第8話 人として(5)

 

 

 

『VSバーサーカー』

 

 

 

「覚悟するがいい、小娘ども」

 勝利を確信して、臓硯が宣告する。

 ぶおん!

 うなりを上げて斧剣が振り下ろされた。

 だが、それをかわしたのはアサシンである。

「ぬ――!?」

 さらに斧剣は、臓硯を襲う。

 身をかわすこともできない。

 横薙ぎした斧剣で、その胴体は粉砕された。まるで爆発したかのように、小柄な身体が弾けていた。

 臓硯の生首が地面に落ちる。

「そうか……、おぬしが死に際に望んだのはワシらを殺すことであったか」

 首だけの臓硯が哄笑する。

「退けい、アサシン。好きに暴れさせてやろうぞ。己がマスターも含めて、殺し尽くすがよいわ」

 呵呵呵――。

 バーサーカーは振り上げた足で、哄笑する臓硯の頭を踏みつける。

 ぶちゃりっ!

 水風船を割ったかのように、その場所へ血がぶちまけられた。

「■■■■■■■■――!」

 ただ一つの赤い眼光が、俺達に向けられる。

 これは狂化という生やさしい状態ではなかった。

 バーサーカーが狂ったのではない。もともと狂って生み出された存在が、たまたまバーサーカーの姿で現れたのだ

 アレはそういうモノだ。

 その瞳はイリヤすら識別していない。

 魔術師とか、マスターとか、人間とか、そういう区別もない。

 バーサーカーの目に映る物は、彼が破壊すべき物だけ。

 アレは人の身でどうにかできるような存在ではなかった。災厄に近い。

 人力では止められない、圧倒的な現象。

 だが、それでも生き残るためには、対処するしかない。

 この場にいる人間で、それができるのは――。

「遠坂! イリヤをつれて逃げろ。俺が時間を稼ぐ」

 震えそうになる膝を意志の力で押さえ込み、その場に踏みとどまる。

「シロウ! だめぇっ!」

 イリヤの叫びが耳に届いた。

 俺の頼みの綱は黄金の剣だった。一度はバーサーカーを倒したこともある、セイバーの剣。

 なんとか、カリバーンで、バーサーカーをいなして……。

「――トレース(投影)」

「さがれ!」

 男の声がすぐ近くで聞こえる。

 その声に気を取られた一瞬の間に、バーサーカーは目前に迫っていた。

 振り上げる斧剣は断頭台を思わせる。

 投影すら間に合わず、俺はこの場で破壊されるだろう。

 脳裏に、まざまざと自分の死体が浮かびあがる。

 ぎんっ!

 斧剣が宙で受け止められた。

 成し遂げたのは、朱色の魔槍。

「さがれと言っただろう、坊主!」

 俺の目に映ったのは、青い騎士の姿だった。

「――ランサーっ!?」

 

 

 

『サーヴァントとして』

 

 

 

 眼前で吹き荒れる、斧剣と魔槍の嵐。

 人の身で巻き込まれれば、そこには死しかあり得ない。

 俺は慌てて、遠坂とイリヤの傍らへと退いた。

「どういうことなの?」

「コジロウにやられた傷が深くて、ずっと眠らせておいたのよ。本当は完全に回復してから、隙を見て逃げだすつもりだったわけ」

「でも、アサシンならサーヴァントの存在は知覚できるはずでしょ?」

「私はもともと聖杯だもの。自分の中にサーヴァントを取り込んでしまえば、外から判別できるはずないわ」

「じゃあ、俺達はイリヤが逃げ出す機会をつぶしたことになるのか……」

 もともと、イリヤは俺とは比較にならないくらい優秀な魔術師なのだ。俺が無理に誘わなければ、もっと安全に脱出することができたのかもしれない。

「そんなことない! 危険をわかっていても連れ出してくれて、……嬉しかったんだから」

「そうか……。じゃあ、絶対に帰ろうな」

「うん」

 

 

 

「やめときな」

 間合いをとったランサーが、バーサーカーに告げる。

「オマエだってマスターを苦しめるのは望まねぇだろ?」

 それはランサーにとって、最後の譲歩なのだろう。

 だが、

「■■■■■■■■――っ!」

 バーサーカーが吼える。

 ランサーの言葉を受け入れるつもりはない。いや。言葉の意味すら理解しているかどうか……。

 その目的は、目に映る全てを破壊し尽くすことだけ。

「しかたねぇな……」

 そうつぶやくランサーの口元には、――笑みが浮かんでいた。

 彼にとっては戦いこそが喜び。そして、生き甲斐なのだろう。

 聖杯――アンリ・マユの支配下にあるバーサーカーは、サーヴァントを凌駕する力を持っていた。

 ただただ、人を圧倒する猛威。純粋なる力の結晶。

 ランサーの槍がバーサーカーに向けて伸びる。

 それを真っ向から受け止める巨大な斧剣。

 目にもとまらぬランサーの猛攻だったが、バーサーカーに届いてもいない。

 バーサーカーはただの力自慢の戦士ではない。技こそ使えないものの、その反応速度や身体能力だけで、セイバーと互角に渡り合える剣士なのだ。

 習い覚えた剣技ではなく、本能のままに振るわれる最強の剛剣。

 あの長大な斧剣ならば、槍を相手にしても武器の長さによる不利はない。

 だが、それでもランサーは下がりもせず、バーサーカーと矛を交えている。

 言峰が命じていた「倒すな」という令呪は、ずっとランサーを束縛し続けていたのだろう。

 呪縛をから解き放たれたランサーは、これほどの力を有していたのだ。

 

 

 

「…………」

 イリヤがじっとふたりの戦いを見つめている。

 バーサーカーは、少女にとって唯一の味方だった。彼女を守り続けてくれた最強の守護者。

 敵となって迫るバーサーカーを押さえているのは、彼女に従うもうひとりのサーヴァントだった。

 

 

 

「おい。悪いがオマエを倒すぜ。……マスターの事は俺に任せな。俺が替わりに守ってやるよ」

 それが、バーサーカーへ伝えられる唯一の言葉。

「だから……、オマエは迷うことなく成仏しな!」

 ランサーの手にした槍から魔力が噴きこぼれる。

 宝具を使うつもりなのだ。

 まさに必殺の技――ゲイ・ボルク(刺し穿つ死棘の槍)を。

 いや、そうではない。

”前回”、セイバーを相手に宝具を使った時よりも、さらに膨大な魔力が感じられる。おそらくそれは、ランサーの全身全霊を込めた一撃となるのだろう。

「■■■■■■■■――!」

 咆吼するバーサーカーに向かい、ランサーは疾風の如く迫った。

 バーサーカーは頭上に振り上げた斧剣を、ランサーめがけて振り下ろす。

 斧剣が大地を割った。

 だが、その下にランサーの体はない。

 タイミングをずらしたランサーは、斧剣が通り過ぎた後に足を踏み出したのだ。

 ランサーは振り下ろされている斧剣の峰を踏み、バーサーカーの左腕を駆け上り、左肩を蹴った。

 驚くべき敏捷さだった。

 ランサーの体が天空へと駆け上る。

 バーサーカーは真上をにらみ、斧剣を構え直した。

 ランサーの宝具を避けきれないと感じ取ったのだろう。

 このまま重力に引かれてランサーが下りてくれば、バーサーカーの餌食になるだけだ。

 それはランサーにもわかっている。

 だからこそ、ランサーが放つのは、己の命を託すに足る最強最大の一撃。

 限界まで反り返ったランサーの躯は、引き絞った弓である。

 放つ矢は、必殺の槍。

 それは――。

「ゲイ・ボルク(突き穿つ死翔の槍)――!」

 おそらく、それこそが本来の使用法。

 死を生み出す最強の投擲武具。

 真上から投げ落とされた槍は、まさに雷撃となってバーサーカーを襲った。

 バーサーカーは己の膂力をもって槍を打ち払おうと斧剣を走らせる。

 がぎんっ!

 二つの塊が激突した衝撃音。

 斧剣が半ばで割れた。

 上を向いたバーサーカーの口から、股間まで、槍が垂直に貫く。

 真芯を貫かれたバーサーカーの身体が、大地に縫い止められていた。

 炸裂する閃光と、巻き起こる爆煙。轟音が周囲をなぎ払う。

 爆風が俺たちを地面に突き飛ばしていた。

 あわてて身を起こしたものの、視界が奪われているため、戦いの結末を見ることもできない。

 大地の揺れがおさまるとともに、土煙も静まっていく。

 大地は丸く削られ、大穴があいていた。

 クレーターの中心には朱色の槍が突き立つのみだった。

 バーサーカーは一片の欠片も残さず、ゲイボルクに灼き尽くされたのだ。

 空から青い影が降ってくる。

 垂直に立った槍の石突きの上に、ランサーが身軽に降り立っていた。

「俺の……勝ちだ」

 そう告げたランサーの口元には、会心の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

『家路』

 

 

 

「終わったぜ」

 ランサーはなんのこだわりもなくイリヤに告げた。

 イリヤは唇を噛んでランサーを見上げる。

「あんたなんか大っ嫌い!」

 そう口にしてにらみつける。

「おい、イリヤ……」

 イリヤの気持ちもわからないではないが……。

「いいの! 行こう、シロウ」

 そう言って、俺の手を引っ張る。

 ランサーがこちらを見て、肩をすくめていた。

 ランサーは少なくともイリヤを守ろうとしてくれたのだ。そして、それは、イリヤを襲ったはずのバーサーカー自身も、救ったのではないだろうか?

 だからこそ、バーサーカーは蘇生することもなく、この場での死を受け入れたのではないだろうか?

「イリヤ!」

 俺はイリヤを叱りつけようとしたが……。

 俺の手を握って、一心に前に進むイリヤ。

 彼女にだって、わかっているはずだ。倒さざるを得なかったことを。

 誰かがすべき役目を、たまたまランサーが引き受けたのだ。

 だが、こうしてランサーを恨むことが、イリヤが悲しみを耐えるために必要なことなのかもしれない。

 シュッ……!

 風を切るかすかな音に即座に反応したのはランサーだ。

 朱色の魔槍が翻り、火花が生じる。

「そういえば、お前もいたんだったな。忘れていたぜ」

 ランサーが不敵な笑みを浮かべる。

「構わぬ。貴様が覚えていられるのは、短い時間にすぎぬからな」

 黒いマントを羽織った、白い仮面が姿を見せていた。

「坊主。先に行け!」

「え……?」

「どうやら、魔力を求めて、あの黒い影が迫ってるようだ。このままだと、囲まれちまうぞ。この邪魔者と影は俺が引きつけておくから、今のうちに逃げな」

「それなら、ランサーも一緒に……」

「俺はアイツから、マスターを守る事を受け継いだ。それが、アイツを殺した俺の責任ってやつだ。そいつをお前に託す」

「ランサー!?」

「マスターひとりだけなら、俺が連れて逃げてもいいんだが、坊主も嬢ちゃんも見捨てるわけにはいかねえしな」

「でも……」

「足手まといだって言ってんだよ。さっさと行け!」

「……わかったわ」

「遠坂?」

「その代わり、必ず生きて戻りなさいよ」

「へ。俺を誰だと思ってやがる。俺は生き伸びるのが特技なんでね」

「わかったわ。行くわよ、士郎」

 遠坂に促されて俺も走り出した。

 いまさらながら、森の木々を縫って漂う昏い気配が感じ取れた。

 ランサーが口にしたとおり、アンリ・マユがこの地を覆い尽くそうとしているのだろう。

 ランサーだけがその場に残り、アサシンと対峙する。

 

 

 

 それが――、俺が最後に見たランサーの姿となった。

 

 

 

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注:黒化したバーサーカーがゴッドハンドを所有しているか微妙なので、ここでは無視しています。
→ Web拍手のご意見を参考に、バーサーカーの意志で押さえたことに変更しました。