第7話 決別の日(1)
『作戦会議』
早朝。
静かな土蔵の中で、俺とセイバーは話し込んでいた。
「しかし、これではシロウが危険です……」
セイバーが表情を曇らせる。
「確かに危険だけど、俺なんかじゃギルガメッシュには太刀打ちできない。勝てる可能性のあるセイバーを優先すべきだ」
「…………」
俺の身を案じてくれるのは嬉しいけど、セイバーにだって俺の言いたいことはわかっているはずだ。
ギルガメッシュが姿を見せた以上、このまま手をこまねいていると全滅する可能性だってある。
「大丈夫だって。俺も無茶なことはしないから」
「貴方がその言葉を信じさせるなど不可能です」
セイバーの言葉は、ため息まじりだ。
「セイバーだけが頼りなんだ。頼むよ」
「……そうですね。シロウは私が守り抜いて見せます」
俺を説得するのを諦めつつ、どこか満足そうにセイバーが応えた。
そこへ、足音が聞こえてきた。
土蔵に顔を出したのは遠坂だった。
「……こんなとこで、なにやってんのよ?」
不審そうに俺を見る。
「え? いや……、ちょっとした作戦会議」
「…………」
「な、なんだよ?」
「……別に。アンタに電話よ」
「誰から?」
「出ればわかるわ」
遠坂はどこか不機嫌そうだった。
電話の相手がよっぽど嫌な相手だったのだろう。
「はい。替わりました」
『衛宮か?』
「……慎二? どうしたんだ、急に?」
『身内の恥をさらすんだけどな。うちの爺さんのことだ』
「爺さん? そんな人いたのか?」
以前には、何度も間桐家を訪問していたが、俺は一度も顔を合わせていないはずだ。
『ああ。普段は部屋に籠もってるしな。最近、魔法がどうとか言いだしてさ……、どうやら、ボケだしたらしい』
「魔法だって!?」
『ああ。バカみたいだろ? なんか、桜のことも口に出したんで、ひょっとするとそっちに行くかもしれない。見かけたら追い返してくれよ』
「……どんな人なんだ?」
『背の低いしわくちゃの爺さんだよ。いまどき着物を着てるからすぐにわかると思う』
「ああ。わかった。それで、名前はなんていうんだ?」
『間桐臓硯だよ』
『聖杯戦争』
「間桐臓硯?」
遠坂が問い返してきた。
「慎二の爺さんらしいな。遠坂は聞いたことないか?」
居間に顔をそろえて、慎二が口にした話を、遠坂やイリヤに説明する。
今の慎二は信じていないが、間桐臓硯は間違いなく魔術師だろう。血がすたれたとは言え、慎二の両親や祖父母のいずれか、もしくは両方が魔術師のはずだ。
「名前は知ってるけど……、そんなはずないわよ」
なぜか遠坂は懐疑的だった。
「なんでさ?」
「だって、この冬木の地で聖杯戦争のシステムを作り上げたうちのひとりなのよ」
首をひねる遠坂に、イリヤが答えた。
「だから、正しいんじゃない、リン」
「だって、200年も前の話よ」
「いい機会だから、ふたりに教えてあげる。聖杯戦争の成り立ちをね」
出来の悪い生徒に教えるように、イリヤが説明を始めた。
「聖杯を求める旅は、もともとアインツベルンから始まったの――」
1000年前、アインツベルンは聖杯を手に入れようと願った。だが、彼等は器こそ作れたものの、力を宿らせる事ができない。
500年前、マキリという一族の協力を得ることで、魔力の吸収は可能になったが、実現させるには絶対的な力に欠ける。
そして、200年前。二つの家は冬木の町を管理する遠坂家と出会う。これで魔力の流動という手段と、冬木の地を得ることになる。
リズライヒ・ユスティーツァ・フォン・アインツベルン。
マキり臓硯。
遠坂永人。
この三人の天才が集い、聖杯戦争というシステムを完成させたのだった。
「先祖の名前を使った、同姓同名じゃないのか? 当主の名前を代々受け継ぐ話とか聞くだろ?」
普通に考えるならそうなるはずだ。
「いいえ。これまでの聖杯戦争でもゾウケンの姿や能力は確認されているわ。アインツベルンは敗れてはいても、情報収集だけは怠ったことがないもの。だから、ゾウケンは200年以上も生き続けているに違いないわ」
「それも魔術なのか?」
「マキリは蟲使いの一族なの。おそらく、人ではなく、蟲に魂を宿らせて生き続けているんだと思うわ。いいえ。腐り続けていると言った方が正しいかもしれないわね」
「腐り続ける?」
「人間に寿命があるように、魂にも寿命があるの。どんなに、肉体を交換し続けても、魂の寿命からは逃れられない。魂に引きづられて肉体は腐り出すの。きっと、身体が死にかけるたびに、新しい肉体を創り上げているんでしょうね。たぶん、その材料はこの町の行方不明者だと思うわ」
「じゃあ、臓硯は生き続けるために、ずっと人を殺し続けているのか?」
「そうなるわね」
イリヤの口調に非難の色はない。
魔術師の基本は魔術を極めること。そのための犠牲などいとわない。
むしろ、怒りを見せる遠坂の方が魔術師らしくないのだ。
『寝床』
間桐臓硯については、本来なら桜に聞くのが一番早いだろう。
マキリの魔術を継ぐために、おそらく、臓硯から直々に魔術を習っているはずだからだ。
だが、今の桜に余計な負担は掛けたくなかった。
昨夜、熱を出した桜は、今日一日ベッドに寝かしつけている。
俺は、夕食後に桜の部屋を見舞いに訪れていた。
「大丈夫か、桜?」
「先輩の方こそ」
「え? 俺の方は大丈夫だよ。もともと、セイバーはある程度の魔力があれば、自分で魔力を生成できるしな。……桜は、ライダーと契約した時、どうだったんだ?」
「最初はちょっと疲れましたけど、すぐに安定しました」
「そうか……」
桜は遠坂の妹だもんな。生まれつき魔力量が多いんだろう。
「それで……、身体の調子はどうだ?」
初めての戦いで、それも相手はギルガメッシュだ。精神的な疲労も激しいはずだ。
「気にしないでください。ただの貧血だと思います」
気丈に言うが、ギルガメッシュのアイテムによるものかもしれない。
意識して桜の様子を見ると、頬は紅潮しているし、瞳も潤んでいる。熱に浮かされているように思えた。
「無理……するなよ」
昨日も無理をしようとする桜を強引に寝かしつけたのだ。
「リンゴでも剥いてこようか? ミカンもまだ余ってるぞ」
藤ねえがごっそり買い込んだ品だ。事情を知っている桜が、くすっと笑みをこぼす。
「今はいいです」
「何かしてほしいことでもないか?」
「あの……、だったら、一つお願いしたいことが……」
「なんだ? 遠慮しないで言ってくれよ」
「わたしを……、その……」
「……?」
「わたしを……抱いてください」
…………?
聞き間違いだよな?
桜がそんな事を口にするわけがない。
「悪い。よく聞こえなかった。なんて言ったんだ?」
恥ずかしそうにうつむきながらも、きゅっと掛け布団を握り、桜はもう一度繰り返した。
「わたしのことを……抱いて欲しいんです」
…………。
驚いている。
いつも控えめな桜が口にするべきセリフじゃない。
「でも、そんな……」
正直に言えば、桜をそんな目で見たことだってある。不意に女らしさに気づいて、裸を想像したり……。
だけど……。
「な、なに言ってるんだよ。身体の調子が悪いんだろ?」
「この身体が不調なのは、魔力が足りないからなんです。だから、先輩から魔力を……」
桜は友人の妹だ。親しくしているからといって、手を出していいはずがない。
「突然魔力が足りなくなる理由なんてないじゃないか。むしろ、これまでより魔力が増えてるように見えるくらいだ。ギルガメッシュからも吸収したんだろ?」
「それは……」
桜が言い淀む。
「気が弱っているから混乱しているだけだよ。しばらく安静にしてれば、身体も治るさ」
今の俺にはセイバーがいる。
そうでなくとも、体調を崩して弱っている桜を抱くことなんてできるわけがない。
「そう……ですね……。静かにしてます。今の話は忘れてください」
そう答えた桜が強ばった笑顔を見せる。
それは、ひどく寂しげだった。
この時のことを、俺は後で悔やむことになる。
〜interlude(桜)〜
「ライダー」
わたしの呼びかけに、ライダーが実体化した。
「どうしました、サクラ?」
「わたしたちはこの家を出ましょう」
「シロウのことはいいのですか?」
「ええ。その方が先輩にとってはいいはずだから……。いまなら、先輩はまだ夢を追えるし、最悪の場合、わたしの事も止めてくれると思う」
「ですが、シロウならサクラを……」
「いいの。あんなこと先輩には言えないもの。絶対に知られたくない……」
「貴女自身はそれでいいのですか?」
「うん。今なら、それでも受け入れられる。……先輩と姉さんを殺したくないから」
「どこへ行きますか?」
「どこへでも……。ここじゃないとこなら……」
ライダーがわたしの身体を抱き上げた。
せめて……、最後にもう一度だけ先輩と身体を重ねたかったな……。