『のび太の雛見沢事件簿』(4)綿流し祭2

 

 

 

 社の前の祭壇からどーんどーんと大太鼓の音が届く。

「んーっ、残念! のび太とサシで射的勝負したかったのに」

 魅音が悔しそうに漏らした。

「せっかくだからやろうよ」

 のび太の方は大いに乗り気だ。

「そうしたいんだけど、もうそろそろ祭も終わりだからね。梨花ちゃんはこれから仕事だし」

「ボクはお先に行くのですよ」

「おっと! ボクも早く行っていいポジションを確保しないとな。……じゃあみんな、後ほど」

 梨花と富竹がぺこりと頭を下げると、ぱたぱたと人混みへ消えていった。

「あれ、どこ行くの?」

 のび太の疑問に、レナと沙都子が答えてくれた。

「梨花ちゃんはこれから演舞なんだよ。古手家の巫女としてオヤシロさまに演舞を捧げるの」

「この村で梨花にしかできないことなのですわ」

 夜店を覗いていた村人がこぞって祭壇へ向かいだした。

 部活メンバーとともに、のび太とドラえもんも人並みに歩調を合わせることにした。

 

 

 

 のび太は非常に鈍くさい。人混みの中でもみくちゃにされているうちに、気がつくと人の列からはじき出されていた。

「あれ? みんなどこ行っちゃったんだろ?」

 自分のことを顧みずにそんなつぶやきを漏らす。当のみんなはひとかたまりになっており、のび太一人がはぐれているというのに。

 慌ててみんなと合流すべく駆け出そうとしたのび太だったが、見知った顔を見つけてその足を止める。

 目にしたのは後ろ姿だったが、間違いなくそれは見知った人間だった。人混みから離れていたためすぐに気がついたのだ。

(どうして、みんなから離れてるんだろう?)

 演舞へ向かう人の列からはずれて、富竹はまったく別方向へと向かったのだ。

「探したよ。どうしてこんなとこにいるのさ?」

 後ろからかけられた声はドラえもんのものだった。

「富竹さんを見かけたんだ。あっちへ歩いていった」

「どうして? 演舞があるのは向こうなのに」

 のび太は先ほど彼が残した言葉を思い返す。

「きっと演舞を見やすい場所があるんだよ。行ってみよう」

 明かりもつけずに暗がりへ進んでいく富竹の後を、ふたりは追いかけることにした。

 

 

 

 古い建物があった。蔵のような木造の建物である。

 扉の前に富竹と鷹野がいた。

 こんな人気のない場所で、ひそひそと話をしてから、富竹は扉の前にかがみ込む。

「何をしてるんだろう?」

「…………」

 ドラえもんが表情をけわしくして、四次元ポケットの中から道具を二つ取り出していた。

 ドラえもんが帽子を被るのを見て、受け取ったのび太も同じ行動を取る。

「どうしたのさ? 石ころ帽子なんか出して」

 石ころ帽子――これを被った人間は他人から知覚できなくなる。姿を見ても声を聞いても、路傍の石のようにまったく意識されなくなるのだ。

「もしかすると、富竹さんは泥棒なのかも知れない」

「泥棒っ!?」

 ドラえもんの言葉に、のび太が驚きの声をあげる。

「……あっ!?」

 慌てて自分の口を両手でふさぐ。

 幸いにも富竹に気づかれなかった。――いや、そのためにこそ、ドラえもんは石ころ帽子を使ったのだろう。

 錠前がはずれたらしく、開いた戸口から鷹野が中へ潜り込んでいた。富竹ひとりがその場に残るあたり、まるで見張りでもしているかのようだった。

「しばらく様子を見ていよう。泥棒だったら、後で村の人に知らせないと」

「わかった」

 のび太が頷く。

 石ころ帽子さえあれば、富竹に見つかる心配はないはずだった。

 

 

 

 しばらく待っていると、ガヤガヤと人の声が届いてくる。

「あ〜あ、もう終わっちゃったのかなぁ」

 梨花の演舞を見損ねてのび太が悔しがる。

「しょうがないさ。こっちも放っておけないもの」

 入り口に座り込んでいた富竹が中に呼びかけている。演舞を見終えた観客がこちらへ来ることも考えられるので、そろそろ退散するつもりなのだろう。

 出てきた鷹野が、南京錠を締め直している。

 ふたりが連れだってこちらに歩いてきた。

「十分堪能したかい?」

「ええ。ジロウさんのおかげよ」

「鷹野さん……、何も持ち出してないだろうね?」

「失礼ね。そこまで子供じゃないつもりよ」

 のび太達の存在に気づかず、ふたりはすぐ傍らを歩き去っていく。

「なんだ。泥棒じゃなさそうだね」

「そうみたい。ボクらもみんなのところへ戻ろうか」

「ちょっと待ってよ。せっかくだから中を覗いてみない? きっと面白い物があるんだよ」

「気が進まないね」

「ほら、本当に盗んでないか確かめておかないと」

「中にあるものも知らないで、そんな確認をできるわけないでしょ」

「でも、中が荒らされているかもしれないじゃない」

「……しょうがないなぁ」

 のび太の主張はあくまで自分の望みをかなえるための方便だ。それでも応じるあたり、ドラえもんも甘いものだ。

 ドラえもんがお腹のポケットから、フラフープのようなものを取り出して、壁にぺたりと貼り付ける。

 通り抜けフープ――この輪は壁の原子を操作して、人がくぐり抜けられるだけの隙間を作り出すのだ。これで、壁の向こう側へ通り抜けることができる。

 まずのび太が輪をくぐり、続いてドラえもんが忍び込んだ。

「真っ暗で何も見えないよ」

 のび太の声に応じてパチリと明かりがついた。ドラえもんが懐中電灯を取り出したようだ。

 小さく照らされた視界の中に、奇妙な品々が浮かび上がった。芸術的に飾り立てられている物はなく、無骨で実用一辺倒な印象をうける。装飾品というよりは、道具としか思えない品々だった。

「なんだろう? 変な道具でいっぱいだね」

 壁にかかっている物、天井から吊されている物、どれも見慣れない歪な形をしている。

 錆びている点から考えても、日常的に使用している道具ではなさそうだ。

「これで畑を耕したりしてたのかな?」

「でもこの形は……。まさか……?」

 何を思いついたのかドラえもんの表情が曇る。

「ねえ、ドラえもん。何か声が聞こえなかった?」

「え? そうだった?」

 考えに没頭していたドラえもんはまったく気づかなかったらしい。

 のび太が通り抜けフープから外を覗いてみるが、外には誰も見あたらない。

「勘違いじゃない? それに石ころ帽子を被っているから、ボクらは見つかりっこないよ」

「それもそうか」

 ドラえもんの言葉にのび太が頷く。

「それより、この道具だけど……」

「なにかわかったの?」

「中世で魔女狩りがあったことは知ってるだろ? これはその頃にあった拷問道具に似てる気がする」

「拷問道具? まるで拷問するための道具みたい」

「……だから、そう言ったんだよ」

「拷問っ!? どうして、そんなものがここにあるのさ?」

 のび太が驚きの声をあげる。

「つまり、この村では昔、拷問がされていたのかもしれない」

「そんな馬鹿な! なんだって、そんなことを?」

「知るもんか。だけど、ボクの推測が正しかったとしても、それは昔のことだよ。今も使っているなら、こんなに錆びてるはずがないからね」

 ドラえもんの説明を聞いてから改めて見直すと、道具から血が滴っているように見える。いや。表面を覆う赤い錆びそのものが、血の痕によるものなのかもしれないのだ。

「ギャーッ!」

 震え上がったのび太がドラえもんにしがみつく。

「出よう! こんなところ、今すぐ出よう!」

「この村には怖がりを治しに来たんじゃなかったのかい?」

「治らなくてもいいよ! こんなに怖いのはヤダ!」

「まったく……」

 ドラえもんは、入ってきた通り抜けフープをくぐらせて、のび太を外へ放り出した。

 

 

 

 月明かりがあって周囲を見渡せるものの、物陰に何が隠れているかわからない。のび太はドラえもんの頭を抱きしめるようにして歩いている。

「あっちから声が聞こえてくる」

 声に向かってドラえもんが歩いていく。

 人の列は大階段を下に向かって延びており、のび太達も一緒に沢まで下りていった。

 これだけの人に紛れることで、のび太の恐怖心も薄れていった。ようやく、回りに目を向ける余裕ができる。

「あれはなんだろう?」

「ボクたちも並んでみようか」

 列の先では、人々が一カ所に群がっている。何かが配られているようだ。

 順番が間近に迫ると、配っている品が見えるようになる。

「綿? どうして綿なんか」

「きっと、この村の風習だよ。みんなについて行ってみよう」

 まごまごしている二人は、どうやら村人から浮いて目立っていたようだ。

「のび太くんたちはこれからなのかな? かな?」

 こちらを見かけたらしいレナが話しかけてきた。傍らに魅音と沙都子も並んでいる。

「このあと、どうすればいいの?」

「もらった綿をね、こうやって身体に当てるのを3回繰り返して、心の中でオヤシロさま、ありがとうって唱えるんだよ」

 レナが実演したとおりに、のび太とドラえもんがマネをする。

「これでね、身体に憑いていた悪いものが綿に吸い取られたの。あとは、沢の流れに綿を流せばおしまい」

「のび太にはこの100倍ないと足りないだろうね」

「失礼な。せいぜい10倍だ」

「あはははは。足りないのは確かみたいだね」

 ふたりのやりとりを聞いて、魅音がおかしそうに笑った。

「みんなは梨花ちゃんと一緒じゃなかったの?」

「うーん……。演舞が終わってから合流する予定だったんだけど、誰かに捕まってるのかもね。祭の主役みたいなものだし」

「きっとお酌でもしているのですわ」

「それより、富竹さんも見あたらないんだよね〜」

 残念そうに魅音がつぶやく。

「と、富竹さんがとうかしたの?」

 のび太の質問に魅音がニヤリと笑って見せた。

「さっきの罰ゲームがまだだからね。ほら、富竹さんは射的でビリだったじゃない」

 ちなみに、梨花は3発とも外してしまったが店主から残念賞としてガムをせしめており、ドラえもんは弾かれた兆弾が別な標的を倒すという奇跡を成し遂げていた。

「これでね、いろいろ落書きしてやろうと思ってるんだ」

 油性ペンを取り出して見せる魅音は、実に楽しそうだった。

 そんな話をしていると、ようやく梨花が顔を見せた。

「遅れてごめんなさいなのです」

「ずいぶん遅かったね。なにかあった?」

 魅音が軽く尋ねる。

「……みー。祭具殿に忍び込んだ人がいて、いろいろあったのですよ」

「祭具殿に? 一体だれが?」

 魅音が声を跳ね上げた。

「それは……わからないのです。でも、きっと今頃は反省していると思うのですよ」

「それで、いいの?」

「はいなのです」

 梨花が頷いても、魅音は納得がいかないらしく、唇を歪ませている。

「祭具殿てなんなの?」

 会話についていけなかったのび太が傍らのレナに尋ねた。

「祭具殿っていうのはね、神社の裏手にある建物のことなの。古手神社に伝わるいろんな物が置いていあるんだって」

 ようやくのび太にも察しがついた。おそらく鷹野の忍び込んだ建物が祭具殿と呼ばれているのだ。

「何か……盗まれたりしたの?」

「祭具殿には盗まれるような物は置いていないのです。きっと中を見たかっただけなのです」

 そう断言したのは梨花だった。

「そうは言っても、祭具殿だからね。勝手に入って穢れを持ち込むなんて、許されることじゃないよ」

 神社を守る古手家の梨花よりも、魅音の方が固執しているように見える。

「そ、……そうなんだ?」

「わ、悪い人がいるもんだね」

 挙動不審なのび太とドラえもんを、梨花がじっと見つめていた。

 

 

  つづく

 

 

補足4-1:ドラえもんののび太への呼びかけは、アニメ版の「のび太くん」ではなく、マンガ版の「のび太」で統一します。