『マスター・オブ・ワームズ(3)』
「やや!? あれは……」
町中を歩く臓硯の視線の先に、数人の人間がいた。
衛宮士郎を中心にして、凛や桜、それに金髪の美少女が連れ立って歩いている。
「衛宮の小せがれのくせに、ナオンにモテモテなのが許せん!」
慎二が止める間もなく、臓硯は士郎のもとに駆け寄った。
「待てぇい! 嬢ちゃんたち、騙されてはいかん」
「だ、誰だ?」
「……む?」
「なによ、アンタ?」
「あ……」
唐突に出現した臓硯に4人が驚いている。
ちなみに、慎二は物陰から眺めているだけだ。
「お嬢ちゃんたち、騙されてはいかん! この男は人畜無害な顔をしておるが、実は火中の栗を拾うのが何よりも大好きなヤツですよ」
らしくもなく、真剣な表情で話しかける。
「サーヴァントも道連れだというのに、死にかけるのが趣味という危険人物。それに、ルート次第で大切なものがころころ変わる優柔不断ぶりなどは、まさに、エロゲー的主人公といえよう」
……当然、怒られた。
「いい作戦を思いついたんじゃよ、オンナスキー」
トンカツの並ぶ食卓で、彼らの作戦会議が行われている。
「言ってみろ」
「モテモテ男は目障りなので、目障りでなくしようと企んだ。以上」
「まともに話す気がないのか、貴様は? 具体的に話せ、具体的に」
「あの男に柳洞寺の話をするんじゃよ。街中から魔力を集めているサーヴァントが寺にいるとか、適当なことでも吹き込めば、正義感に突き動かされて小僧は行動を起こすはず。アサシンと小僧のどちらが死んでも、MO(モテる男)が一人減るという寸法よ」
「いくらなんでも、考えが甘すぎるんじゃないのか? 僕の言葉をそのまま鵜呑みにするなんて、バカとしか思えないぞ」
「その心配は無用」
「どうしてだ?」
「だって、アヤツはバカじゃから」
翌日の放課後、慎二が声をかけると、士郎はあっさりと家までついてきた。
慎二の説明を聞いて、士郎がうなずく。
「わかった。調べてみるよ」
どうやら、バカだったようだ――。
士郎と別れて数時間。
慎二達は石段のそばの茂みに身を潜めている。
「くそっ。いつまで待っていればいいんだ」
「貴様が時間指定をしないのが悪いんじゃよー! この虚しさは、ライダーさんに慰めてもらわねばなるまい」
傍らのライダーに抱きついた。
「やめろ、このバカ!」
「この際、殺してしまってはどうでしょう?」
ライダーが本気で提案する。
「やめとけ。どうせ、平気な顔で生き返るし」
騒いでいる3人に声がかけられた。
「おぬしたち、そこで何をしているのだ?」
『……え?』
三人が動きを止めて、声の主を確認する。
石段に立ち、こちらを眺めている侍の姿があった。
「なぜー!? いつの間にっ!?」
「いつの間にもなにも、隠れているつもりなら、騒ぐのはやめておくのだな」
彼が冷静にツッコんだ。
「な、な〜に……、ワシラはたまたま通りかかった、マスターとサーヴァントに過ぎん。ワシらなど無視して、山門を守っておればよいんじゃよー」
臓硯が、妙に渋い作り声で説明するが……、
「ふむ。なにやら企みがあってこの場にいるようだな」
あっさりバレた。
「秘剣――燕返し!」
3本の剣が彼等に襲いかかった。
あわてた慎二はその場に転んでしまい、運良く剣をかわしていた。
ライダーは無造作に短剣で弾いた。
臓硯は斬られた。
「なぜぇーっ!? なぜ、ワシばかりがこんな目にあうとか、そういうことを言いてーっ!」
何かをつかもうとした臓硯の右手から力が失われ、地面にぱたりと落ちた。
間桐臓硯、死す。
享年、500歳。
座右の銘、朝にトンカツを食せども、夕べにトンカツを食すも可なり。
臓硯の生死などより、慎二が気になったのは敵の技名であった。
「燕返し……ということは、佐々木小次郎なのか!?」
「左様。サーヴァントのクラスで言えば、アサシンとなる」
「シンジはその小次郎の弱点を知っていますか?」
「宮本武蔵か、櫂でできた木刀じゃないか?」
「それは私たちではどうにもできないということでしょうか?」
「そうなる」
「……相談は終わりかな? 門番を命じられいている以上、おぬしらを見逃すわけにはいかぬぞ」
石段での戦い。
それはアサシンにとって、不利な戦いである。
ライダーの武器は、小次郎に比べて、格段に自由度が高い。石段という状況を活かし、その敏捷性でアサシンを翻弄する。
追い切れないと判断したアサシンは、ライダーの攻撃の瞬間を狙おうと、その機をうかがう――。
「あやうく死んだんじゃよ〜」
むっくりと起きあがったのは臓硯である。
「その言葉もどうかと思うが、……いまさら言っても仕方ないしな」
「エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。我は求め訴えたり〜」
臓硯が低い声で唱え始める。
「その呪文は違うんじゃないか?」
「いいんじゃよ。きのこ御大もモトネタじゃって言っとるし」
「きのこって誰だ?」
ライダーとアサシンの戦いは唐突に終了する。
アサシンの腹を突き破り、体内から腕が突き出したからだった。
「ぬ……!?」
佐々木小次郎と入れ替わるように出現したのは新たなサーヴァント。それは、佐々木小次郎という架空の存在ではなく、本来のアサシンであった。
「じゃあ、お前が本物のアサシンになるのか?」
「左様――」
うなずいたアサシンの姿が、突然消えていた。
「え? お、おい……」
不思議に思ったが、すぐにその理由は判明した。
「慎二? それに、ライダーまで。どうしてここにいるんだ?」
「えーい! 貴様らが遅かったためにワシはいっぺん死んでしまったんじゃよー! 何も治ってないのは仕様です!」
「え? なんだ、一体?」
涙目で士郎に訴える臓硯を、慎二が踏みつける。
「お前は黙ってろ! その……、衛宮だけに任せるのも悪いとおもってね。手伝いに来たんだ」
「そうだったのか。ありがとう、慎二」
うまくごまかせたと慎二が胸をなで下ろす。
「シロウ。貴方はお人好しすぎます。この者たちはおそらく、私の戦いを見て正体や宝具を探るのが目的だったに違いありません」
セイバーの指摘は、そのものズバリだった。
「今、説明しただろ? 衛宮なら信じてくれるよな」
「え、あ、……ああ」
うなずく士郎を見てセイバーがため息を漏らす。
はっきりいって、慎二にはセイバーの心情がよくわかる。
「その証拠に、門番をしていたアサシンは、僕が倒しておいたよ」
「えっ!? そうなのか?」
「ああ」
「ですが、まだサーヴァントの存在が感じられます」
「どうやら、アサシンを従えていた別なサーヴァントがいるらしいんだ。あとはお前に任せるよ」
「わかった」
士郎が力強くうなずいてみせる。
「行くぞ、セイバー!」
「はい!」
一組の男女が石段を駆け上っていった。
あれが、セイバーか。はっきり言って、セイバーは強そうだ。あれだけ強力ならば、余計な策を巡らせなくても、勝ち続けられるだろう。
「…………」
「なにか、私に不満でもあるのですか?」
敏感に慎二の思考を悟り、ライダーがにらみ返す。
「い、いや。いいから、セイバーの戦いを見てこいよ」
しばらくして……。
「シンジ」
「終わったのか?」
「ええ。それが……」
ライダーが口を開きかけると、士郎がひとりで石段を下りてきた。
「ん? まさか、セイバーがやられたわけじゃないだろ?」
「ああ。そうじゃない……」
「だったら、どうしたんだよ?」
「それが……」
ためらいがちに、士郎が説明する。
「セイバーをキャスターに奪われたんだ……」
言葉の意味を理解するのに、数瞬を要した。
「……ナ、ナンダッテーっ!?」