『フルメタル・アタック!(1)』その教師、戦争ボケにつき

 注:当初、ガウルンのルームメイトはクラマとしていましたが、別キャラに変更しました。「揺れるイントゥ・ザ・ブルー」で敬語を使っていたクラマがジャン・レノだとは想像もしなかったもので(笑)。

 

 

 

 木暮一郎という人物をご存知だろうか?

 陣代高校の体育教師を務めていた人物で、特に生徒指導に力を入れていた。朝の登校時に、生徒の持ち物検査を実施するように主張したのも彼なのだ。

 そんな彼が、教壇を離れることになる。

 思えば不幸な事故であった。

 通勤途中に、彼は交通事故に遭ってしまったのだ。ひき逃げであり、容疑者はまだ捕まっていない。

 入院生活を余儀なくされた彼に替わって、とある人物が陣代高校へ赴任することとなった。

 

 

 

 木暮教諭の置きみやげとなった、持ち物検査が実施されている。

 教師も生徒も乗り気ではない。それでも熱心にする教師もいて、つきあわされる人間もいる。

 木暮の代わりに赴任してきた代理教師は、イヤイヤ参加しているクチだった。

「ほら、さっさとだせよ」

 その教師が、生徒に向かって命じる。

「なにも、持ってねーよ」

 ガラの悪い生徒が、ぺらぺらの学生カバンを開いて見せた。

 それでも納得しないのか、教師が重ねて命じる。

「服を脱ぎな」

「あ?」

「脱げって、言ったんだよ。聞こえたろう?」

「なに、バカ言ってんだよ。ふざけんな!」

 そう返されて、男は懐からそれを取り出した。

「こういう代物を持ち込んでるんじゃねぇのか? ナイフでも、ヤクでもいいから、さっさと出しな」

 教師の手にした拳銃が、生徒に向けられる。

「先生、モデルガンオタク? 恥ずかしくねーの?」

 そう口にしたものの、なぜか語尾が震えてしまう。

 教師の額にある傷跡が、人相を悪く見せているからだろうか?

 いや、そうではない。

 彼の目である。この目に見つめられると、なぜか恐ろしさを感じるのだ。感情の読みとれないその目は、まるで人形を思わせる。

 生徒に向けられた銃口のすぐ下が、赤く光っていた。

 赤い光の先端が、学生服の胸元を彷徨う。

「どこにするかねぇ」

 軽い口調にあわせて、赤い点が上に登っていき、額に向けられた。

 生徒はその光に射すくめられたように、身動きも出来ない。

 銃声!

 生徒は髪の毛を割って跳び去った何かの存在を知覚した。確かに風とは違う何かが走り抜けた。

 気が抜けたように、生徒がへなへなとその場に座り込む。

「おいおい、髪の毛を狙ったんだぜ。怪我してねーだろ? これに懲りたら、さっさと出すんだな」

 そう告げる。

 蛇ににらまれた蛙のように、その生徒は言葉を発することもできない。

「九龍先生! 何をしてるんですか!」

 神楽坂恵里が血相を変えて飛んできた。

「ごらんの通りさ」

 九龍と呼ばれた男が、拳銃を生徒に向けてみせる。

「……まったくわかりませんけど?」

 険しい表情で新任教師に尋ねる。

「無駄にとぼけるもんでね、ちょっと脅してやったんだよ」

「脅すですって? 何を考えてるんですか!」

「あん? 問答無用でぶちのめしてから、探し出した方がよかったか?」

「そ、そんな乱暴なマネはしないでください! それに、なんだってモデルガンなんか持ってきてるんですか?」

「つい最近も、アメリカの校内で乱射事件があったじゃねーか。平和なはずの学校内で射殺されたら、笑われちまうぜ」

 おそらく、この校内で一番物騒な人間が、そう答えた。

「アメリカと日本を一緒にしないでください!」

 九龍を怒鳴りつけた恵里は、やっと、登校中の生徒達の視線が自分たちに向けられていることに気付いた。

「まったく、もう。ついてきてください」

 慌てて場所を変えようとする。

「やれやれ」

 九龍がため息をついた。

「それは、こっちのセリフですっ!」

 

 

 

「モデルガンですよ。モデルガン!」

 細面の神経質そうな男がそう訴える。

「校長は一体何を考えて、あんな男を採用したんですか!」

 校長である坪井たか子が、渋面をつくって教頭を見返した。

 話題にしているのは、新任の体育教師・九龍恭介についてである。

 ため息混じりに校長が応える。

「断れるものなら、はじめから断ってます。それができなかったために、受け入れたんじゃありませんか」

 それが彼女の本音であった。

 理由はまったく不明なのだが、教育委員会の推薦があり、臨時教師として九龍がやってきたのだ。

 そのうえ、二年四組の副担任とするよう厳命されている。不可解なことこのうえない。

 しかし、公立高校としては逆らうわけにもいかない。

「しょうがないんですよ」

 校長は深いため息をついた。

 

 

 

「……なんなのよ、あの先生」

「どうかしたの? カナちゃん」

 かなめのつぶやきを耳にして、傍らにいた恭子が問いかける。

「ふと見ると、あたしと目が合うのよ。何考えてんのかしら」

「カナちゃん、可愛いからね」

 恭子の言葉に、かなめが首を傾げる。

「なんか、違うのよね〜。イヤらしい目つきじゃなくて、こう、患者を診る医者の目っていうか、学者がモルモットを見る目の方が近いかも」

「ふーん。じゃあ、エッチな目とは思ってないんだ」

「ただの勘だけどね」

 女子ソフトボール部の部室で、着替えながらそんな話をしていた時のことだ。

 突然、がらっと扉が開け放たれる。

『!?』

 皆が戸口に視線を向けた。

「きゃ……きゃーっ!!』

 一斉に悲鳴があがり、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 戸口に一人の男が立っているからだった。

「うるせぇぞ。静かにしな」

 当人が、平然と口にする。

「ふざけんじゃないわよ!」

 頭に血が上ったかなめはひっつかんだバットを放り投げてきた。

「馬鹿野郎! シャレにならねぇぞ」

 何とか身をかわしたものの、続いて飛んできたボールが顔面にぶつかった。華奢な少女達とは言え、数で抑えかかられて、九龍は取り押さえられてしまった。

 

 

 

「どういうつもりだ?」

 じろっと九龍に睨まれると、さすがに少女達も怯んだ。

 この場合、着替え中に更衣室に踏みこんだ九龍の方にこそ落ち度があったはずだが、当人はまったく罪悪感を持っていないらしい。

 一応は教師でもあるので、少女達もそうそう強気ではいられない。

「そう言う先生こそ、なにしに来たのよ?」

 代表して口を開いたのはかなめである。

「俺はこの部の顧問をしに来たんだよ」

「顧問? 先生はソフトボールに詳しいんですか?」

「ソフトボール? ああ、あのベースボールに似た奴だろう? ちゃんと知ってるよ」

「そんな認識で、よく顧問を申し出られるわね!」

「そんなことはどうでもいいんだよ」

「じゃあ、一体、何しに来たのよ! やっぱり、ノゾキなんでしょ!」

「ノゾキ?」

 フンと、九龍が鼻で笑った。

「ばかばかしい。お前らみたいな小便くさい小娘に欲情するわけねーだろ。自意識過剰だ。バカ」

 その一言は全員を敵に回したようだ。

 椅子に縛られたまま、彼は階段から蹴り落とされた。

 

 

 

 九龍がやっとの思いで、部屋までたどり着いた。

「何をやっているんです?」

 室内にいた男が、九龍の様子に驚いていた。玄関の土間の部分で、なぜかパイプ椅子に腰を下ろしており、その両手は手錠で椅子とつながっていたのだ。

「いいから、さっさと外せ」

 不機嫌そうに命じる。

 この手錠は元々、九龍が所持していた物で、かなめが取り上げて拘束に使用したのだ。手錠のスペアキーはこの室内にも残っているはずだった。

 青年の取り出した鍵で、拘束を解かれた九龍が、手首をもみほぐす。

 ひょろりとした長身の青年と、もうひとり若い少女が、九龍のルーム・メイトということになっている。

 九龍はつかつかと窓に歩み寄ると、窓枠に叩きつけるようにして荒々しくガラス戸を開け放った。

 空に向かって九龍が叫びだした。

「あの小便くさい小娘どもがーっ! ■■にでも■■して、■■■を■■■ってやるっ! ■を■■■ったうえで■にも■■させて、■■てもかまわねぇから■にまで■■■んで、どこでもいいから■■■■■にして、薬漬けにして、外国に売っぱらってやるぜーっ!」

 一息にやたら不穏当な言葉を絶叫した九龍が、ゼエゼエと息を荒げた。

 言葉が聞こえたわけではないが、その瞬間、かなめはなぜか身震いしたという。

「ミスタ・Fe(アイアン)。秘密裏に行動しているんだから、もう少し、目立たないようにしてくれ」

 控えめに青年――チャンが忠告してみる。その程度で、九龍の行状が改まるとは言った本人すら期待していないのだが……。

「だったら、お前が代われ」

 九龍が口にしたのは、護衛のための学校への潜入についてだろう。

「そう言われても、私は日本語の読み書きができないしな。シズカもだ。だからこそ、貴方が潜入したんだろう?」

「ちっ、あんなクソガキども、射撃の的にする以外に使い道なんぞねぇよ」

「諦めるんだな。せいぜい、問題を起こさないようにしてくれ」

 そこへ、通信機から報告が入った。

『こちらカノ9。エンジェルの部屋の付近に不審者を発見』

 ASに搭乗しているシズカからの通信だった。

 彼女が運用している機体は、Zy−98という最新型で、〈シャドウ〉と呼ばれている。この機体は、各国で標準配備しているM6よりも格段に上の性能を誇り、透明化する電磁迷彩機能まで搭載されていた。

 彼女はASを透明化させて、かなめを警護しているのだった。

 室内に設置してあるモニタには、彼らが設置した監視カメラがとらえた一人の不審者を映し出されている。

 外壁を登って、かなめの部屋への侵入を試みているようだ。

「やっと、面白くなりそうだな」

 モニタを見た九龍が楽しそうに笑みを浮かべた。

「奴らかな?」

 チャンが疑問を口にする。

「さぁな。捕まえりゃわかるだろうさ」

「……生きていればだろう? 貴方次第だ」

 九龍に殺さずに捕らえる意志があるなら、成功の可能性は十分にあるのだ。問題は彼の能力よりも、彼の考える優先順位の方だ。

「覚えとくよ」

 九龍は敵に……いや、困ったことに、味方に対しても容赦しない男だった。

 

 

 

 九龍、クラマ、シズカの三人は、”アマルガム”という秘密の軍事組織に所属している。九龍とクラマの対応は早かった。元々、こういう事態を想定して任務に就いているのだから当然と言える。

 九龍はかなめのマンションの屋上から、ロープを使用して壁面を降りていく。

 クラマはかなめの部屋側に面したマンションの屋上に陣取り、ライフルを不審者へ向ける。

 九龍やクラマとは違い、シズカは実戦が苦手である。特技はASの操縦で、町中でのAS運用のためだけに呼ばれた人間だった。今も引き続き、電子装備で周囲の警戒にあたっている。

 

 

 

 すぐ上の階まで九龍が降りてきても、不審者は全く気付いていない。下から登って侵入を試みる点からみても、その技能からは、とてもプロとは思えなかった。

 ベランダに飛び降りた九龍は、背後から相手を押し倒す。左手をひねり上げながら、銃を突き立てた。

「なっ!? ……なに!?」

 小柄な相手が、うろたえる。

「動くと撃つ。嘘だと思うなら、動いてみな」

 唐突な言葉だったが、不審者は身をよじるのすらやめた。よほど怖かったのだろう。

『ミスタ・Fe。どうやら、別件のようだ』

 チャンの声が、九龍の耳に押し込まれているイヤホンから聞こえてきた。

「どういうことだ?」

『そいつが握っている物を見てみろ。ただの下着ドロだ』

「くだらねぇマネしやがって」

 腹立たしそうに、相手を銃口で小突く。

「……動いてもいい?」

 おずおずと尋ねてきた。

「好きにしな」

「……撃たない?」

「撃ってほしいのか?」

 その言葉の方にこそ、恐怖を感じて、相手はくどく尋ねるのをやめた。

「あれ……、九龍先生? どうしてここに……」

 不思議そうに九龍を見る。

「誰のことだ?」

「あの、二年四組の風間ですけど」

「知らねぇな。人違いだろう」

 平然と告げる。

「それで、なんで下着なんかが欲しいんだ? すぐそこにいるんだ。どうせなら、ヤっちまえばいいだろ?」

「ヤっ……!? いや、僕が欲しいわけじゃないんです。下着を持ってこいって脅されて」

「なんでいいなりになってんだ?」

「その……大事なネガを奪われちゃって……」

「どんな写真だ?」

「あの、自衛隊の基地で撮りだめしたASの写真です」

「それだけか?」

 じろっと睨まれる。

「他にも、その……人に言えないようなヤツも……」

「そんなに、女の下着や写真が欲しいのか? どうせなら、中身の方がいいだろ?」

「そりゃあ、そうですけど……」

「だったら、ヤっちまえよ。簡単だぜ」

「なっ……」

「向こうも、本気で嫌がるなら、死ぬなり、殺すなりするだろ」

「できないよ。そんなこと!」

「ふん。それはできなくても、下着ドロや、盗撮ならいいってのか?」

「…………」

 九龍に問われて、信二が口ごもる。下着泥棒なら許されるというのも、加害者側の身勝手な思いこみである。

 ふと、九龍が身につけている装備が目についた。防弾使用のジャケットや、銃器類だ。

「えっと……、そっちは、どうしてここへいるんですか?」

「不審者を捕まえに来たんだ」

「ぼ、僕をどうするんですか?」

「いいか。見逃してやるから、二度とここへ来るなよ。次に来たら、容赦しねえぞ」

 信二が必死に頷いてみせる。今回一度だけで、こりごりだった。

 なにより、九龍が怖かった。もしも、逆らったら何をされるかわからない。

「それと、ここで誰と会って、何があったか、誰にも言うな。漏らしたら……」

 突然、窓が開いた。

 風呂上がりらしく、バスタオル一枚を身にまとった住人が顔を出したのだ。

「っ!」

 予想もしなかった、ベランダの客を目にして、かなめの身体が固まってしまった。

「なっ、なっ、なっ」

 舌も満足に動かない。

「よう。偶然だな」

 九龍が声をかけるが、かなめの反応はなかった。

 そのかなめの様子をしげしげと眺める。

「意外にいい身体してるんだな」

 感心したように九龍がつぶやく。かなめの言動に色気は乏しいのだが、その顔立ちやプロポーションは、モデルでも通用しそうなほど整っている。決してお世辞を言ったわけではなかった。

 誉められたかなめだったが、お礼も言わずに室内に引っ込んだ。戻ってきたときには、なぜかバットを握りしめていた。

 

 

 

 何とか二人は、無事に逃げおうせることができたものの、九龍はかなめからひどく嫌われることになる。

 この数日後、かなめを含む陣代高校の二年生は飛行機で修学旅行へ出発する。目的地は、沖縄のはずであった……。

 

 

 

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 あとがき。

 かなめを護衛する戦争ボケに、ガウルンを配役しました。

 ガウルンは東京での生活を経て、人間らしさを取り戻していきます。宗介よりも過激な性格は変わりませんが。

 そして、自分を守ってくれるガウルンに、かなめは徐々に惹かれていきます。

 そんな二人の前に出現する、恐るべき敵――隠すまでもなく、彼なんですが。