『マスター・オブ・ワームズ(4)』
「ライダーは弱すぎるんじゃよー!」
「もう少し、周りを見て口にしろ。ライダーがにらんでいるぞ」
臓硯の雄叫びに対して、慎二がたしなめる。
アイマスクに隠されているものの、冷たい視線をこちらに向けているような気がする。
「ふん、相手がサーヴァントでなければ強気なようじゃのー」
そうつぶやいた臓硯を、ライダーが踏みつぶす。
「ぶぎゃっ!」
「私が力を出せないのは、シンジをマスターとしているからです」
ライダーの指摘に慎二がむくれる。
「だから、それじゃあ意味がないんだよ」
それが慎二にとっても悩みどころである。あくまでも自分の管理下で勝利を得なければ満足できない。
臓硯が決意のもとにすっくと立ち上がった。
「この際、”学校のみんなからちょっとづつ元気をわけてもらうぞ作戦”改め、”学校の皆から限界ギリギリまで元気を奪っちゃうぞ作戦”を実施するんじゃよー」
「……そうだな。それでいくか」
慎二達は授業中の学園内で、結界を発動させることにした。
「ブラッドフォード・アンドロメダ(他者封印・鮮血神殿)――!」
結界の発動と同時に、学校を赤い闇が覆い尽くす。
生け贄となった生徒達は、生命力を奪い取られてバタバタと倒れていく。
「え? え? なんだこれ!?」
発生した事態を理解できず、慎二が戸惑っているところへ、士郎が駆けつけた。
「慎二っ!」
「衛宮? なにがどうなってるんだ?」
「お前がやってるんだろう、慎二!」
「僕が……?」
慎二は状況をまるで理解していない。
「張られた結界が、みんなの生命力を吸収しているんじゃないか。このままだとみんな死んでしまうぞ!」
「……は? そうなのか?」
驚いた慎二が、ライダーに尋ねる。
「その通りです」
…………。
「このバカ! なんてことするんだよ! 聞いてないぞ、そんなこと!」
「そうですね。聞かれませんでしたから」
「やめろ、そんなマネ!」
「ですが、力を得るためです」
「駄目に決まってるだろ! すぐに、結界を外せ」
「……わかりました」
視界を染め上げていた血の色が、薄れていく。
「せっかくのわしのお膳立てを無にする気か、貴様ーっ!」
「そんな危険な宝具を使わせるな! 僕は悪人じゃないんだぞ。ちゃんと、サイマテにも書いてある」
「おのれー、一人だけイイコちゃんぶりおって〜。貴様は、虎教師でも蹴っ飛ばしておるのが分相応なんじゃよー」
「そんなことするか、このバカ!」
慎二が蹴り飛ばしたのは臓硯の方であった。
士郎は目の前の会話を呆然と見守っていた。
「えっと、つまり……。慎二はこの結界のことよく知らなかったんだな?」
「ああ。知っていたらしかけるわけないだろう」
「そうか、よかった。危なくお前を殺すところだったぞ」
「…………」
士郎の言葉に、慎二が憮然とする。
「シンジ!」
ライダーが突然慎二をつきとばした。
斬!
ライダーの腹が裂けた。
「な……!?」
いつの間にか、至近距離にアーチャーが立っていた。
「動くんじゃないわよ」
冷たく命じる声は凛のものだ。
「ふざけたマネをしてくれるじゃない。殺されても文句はないんでしょうね、慎二?」
学園生活では絶対に見せないもう一つの顔。遠坂凛は魔術師としての殺気を放っている。
「待ってくれ! 誤解だ!」
「そうだぞ、遠坂。慎二は宝具の効果を詳しく知らなかったんだ。今だって、慎二が自分から結界をやめさせたんだ」
「そうなの?」
こくこくと慎二が頷いている。
場の雰囲気を読みとれずに声を上げたのはもちろん臓硯であった。
「わしは悟ったんじゃよー!」
「どうしたんだ、突然?」
「この結界を張ったのはおそらく必然。わしと嬢ちゃんの出会いを盛り上げるための演出だったんじゃよー! これぞまさに運命。英語で書けばstay night」
「いや、その訳は間違ってる」
「いやな運命もあったものね」
臓硯のテンションに引きつつも、士郎と凛がツッコむ。
「手を取り合ってわしらは根源を目指すんじゃよー。わしを根源につれてってー」
「え……」
凛がわずかに反応したのは、あくまでも”根源”の一言である。……念のため。
「誰がアンタなんかと。おことわりよ!」
「それは、あれじゃな? 三千年前のエジプト壁画にも記されている、イヤよイヤよも好きのうち」
「でたらめを言ってんじゃないわよ! ガンド!」
「はて……?」
「え? ガンド! ガンド! ガンド! ガンド! ……どうして効かないのよ?」
凛が射出した呪いを立て続けにくらったはずだが、臓硯はケロリとしている。
「つまり、嬢ちゃん自身が本心では傷つけることを拒んでおるんじゃよー」
「それはないわ」
間髪入れずに凛が否定してのけた。
放置されていた慎二がようやく可能性に気づいて口を挟む。
「ほら、あれだ。馬鹿は風邪を引かない」
「ふむ、納得できる。……失敬だなきみぃ!」
臓硯のノリツッコミ。
「つまり、わしと嬢ちゃんを遮る障害はなにもない。いざゆかん、遠坂の小娘とわしだけの約束の地、根源!」
「……はあ」
ため息をつきつつ、凛が命じる。
「やっちゃいないさい、アーチャー」
ざっくり。
臓硯が一刀の元に斬り捨てられた。
「えーと、とにかく……」
いろんなものに脱力して、凛が慎二に向き直る。
「力の恐ろしさを知らないアンタに、サーヴァントを持たせるわけにはいかないわ。今すぐマスターの権利を放棄してもらいましょうか」
ちらりと、うずくまるライダーを見下ろす。
「魔術師でもないアンタには、ライダーを治すこともできないでしょ? あきらめるのね」
「わかったよ」
慎二はあっさりと、凛に本を投げ渡した。
「なによ、これ?」
「それが僕の令呪なんだ。燃やせば僕とライダーの契約は切れるはずさ」
「ふーん。意外に往生際がいいのね」
うなずいた凛がその場で本を焼き捨てると、ライダーの姿が消滅した。
間桐邸――。
「えーい! あのあくまさんは怖すぎるんじゃよー!」
「泣き叫ぶな。うっとうしい」
「確かに彼女は魔術師として優秀なようですね」
二人の会話に、平気な顔で頷いているのはライダーだった。
偽臣の書が焼けたため、正規のマスターである桜との契約が復活したのだ。桜から魔力が得られれば、傷をふさぐことなど造作もない。
三人はトンカツを食べながら、これからの展開について話し合っていた。
ちなみに、桜ひとりだけがマキリ秘伝の魔術師育成メニューを食べている。――ぐすぐすと泣きながら。ちなみに、この料理をかの騎士王が食べたなら「――毒でした」と評するに違いない。
桜が恨めしそうにライダーを見た。
「裏切り者」
「…………」
ライダーは涼しい顔でトマトジュースに口を付ける。ライダーですら桜とは別のメニューを望んだという逸話である。
「今度は僕にアサシンをよこせ。僕が一番アサシンを上手く使えるはずだ」
なんの根拠もなしに、慎二が断言した。
そのころ、等のアサシンは蟲蔵の中でトンカツを食べている。なぜって、人前で食事をするのが恥ずかしいから。