第9話 剣の在る世界(2)
〜interlude〜
繰り広げられたのは、華麗なる技の応酬ではない。
最古の英雄王――それは、数多の魔剣で屈強なサーヴァントをも退かせる、宝具の収集者。
だが、そのギルガメッシュと士郎の戦いは、愚直な、数による殲滅戦であった。
自らの内に溜め込んだ物を、使い尽くす戦い。
お互いの剣はほぼ互角。
この時の戦いにおいて、ギルガメッシュが口にした、本物と偽物という差は無いに等しい。
使う端から、相殺された武器が消滅していく。
同じような力を持つ二人。
だが、彼ら自身のありようは、対局に位置している。
己しか持たぬ者――。
己すら持たぬ者――。
ギルガメッシュの剣は、己のための剣だ。
少年の剣は彼が守ろうとする皆のための剣だった。
剣の種類も数も、より多く必要だったのは、初めから明かだろう。
形勢は徐々に傾きつつあった――。
『剣に刻まれたもの』
「くぅっ! サーヴァントでもなければ、魔術師ですらない、雑種風情がっ!」
そう叫ぶ声には焦りがある。
確かに俺の剣はギルガメッシュの剣にかなわないのだろう。
だが、ここで戦う限り、その差を限りなくゼロに近づけることができる。
すでにその剣が存在する以上、俺は一歩先んじて攻撃することが可能なのだ。
このままいけばヤツの誇る魔剣すべてが砕け散る。
自慢する武器を全て失った時、ヤツは裸の王様となるのだ――。
ギルガメッシュが、後ろに跳んだ。
「貴様ごときにはもったいないが、この剣の前に消え失せろ!」
己の不利を悟ったのか、ギルガメッシュはついにその宝具の柄に手をかけた。
あわててギルガメッシュに迫いすがるものの、間に合わない。
乖離剣・エア。
ギルガメッシュは、俺が知りうる最強の剣を引き抜いたのだ。
「貴様も影もこの一撃で消滅させてくれる!」
俺はあの剣に対抗できる剣を持っていない。
どんな剣もエアには勝てない。
だがっ……。
まだだ!
まだ、終わりではない!
終わりになどしない!
俺には、したい事がある。すべき事がある。しなければならないことがあるのだ。
ならば、諦めてなどいられない。
俺の意識が加速していく。
ヤツの力を知覚し、己のできうることを検索する。
エアが全力で振るわれれば、俺の体など消し飛んでしまうだろう。だが、エアに流れる魔力の流れはまだ細い
ギルガメッシュにその意思はないのだ。おそらくは、あの剣の存在を俺に見せつけるために。
ギルガメッシュにとっては、勝って当然の戦い。俺の存在など、つまずいた路傍の石、あるいは窮鼠。
確かに俺に対する値踏みは正しい。俺の存在価値など低いだろう。
だが、その侮りが俺に味方する。その油断が俺の武器となる。
エアに対抗して俺が引き寄せたのは、セイバーの剣――カリバーンだ。
ギルガメッシュがエヌマ・エリシュを繰り出す前に、勝負を決める!
「死ぬのが待ちきれぬのか?」
嘲笑したギルガメッシュは、力任せにエアを振り下ろす。
俺の記憶する剣は全てがエアに劣る。
受けられるはずがないと、ギルガメッシュは考えている。
しかし、――それは、間違いだった。
…………っ!
無音。
カリバーンが、エアの一撃を静かに受け流す。
「貴様っ!? この太刀筋は……?」
そう。これは俺の技ではない。本来の持ち主であるセイバーのものだった。
ヤツと俺は同じように、剣の持ち主でしかない。
だが、似て非なるものだった。
ヤツが貯蔵するのは、始まりの剣。誰にも使用されていないその原型。内に秘めた可能性を摩耗していない、無垢なる剣だった。
俺が記憶しているのは、終わりの剣。誰かと共に生き、誰かが極めたその半身。幾度となく傷つき、血塗られた剣なのだ。
剣そのものの力はヤツの方が上だった。
だが、技の戦いとなったとき、ヤツに敗れるわけにはいかない。
この剣には、セイバーの戦いが、願いが、生き様が刻まれているのだ。
セイバーの技で、俺はギルガメッシュを倒す――!
流麗なるカリバーンの舞。
それは、力任せに振り回されるエアに真似のできるものではなかった。
ギルガメッシュは確かに強大な王だ。
だが、だからこそ、ギルガメッシュは剣技でセイバーにかなわない。
「貴様ごときに……、貴様ごときにっ!」
認めがたい現実に、ギルガメッシュが歯噛みする。
人間以上の筋力によって、エアが俺に叩きつけられる。いや、技をもたない以上、ギルガメッシュはそれ以外の方法がないのだ。
カリバーンを左に払って、エアを受け流す。ギルガメッシュの体が泳ぎ、右腕が無防備に伸びきった。
俺にとって脅威なのは、ギルガメッシュではない。エアの方だ!
カリバーンを閃かせる。
斬っ!
ギルガメッシュの右腕は、エアを握ったままだ。だが、その右腕ごと、エアは地に落ちた。
カリバーンが肘を断ち斬ったのだ。
噴き出した血が、ヤツの右腕と、エアを赤く染める。
「くぅ……、ここは、貴様の勝ちだ」
さすがに負けを悟り、この場を逃げ去ろうとする。
ヤツにとっては一度の敗北。だが、俺にとっては生死の境目だった。
そうはさせない。
させるわけにはいかない!
ヤツはこの場で倒す!
退いたギルガメッシュにむかって、両手で振り上げたカリバーンをぶん投げた。
うなりを上げて回転するカリバーンが、ギルガメッシュを襲う。
「――っ!?」
ざっくりと、黄金の剣が、ギルガメッシュの脇腹を深く切り裂いていた。
この程度の傷では、致命傷とはならないだろう。
新たに剣を引き寄せる。
俺にではなく、ギルガメッシュに向かって。
柳洞寺で、アーチャーがやって見せたように、荒野に立ち並ぶ剣を、ヤツめがけて走らせる。
俺の意志に応じて、剣の軍勢がギルガメッシュに向かって殺到する。
「侮るな、小僧っ!」
ゲート・オブ・バビロン(王の財宝)から、射出された剣により、俺の剣は半ばまでが打ち落とされる。
だが――。
怯みはしない。
「うおおおぉぉぉ――っ!」
咆吼する。
この機会を逃せば、次はない。
どんなに俺が未熟な魔術師であっても、二度とギルガメッシュは余裕を見せないだろう。
俺には後が残されていないのだ。
ギルガメッシュを速やかに、確実に倒さなかればならない。
全ての剣、あらゆる剣を叩きつける。
ヤツの生死など確かめない。
そんなことは全てを終えてからでいい。
今すべきことは、ギルガメッシュを攻め続けること。
千の剣で足りなければ万の剣をもって。
万の剣で足りなければ無限の剣をもって――。
そこには立ちつくした一人のサーヴァントがいた。
いや、さっきまでサーヴァントであったもの。
無数の剣に貫かれたその身体が彫像のようにたたずんでいる。
ヤツの最後の言葉がなんだったのか、俺は知らない。
ギルガメッシュの身体が消え去ると、突き刺さっていた剣がその場に落ちて、放射状にぶちまけられた。
最強にして、最古の英雄王・ギルガメッシュが、ここに倒れたのだった。
――っ!?
急激に魔力が減少する。
俺の魂のようなものに噛みつかれ、魔力をごっそりと喰われていた。
俺の固有結界に黒い影が踏み込んできたのだ。
現実を塗り替える固有結界を、さらに浸食された。
俺は黒い影に向き直る。
次なる敵は、アンリ・マユであった。