『マスター・オブ・ワームズ(1)』
燐光に浮かび上がる陰気な蟲蔵。そこに二つの人影があった。
ひとりは、マキリ・グランドファーザー・ゾウケン。
ひとりは、マキリ・オンナスキー・シンジ。
「めざすはナオンと我らだけの、蜜あふるる約束の地、根源」
重々しく告げた臓硯に、慎二は冷ややかな視線を向けた。
「前から思っていたけど、お前は根源を何か別なものと勘違いしてるんじゃないか?」
「えーい! とにかくわしら親子は、根源をめざすんじゃよー!」
「勝手に目指すな! それに、親子でもない!」
「ちっ、細かいことをぐじぐじと、そんなことじゃから、魔術師になれんのじゃよ」
「貴様〜! もともと、マキリの血が薄れたのは、日本に来たお前の責任だろうがっ! 少しは責任を感じろ、このバカ!」
慎二が臓硯の襟首をつかんで、がくがくと揺さぶった。
「根源なんてどうでもいい! さっさと、僕を魔術師にしろ!」
「安心するんじゃよ。かわいくない孫のために、ワシは秘策を用意したっ!」
「お前にかわいがられるのも気持ち悪いから、前半は聞き逃してやる」
「微妙に嬉しくないんじゃよー」
「いいから、その秘策とやらを話せ」
慎二が先を促す。
「聖杯戦争に参加して勝ち残れば、どんな望みでもかなえられる聖杯を手に入れられるんじゃよー」
「聖杯戦争だって? もしかして、命を落としたりするんじゃないのか?」
「もちろんじゃよ。どうせ、生き返るんじゃし、かまわんじゃろ?」
「そんな変態はお前だけだ。僕をいっしょにするな」
「うぬぅ。生き汚いヤツめ」
「生き汚くて当たり前だ。そうじゃないのはただのバカだ。誰がそんなもんに参加するか!」
慎二はきっぱりと拒絶する。
「残念じゃのー。聖杯以外にもいろいろと、嬉しいオマケがあるというのに」
「……参考までに言ってみろ」
「ナオンのサーヴァントを召喚してモテモテとか、憧れのナオンと手を組んでモテモテとか、後輩の秘密を知ってモテモテとか……」
「モテモテばかりなのか? ……まあ、悪くはないけど」
「いざゆかん! ナオンと我らだけの、蜜あふるる約束の地、聖杯戦争」
「だから、間違っていると言っているんだ!」
臓硯を蹴り飛ばす。
「それで、参加するにはどうすればいいんだ?」
「サーヴァントと契約すれば、もれなく出場権がついてくるんじゃよー」
「……契約? 魔術師でもない僕でも契約出来るのか?」
「無理に決まっとるんじゃよー」
「…………」
「…………」
「それじゃあ、まったく意味がないだろっ!」
プシュー!
慎二は取り出したスプレー缶で、容赦なく殺虫剤を吹き付けた。
「ギブー! ギブー!」
臓硯が蟲蔵を転げ回る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。魔術師でもない、グズな貴様……」
プシュー!
「ギブー! ギブー!」
臓硯が泣きながら訂正する。
「不幸にして、魔術回路を持たないナイスガイのために、新たな手段を模索してみました」
「どうするんだ?」
「うちには、もうひとり魔術師がおるんじゃよー」
臓硯の言葉に、一人の少女が階段を下りてくる。
「わたしは殺し合いなんかに参加するつもりはありません」
視線をそらしながら、少女は自分の意見を口にする。
「貴様ー。この期に及んで、敵前逃亡ですかー!? 信じられねー! それは、マキリに対する裏切りなんじゃよー!」
転げ回って駄々をこねていた臓硯だったが、いい加減飽きたらしく、ようやく落ち着いた。
「……残念じゃのー。そうなると、遠坂の小娘が、他のマスターを皆殺しにして、聖杯を手に入れてしまうんじゃよー」
その言葉を聞いて、少女がぴくりと反応する。
「…………」
臓硯が羽扇子を手にして、少女の耳元に悪魔の囁きを吹き込んだ。
「もう一度、想像するんじゃよー」
「…………」
「もう一度」
「…………」
「もう一度」
「…………」
「はいやめ」
「……やります」
その気になったようだ。
間桐家のみなさんが召喚したサーヴァントはライダー。メドゥーサの真名を持つ英霊であった――。