『人気者でいこう♪』(前編)

 

 

「人気投票ですか?」

 桜が首をかしげる。

「ああ。マスターやサーヴァント同士で、交流を深めるためにもやってみないか? せっかく7組が顔をそろえているんだし」

「問題はそこよ」

 びしっと凛の指先が士郎をさした。別にガンドを放ったわけではない。

「『"K"night』本編も完結したというのに、わざわざこの設定を引きずる理由なんてないんじゃないの?」

「そうは言っても、全員がそろう展開なんて、『約束の4日間』ぐらいしかないだろ? 何が約束なのかはおいておくとして」

「そうですよ、姉さん。第一回の人気投票の時期に公開しそこねたのはしょうがないとして、この機会を逃せば本当にお蔵入りですよ」

 桜が言わなくてもいいことまで口にした。

「仕方ないわね。つきあってあげるわ……」

 ため息混じりに凛がうなずく。

 

 

『チキチキ第一回人気投票』の心得

 一つ、1位と2位をそれぞれ記入し無記名で投票する。1位には2P、2位には1Pが加算される。

 ――以上。

 

 

 実行委員は士郎、凛、桜、セイバー。

 もともと人数が少ないので、数日で票が集まった。のんびりかまえて投票期間を逃してしまう作者のような人間はいなかったようだ。

 集計を始めようとして、士郎が手近な一枚に視線を落とす。

「えっと、これは……?」

 そこに書かれているのは1位の名前ひとつだけだ。

 

 

1.シロウ

 

 

「……セイバーね」

 凛が断定すると、

「わたしもそう思います」

 桜もうなずいた。

「な、なぜわかるのですか?」

「なんでもなにも、そのものズバリって書き方、アンタ以外に誰がいるのよ」

「…………」

 赤くなったセイバーがうつむいた。

 しかし、わかりやすい記述をしているのは、セイバーだけではないのだ。

「えっと、これは……」

 

 

1.先輩

2.間桐桜

 

 

「ふざけてんの!? アンタ!?」

 凛が怒鳴りつけた。

「”先輩”なんて、普通なら無効票よ! それに、無記名って言葉の意味わかってんの?」

「はうぅ。すみません」

 桜が身をすくめる。

「おや、これは何でしょうか?」

 セイバーが拾い上げた投票には、象形文字らしきものが書かれていた。

 

 

1.■■■

 

 

「うーむ」

 ミミズがのたくったような字というものを、初めて士郎は目にした。

「……もしかして、バーサーカーじゃないの?」

「なるほど」

 ぽんと、士郎が手を叩く。

「だったら、これはイリヤちゃんのことですね。……それでいいですか?」

 桜が訪ねると、苦笑を浮かべて皆が頷いて見せた。

「えっと……」

 士郎が新しい用紙を開く。

 

 

1.シロウ

2.イリヤ

 

 

「こっちはそのイリヤちゃんですね」

「なんか、バーサーカーは報われてないよな」

 士郎がつぶやく。

「衛宮くん、モテモテみたいね」

 じろりと凛がにらんだ。

「そういう凛は、誰に投票したのですか?」

 セイバーが、用紙を見比べて探し出す。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよセイバー」

 慌てた凛が止める暇もない。

「これ……でしょうか?」

 

 

1.遠坂凛

2.アーチャーか士郎

 

 

 …………。

「どうなるんだ、これ?」

「無効票だと思います」

 桜が即答した。

「なんで、そうなるのよ!?」

 当然、凛はその意見に反対だ。

「でしたら、2位をちゃんと絞り込んでください」

 桜が珍しく強硬に主張する。

「やっぱり、先輩に投票するつもりなんですか?」

 凛は反論しようとして、悔しそうに唇を噛む。

「アーチャーに決まってるじゃない。士郎になんか投票するわけないでしょ!」

「じゃあ、姉さんの投票は書き換えますね」

 桜が嬉しそうに、士郎の名を塗りつぶす。

「……そういえば、シロウ自身は誰に投票したんでしょうか?」

 セイバーの発言で、残る3人が動きを止めた。

 …………。

 凛と桜が視線を士郎に向ける。

 3人の少女が投票用紙をひっくり返しだすと、慌てて士郎も参加する。

 幸運にも士郎の手が目的の投票用紙を探し出す。しかし、士郎が安堵したのもつかのま、凛がその手から用紙をかすめ取った。

「待て、遠坂っ!」

 慌てて取り返そうとするが、セイバーと桜に押さえられてしまう。

「誰ですか、凛?」

「誰なんですか、姉さん」

「…………」

 凛は無言でその用紙を二人に見せる。

 そこには。

 

 

1.セイバー、遠坂、桜

 

 

 と書かれていた。

「………………」

 3人そろって、冷たい視線を士郎に向ける。

「いや、ほら、みんな仲間じゃないか。誰もが幸せであって欲しいと望むのは、間違いなんかじゃない。そうだろ?」

「…………」

「…………」

 セイバーが溜息をつき、桜は苦笑する。

 士郎の意見を受け容れたらしい二人と違い、あかいあくまだけは危険な笑みを浮かべていた。

「そうね。皆が幸せになれるならそれもいいかもね。だから、アンタの処遇は後ろにいる人物に任せることにするわ」

「……後ろ?」

 士郎の背後には閉じられた障子があり、そこに小柄な人影が映っていた。音もなく障子開き、顔を見せたのは一人の少女である。

 少女の名は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

「ふーん。それが、シロウの投票なんだ?」

 士郎のひきつった表情とは正反対に、少女は天使のようにほほえんだ。

「やっちゃえ。バーサーカー」

 

 

 

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