第6話 士郎達の黄昏(5)
〜interlude(離脱)〜
残された魔力は限られている。ギルガメッシュを相手に全力で戦っていては、遠からず魔力は尽きる。
なんとか、効果的な一撃を浴びせ、その隙にこの場を離脱する。
そう思い定めたセイバーは、悲鳴のようなライダーの声を聞いた。
「サクラ!? しっかりしてください!」
ライダーが、よろめいた桜の身体を支えている。
「ライダーっ!」
セイバーの声にライダーが振り向く。
隙を見せたライダーを、ギルガメッシュの放った剣が襲ったのだ。
短剣でさばききれないと悟ったライダーは、桜の身体を抱いて横に跳んだ。
危うくかわしたかに見えたが、ライダーの左足には一本の魔剣が突き刺さっていた。
「くっ……!」
ライダーの唇からうめき声が漏れる。
桜が倒れ、ライダーは足に傷を負った。
ぞくりと、セイバーの背筋を悪寒が走った。
一瞬浮かんだ考えを彼女は慌てて否定する。
頭をかすめたのは、ふたりを囮にして、自分が生き残る事だ。
なんということを――。
唇を噛む。
それは、キャスターによる令呪の影響だった。”生きのびること”だけを考えるのならば、それが一番賢い選択なのかもしれない。
だが、そんなことなどできるはずがない。シロウが許したとしても、自分で自分を許せない。そんなことをしたら、とてもシロウの傍になどいられない。
なんとか、魔力を温存しながら、ギルガメッシュを撃退しないと――。
「セイバー。時間を稼いでください。私がなんとかします」
「貴女も傷を負っているではありませんか」
「ですが、”あの子”は無傷です」
「……なるほど。まかせてください」
意図を察して地を蹴る。
ギルガメッシュに間合いを取らせては、魔剣の群れに襲われることになる。
互角以上の戦いに持ち込むためには、距離を縮め、剣技の戦いに持ち込むこと。
間合いを外そうとするギルガメッシュに追いすがり、不可視の剣で斬りかかる。
「おのれ――」
だが、攻めきるには力が足りない。宝具を使用するなど論外だった。
魔力量だけでなく、マスターを失った身では、戦闘をせずとも数時間で消滅してしまう。
身を焼く焦燥をねじ伏せて、剣を交える。
……きたっ!
突如として、セイバーの背後に爆発的な魔力が生じていた。
「なにっ!?」
ギルガメッシュが魔力の出現に驚愕する。
「どいてください、セイバー!」
ライダーの声に応じて、セイバーは左に飛ぶ。
セイバーの立っていた場所を駆け抜け、正面のギルガメッシュに向けて疾駆する、圧倒的な魔力の塊。
それは、ライダーが召喚したペガサスであった。
ペガサスの突進力を前に、ギルガメッシュも慌てて身をかわしていた。
空いた空間を走り抜けて、天馬は空へと駆け上っていく。
「ペガサスだと!?」
天馬という種族を越える魔力。それは竜にも匹敵するほどだった。
弧を描いて駆ける天馬がギルガメッシュめがけて舞い降りる。
ギルガメッシュの取り出した数本の魔剣が天馬を迎撃する。
だが――。
魔力の障壁に弾かれ傷一つ付けられない。
「セイバー!」
自分に向けられて投じられた短剣をセイバーは両手で握る。
天馬はギルガメッシュの傍らを走り抜けた。
殴りつけるような突進力で、セイバーの身体は空へと引き上げられていた。
ライダーは桜の身体を右手で支え、左手に握る鎖でセイバーをぶら下げている。
いかにギルガメッシュとはいえ、空まで追ってくることも、攻撃を届かせることも不可能だろう。
「ライダー! もう一度です! ペガサスでならギルガメッシュを倒せます」
「戦いを続けるのならば貴女一人でお願いします」
「な!?」
「もう、遅いのです」
ライダーが見下ろした視線の先には、一本の剣を引き抜いたギルガメッシュの姿があった。
剣として識別するのが難しい、円柱にも似た形状。
最大の攻撃力を誇る、乖離剣・エアであった。
「おそらく、このペガサスでは勝てないでしょう」
「しかし、キャスターが……」
「ここで全滅しては、それこそ彼女の死が無駄になります」
ライダーが冷静に告げる。
「それに今は戦いどころでありません。サクラだけでなく、貴女自身も……」
「……わかりました」
三人を乗せた天馬は、衛宮邸へ向かって身を翻した。
『契り』
あまりに突然すぎた。
ギルガメッシュの襲撃と、キャスターの死。
桜をベッドに寝かせた後、俺達は居間でライダーから事情を聞かされた。
「く…………」
唇を噛む。
その場に自分がいても、できることなどたかがしれている。
それでも、その場にいなかったことが悔しかった。
「申し訳ありません」
セイバーがうなだれている。
「……セイバーが謝ることじゃないよ」
セイバーなら、きっと、できる限りのことをしたはずだ。そして、おそらくは必要以上に責任を感じて、自分を責めている。
何もしなかった俺が、そんな彼女を非難できるはずもない。
セイバーが心細そうに、俺の顔を見上げる。
「どうしたんだ?」
「その……、言いにくいのですが、私はマスターを失ってしまいました。ですから、誰かと契約しなければ、もう……」
「あっ!? 悪い。じゃあ、早く契約しないと」
しかし、俺には契約に関する知識がなかった。もともと、セイバーを召喚したのだって、事故のようなものなのだ。
「遠坂。契約のやり方教えてくれ」
「今度は、私に契約しろって言わないのね」
遠坂の口調は、疑問と言うより、確認のようだった。
「ああ、俺が契約する」
きっぱりと答えた。
「キャスターが命を失ってまで守った契約だもんな。俺自身がキャスターの思いに応えるべきだ」
「それでこそ、シロウです」
セイバーが俺の言葉にうなずいてくれた。
俺は、セイバーと遠坂を連れて、土蔵に入った。
俺達が初めて出会った場所だし、契約が結ばれた場所でもある。
やはり、この場所こそが俺達にはふさわしいだろう。
遠坂が文章を書き込んでいるメモを俺に渡した。
「じゃあ、ここに書いてあるとおりに宣言して」
「わかった」
俺は、神妙な面持ちでこちらを見つめるセイバーと向き合う。
「──告げる! 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう」
「セイバーの名に懸け誓いを受ける! 貴方を我が主として認めよう、シロウ──!」
俺とセイバーは手を握り合う。
こうして、俺達は再び契約を交わした。
事故や偶然ではなく、俺とセイバーは自らの意思の元に、お互いをパートナーとして求めたのだ。
……っ!?
がくん、と目線が低くなった。
知らぬ間に膝が崩れた。
なんだ、これ!?
自分の魔力が、ごっそりと吸い取られている。
「シロウ。大丈夫ですか?」
セイバーが慌てて俺の身体を支えてくれた。
「ただでさえ、強力なセイバーだものね。未熟な士郎には、それほどの負担になるわよ」
遠坂が説明する。
この前はそこまで考えが至らなかったけど、もう一度契約するということは、元の状態に戻るわけではなく、正しく契約を結び直すことになるらしい。
そうか……。
本来の契約というのは、これほどのものだったのか。
マスターだというのに、これまで一度もセイバーに魔力を供給していなかったため、俺は全く知らなかった。
逆に言えば、これだけの力を欠いたまま、セイバーは戦い続けたことになる。
自分を支える力の大半をセイバーに持って行かれた。
しかし、この程度のことで、泣き言を言うわけにはいかない。
消えてしまったキャスターのためにも……。