『のび太の雛見沢事件簿』(3)綿流し祭1
一夜明けて、雛見沢村の2日目――つまり、綿流し祭の当日である。午前中には祭の決行を告げる花火が上がった。
この日、のび太とドラえもんは再び村の中を見て回った。しかし、雛見沢村は自然が豊かと言えば聞こえはいいものの、娯楽施設や観光スポットのない田舎町なのだ。見物して回ったところで時間がかかるわけもない。
午後を過ぎると、ふたりは早めに古手神社を訪れることにした。
すでにいくつかの屋台は、設営が終り開店準備が整っている。活き活きと祭の準備を進める村人たちの様子は眺めていても飽きなかった。
賽銭箱の前に腰を下ろしていた二人を見かけて、その少女が声をかけてきた。
「あら、のび太さんにドラえもんさん。どうか、祭を楽しんでくださいましね」
「沙都子ちゃん一人だけ? 梨花ちゃんは来てないの?」
「梨花は祭の実行委員ですから、いろいろと忙しいんですのよ。打ち合わせが終わったあとに、こちらで合流する予定なのですわ」
隣に腰をおろした沙都子とたわいない会話を進める。
彼女の話によると、この古手神社で奉っているのが例のオヤシロさまなのだそうだ。本日開催される綿流しとは、冬の間に使用した布団などに感謝する供養祭みたいなものらしい。
「梨花はこの神社を守る古手家の人間ですから、オヤシロさまの巫女なのですわ」
「巫女?」
その会話にあわせたように、当の本人が姿を見せた。
「お待たせなのです、沙都子。それに、のび太とドラえもんもよく来たのです」
にっこりと笑みを浮かべて話しかけてきた。
梨花は巫女装束に身を包んでいる。おろしたてと思われる巫女服と、愛らしい梨花の容姿が相まって、人形のような可愛さを醸し出している。
「すごく可愛いね」
「同感」
のび太とドラえもんが驚きを込めて賛辞を送る。それが本心からの言葉であることは疑いようもない。
「嬉しいのですよ。にぱ〜☆」
「むぅ……、なんか、悔しいですわね。私も浴衣ぐらい着てくるべきでしたかしら?」
そろそろ夕刻にさしかかるころで、人の賑わいが増していた。早めに客を招き入れるべく、呼び込みの声もあがっている。
「そうだ。一緒に屋台を回らない?」
のび太の誘いを聞いて、二人は顔を曇らせた。
「ダメなのです。ボクたちふたりはすでに予約済みなのですよ」
「私たちは学校の友達と前から約束していますの」
「そうかぁ、残念」
それならば仕方がない。
たったったと、軽やかな足跡を近づいてくる。
「遅れてごめん。……あれ、その子だれ?」
どうやら、話に出た友人がやってきたようだ。
視線を向けると、年上の女性ふたりが立っている。
そのうちのひとりが、とろけるような笑顔になった。
「ずんぐりしていてかわいいよう。おもちかえり〜。はう〜」
胸元で両手を握り、身もだえしている。その視線が向いているのは、のび太の隣――。
「――ドラえもんが可愛いって言われるの初めて見た」
「失礼だね、きみ」
のび太の指摘に本人が憮然となる。
「あはははは。まあ、レナの趣味って変わっているからね」
もうひとりの少女が気さくに笑った。
「フォローになってないと思う」
ドラえもんは変わらず仏頂面だ。
「こちらのお二人は、昨日から遊びに来ている、のび太さんとドラえもんさんですわ」
沙都子が二人へ紹介してくれた。
ポニーテールで格好いい方が園崎魅音、落ち着いて女の子らしい方が竜宮レナと名乗った。
「私たちはみんな同じクラスなんだよ。学年は違うけど、この村は子供が少ないからね」
魅音が年長者らしく事情を説明する。
「これで4人揃ったし、今夜の部活を始めようか」
魅音の言葉にレナが異議を唱えた。
「でも、でも、のび太くんたちに悪いよ」
その気づかいに対して、魅音はきっぱり告げる。
「ふたりにはかわいそうだけど、おじさんたちと回るのは十年早いんじゃない? うちの罰ゲームは厳しいよ〜」
「罰ゲームって、どんなの? 目でピーナッツ噛んだり、鼻でスパゲッティを食べたり?」
「あははははっ! いいね、それ! うちの部活でもやってみよっか?」
大ウケした魅音の言葉に、他の3人が慌てて首を振った。賛成1、反対3である。
「もし良かったら、補欠部員てところでどう? 今回のところは審判として一緒に回ってみない?」
「そうだね。それならいいかも」
魅音の折衷案にレナが賛同する。この議題については賛成4である。
「よーし、それで決定だね。じゃあ、部活名物、綿流祭4凶爆闘だーっ!」
「「「おーっ!」」」
魅音の開催の言葉にあわせて、3人が歓声で応えた。
ノリについていけず、のび太とドラえもんは呆気にとられていた。
たこ焼きの早食い勝負。かき氷の早食い勝負。綿アメの早食い勝負。それらは、食を楽しむなどという和やかなものではなく、喉へ流し込むスピードを競う――まさに死闘であった。
屋台を練り歩く四人の少女達の激闘は、見ているだけでも楽しかった。のび太とドラえもんは特等席でそれを眺めていた。
突然に視界が光で覆われる。
「やぁみんな。相変わらず元気そうだね」
笑いながら話しかけていたのは、カメラを構えた男性である。先ほどの光はカメラのフラッシュのようだった。
「……あれ、どこかで見たような」
「図書館で会ったじゃない」
のび太の疑問に答えたのはドラえもんだった。
「ああ、あの人!」
鷹野に話しかけた男性であることを、のび太も思い出した。
「こんばんわ、富竹さん。今晩で帰られちゃうんですよね。素敵な写真はいっぱい撮れましたか?」
「今度来るときはカメラマンとして立派にメジャーデビューしてくださいねー。賞を取るのがこの村の写真だったら、もっと嬉しいけど」
レナと魅音の言葉に、富竹が笑みで返した。
「賞の約束はできないけど、写真の良さには自信があるよ。君たちの楽しそうな様子は、このカメラを通してもきっと伝わるさ」
事情のよくわからないであろうのび太たちに、レナが補足説明をしてくれた。
「アマチュアカメラマンの富竹さんだよ。年に何回かこの村を訪れてるから、私たちとも顔見知りなの」
「ふーん」
「せっかくですから、次の対決には富竹さんにも参加してもらいませんこと? のび太さんとドラえもんさんも一緒に」
沙都子の発案に、名指しされた本人達が驚いている。
「レナも賛成。仲間が多い方が楽しいと思うもん」
「時間が時間だしね。最後くらいは、部外者もふくめて盛大にいこうか。富竹さんの送別会と、村のお客さんの歓迎会を兼ねて」
「カモがネギをしょってやってきたのですよ。身ぐるみ剥いでしまうのです」
四人が楽しそうに盛り上がる。
「な、なんだか、怖そうだね」
戸惑っている富竹に説明するのはもちろんレナである。
「私たちが学校でやっている部活なんです。いろんなゲームで対戦して、最下位の人には罰ゲームがあるんですよ」
そばにあった夜店の店主が、魅音に話しかけてきた。毎年店を出している常連らしく、魅音とも顔なじみらしい。
その呼び込みを耳にして、魅音が不敵な笑みを浮かべた。
「よーし、最後はこの射的で勝負だよ。ルールは簡単! 3発撃って、得られた景品のデカさで勝負しよう!」
魅音の言葉に、全員が賛成する。
「わぁ……、あのくまさん、か、かぁいいよぅ」
レナが目にとめたのは、一際大きい熊のぬいぐるみである。難易度こそ高いものの、打ち落とせれば勝利は確実である。
ジャンケンで順番を決めると、それぞれが勝負に挑む。
魅音は3発の弾で3箱のお菓子を入手する。モデルガンを持ち歩くだけあり、見事な腕前だった。
沙都子は2発をぬいぐるみに当てたものの成果を得られず、最後の一発では無難にキャラメルを落とした。目先の勝負に固執せず、冷静な判断を下せたのは賞賛に値するだろう。
レナの狙いはぬいぐるみのみ。3発を命中させるも、揺らせただけにとどまった。店主からは敢闘賞としてキャラメルが送られた。
富竹はレナにプレゼントすることを約束してぬいぐるみに挑む。富竹は命中後の揺れが収まるのを待たずに、立て続けに残りの2発をたたき込む。狙いといい、連射速度といい、見事な腕だったが、それでもぬいぐるみはしぶとく台上に居座っていた。
いよいよ、射的の順番はのび太に回ってきた。
「富竹さんのかわりに、ぼくがレナさんにプレゼントしてあげる」
「レナのことは気にしなくてもいいんだよ。無理しないでね」
「大丈夫。まかせて」
いつも一緒にいるドラえもんにしかわからないことだったが、これほど自信に満ちあふれるのび太は珍しい。
「自信満々だね。そんなに上手いの?」
魅音の問いにドラえもんが軽く答える。
「うん。のび太の唯一と言っていい特技なんだ」
のび太は勉強も運動も苦手だ。他には技巧を凝らしたあやとりや、秒単位で眠りに落ちることも特技と言えるが、人に自慢できるものとは言いがたい。
「おじさん、鉄砲をもう1丁貸して」
店主が興味深げに応じて、追加の銃を手渡した。
「……あれ? 1丁だけ?」
魅音が不思議そうに首をひねる。もしも魅音だったなら、銃を3丁用意して速射性能を上げる手段をとっただろう。
のび太の狙いは単純に、射撃の威力を高めようというものらしい。思いつきはいいとしても、操作性に照準にタイミングと、クリアする条件が難しく実行性に欠ける。のび太の腕前を知らない魅音はそう分析した。
のび太は2丁の銃に弾込めを行い、それぞれの手で構える。そのまま、腰だめに銃口を向けると、無造作に引き金を引いていた。
ポポン!
同じタイミングで二つの弾が射出される。狙いを定めたようにも見えないのに、吸い込まれるように二つの弾はぬいぐるみの額に命中する。それは、これまでの射撃の中で、最大の威力。
ゆらりと傾いたぬいぐるみは、加速度的に傾きを大きくし――。
「「「やったーっ!」」」
歓声があがっていた。