? ボクも一緒に行こうか?」
その問いに、ようやくのび太が思い出した。
「ダメだよ。それだけじゃないんだ!」
慌ててのび太が説明する。
ドラえもんの鬼隠しこそ解明されたものの、他にも事件は起きているのだ。
梨花ちゃんが殺されたこと。
ドラえもんが壊されて、四次元ポケットが奪われたこと。
その理由まではわからなくとも、それらの事件はのび太が実際に遭遇したことであり、これから起こるはずの――いや、起こったことなのだ。
のび太の説明を聞いて、ドラえもんが腕組みする。
「沙都子ちゃんは今日の夜まで君と一緒だったんだね?」
「梨花ちゃんが帰ってこないから心配してたよ」
「それなら、まずは梨花ちゃんの無事を確認しておこう。梨花ちゃんの家を知ってるかい?」
「うん」
二人はタケコプターを使って、神社の近くにある倉庫を訪れた。老人達の狼藉を受ける前の状態だった。
「梨花ちゃん! 梨花ちゃん!」
繰り返し叫びながら、のび太は玄関の扉を何度も叩く。
慌てもせずのんびりとした様子で、玄関へ姿を見せたのは梨花本人だった。
「どうしたのですか?」
「梨花ちゃん、今すぐここから逃げよう! この村にいたら危険なんだ!」
「?」
のび太の焦りに同調できない梨花は、きょとんとしてのび太を見返している。
「急ぎすぎだ。順を追って説明していかないと」
すかさずドラえもんがたしなめた。
「ボクはタイムマシンで2日後の未来から戻ってきたんだ。今日……じゃない、明後日には梨花ちゃんは殺されるんだよ!」
「2日後……ですか?」
「そう! 信じてもらえないかも知れないけど、本当なんだ」
「信じますですよ。のび太とドラえもんはボクを助けてくれるのです」
梨花は二人を見て、にぱーと笑ってみせる。自分の命がかかっているというのに梨花は信じていないようだ。どうにも真剣味が足りずにもどかしい。
「それなら、すぐにボクの家へいこう。犯人が誰かは知らないけど、東京に隠れていれば見つかりっこない」
自分のアイデアを口にするが、梨花は表情を曇らせた。
「でも、ボクはこの村を離れるわけにはいかないのです」
梨花は自分が死ぬと指摘されたことについて全く質問を返さなかった。慌てていたのび太たちはそのことに気づかない。
「どんな理由があるか知らないけど、君の命がかかっているんだ。他のことは後回しにした方がいい」
替わってドラえもんも説得する。
「でも、雛見沢村に住む2000人の命に関わるのです」
「「……え?」」
話のスケールが突然大きくなったことで、ふたりとも呆気にとられてしまう。
「ボクは二人の話を信じますです。だから、二人にもボクの話を信じてもらいたいのです。とても信じられない話だけど、信じてもらいたいのです」
「聞かせてよ。信じるから」
「同じく」
二人が頷いた。
そして、梨花の説明した話とは、彼女の言うとおりにわかには信じがたい話だった――。
「この村の住民は雛見沢症候群と呼ばれる特殊な病気にかかっているのです。人を疑う事で症状が悪化し、錯覚や幻覚が消えなくなり、さらに恐怖心を高めていく。発症してしまうと、誰も信じられず誰も受け入れなくなるのです」
「それは普通の精神病とは違うの?」
質問したのはドラえもんだった。のび太にとってはすでに理解の範疇を越えている。
「違うのです。これまでの研究で病原菌と抑制する試薬も開発されているのです。外科的な治療が可能な病気なのです」
「そんな病気は聞いたこともない」
ドラえもんですら呆然となる。
「この村にしかない風土病らしいのです。昔から、村から出るな、村に入れるなという戒律があったのも、それが原因だと考えられるのです」
「それじゃあ、梨花ちゃんが村を離れられない理由もその病気のせいなの?」
ドラえもんが確認する。この場で一番重要なことだった。
「はいなのです。もともと、この病気が発見されたのは、この村を離れた人間が重度のホームシックを起こしたからなのです。正確には、土地ではなく女王保菌者と呼ばれる感染者から離れることが原因なのです」
その言葉が意味することは一つだけだ。
「つまり、梨花ちゃんがその女王保菌者になるわけ?」
「そうなのです。女王であるボクがこの村を離れてしまうと、一般保菌者の全てが発症してしまう可能性があるのです。被害妄想による暴動や、発狂してしまう可能性もあるのですよ」
「……よくわからない」
のび太がつぶやく。
肩を落としたドラえもんがかみ砕いて説明を試みる。
「つまり、この村の人たちは難しい病気にかかっているけど、普段の生活ならなんの問題もないんだ。だけど、梨花ちゃんから離れると病気が悪化して死んでしまうかも知れない」
「……本当なの?」
単純なのび太ですら疑問を挟む。それは当然の対応だろう。
「のび太は信じてくれないのですか?」
梨花が悲しそうな瞳でのび太の顔を覗き込む。
「あっ、信じる。信じるよ。ゴメン」
梨花との約束を思い出して、のび太が慌てて頭を下げた。
「他にも二人に知って欲しい事があるのです。一緒に来てくださいなのです」
梨花の先導で、のび太とドラえもんは詳しい情報を仕入れるべくそこを訪れた。
雛見沢症候群の研究を目的に設置された研究機関――それは、入江診療所の事だった。