第6話 士郎達の黄昏(4)
〜interlude(セイバー)〜
突然の転移。
目前の光景が塗り替えられて、戸惑ったのは一瞬だった。
強大な魔力の激突。
頭よりも身体が反応する。
心に、身体に甲冑を纏う。
現在のマスターであるキャスターと並んで、桜とライダーがいる。
そして、対峙するのは黄金の騎士。
「来たか、セイバー」
ギルガメッシュの顔には歓喜の表情が浮かんだ。
「英雄王。貴様との戦いは、これを最後にさせてもらおう――」
ギルガメッシュ――それは私たちにとって、唯一最強最大の障害である。
もしも、聖杯戦争が続いていたとして、聖杯を手に入れたのが他のサーヴァントならばまだ許せる。数日の生活で親しくなったという理由もあるが、そうでなくとも、同じく聖杯に召喚された仲間とも言えるからだ。
だが、彼は違う。
今回の聖杯戦争には全く無関係な、気まぐれに現れた略奪者。
私に向けて、剣を射出する。一撃の威力こそ宝具に劣るものの、サーヴァントを倒すには、そのうちの一本で十分なのだ。
襲いくる剣を不可視の剣で迎撃する。
私が剣で戦い、キャスターが魔術戦を挑む。相手がギルガメッシュでなければ、これは強力な布陣だったろう。だが、ギルガメッシュが持つアイテムの効力によるのか、魔力による効果はなぜか低い。
私の剣が及ばない場所を、ライダーの短剣がカバーする。そして、桜はギルガメッシュから直接魔力を吸い上げる。
私が前衛、キャスターが牽制、ライダーと桜は援護。相談するまでもなく、自然に分担が決まっていた。
私たちの奮戦もむなしく、魔剣の群れを受けるのが精一杯だ。
私の剣もギルガメッシュに届かない。
お互いに傷を負わせられない、一進一退の攻防。
先に焦れたのはギルガメッシュの方だった。
「煩わしい雑魚どもめが。エルキドゥ(天の鎖)――!」
神々を拘束するための鎖。それが、背後の三人を襲った。
ライダー自身は鎖をかわしたものの、反応できずにいた桜を突き飛ばす。
「ライダー!?」
桜の悲鳴。
彼女の替わりに、ライダーが鎖に捕らえられていた。
キャスターもまた、鎖に絡みつかれていた。キャスターを締め上げる鎖は、そのまま、身体を断ち切ってしまう。
「なっ!?」
「私は大丈夫よ、セイバー。ライダーをお願いするわ」
キャスターの声が聞こえた。
どうやら、捕らえられたキャスターは虚像にすぎなかったようだ。令呪からの苦痛を感じなかった事に思い至り、安堵する。
「わかりました」
反英霊として昏い気配を纏っているものの、ライダーの神性は高い。ライダーではこの鎖を打ち破ることはできないだろう。
ライダーは敏捷性を誇るだけに、防御力はそれほど高くない。
このままでは的になるだけだ。
姿を現したキャスターが、高速詠唱でいくつもの光球を放った。
ギルガメッシュの眼前で、その光弾はキャスターに向けて跳ね返された。
だが、間をおかずにはなったキャスターの2撃目が、その1撃目と激突する。光球同士がぶつかり、爆発が生じる。
生じた光で視界がふさがれた。
ぎん!
私は脳裏に写る映像を頼りに、鎖を断ち切ってライダーを解き放つ。
風を切って、ギルガメッシュの魔剣が走る。
どん! どん! どん! どん! どん!
「ぐぅっ!?」
誰かの悲鳴。
夜の闇に目が慣れ、視界が戻る。
ギルガメッシュの放った剣が、確かに彼女の身体を貫いていた……。
「くっ、くっ、くっ。聖杯戦争の基本的な戦術――それは、強力なサーヴァントではなく、マスターを狙うことだったな、セイバー?」
ギルガメッシュの声が、私の耳に冷たく響く。
キャスターがその場に立ち尽くしていた。
3本の剣に貫かれ、ごほっ、と口から血がこぼれる。
「くっ……」
キャスターの身体を抱えて、私はギルガメッシュから距離を取る。
替わって進み出たのはライダーだった。
己のアイマスクをはずし、封じられていた両眼をギルガメッシュに向ける。
「ぬ──っ!?」
魔眼・キュベレイ──。それは伝説にある石化の魔眼。
メドゥーサであるライダーにとって、己の象徴とも言うべき宝具だった。
しかし、その呪力を持ってしても、石化するには至らない。キャスターの魔術を防いだのと同じアイテムの効力なのだろう。ギルガメッシュの動きを制限するのが限界のようだった。
「……貴女だけでもお逃げなさい、セイバー」
「何を言うのです!?」
「今の私には貴女をつなぎ止めるだけの魔力もない」
「ならば、今すぐ私との契約を破棄してください。このままでは、貴女の身体が保てなくなる」
私にまで魔力を振り分けていては、傷を負ったキャスターがもつはずがない。当初の自分がそうであったように、キャスター自身もまた魔力が枯渇すれば、この世から消滅する。
「お断りよ」
「それは自殺行為です。このままでは、遠からず魔力が尽きてしまう。……キャスターである貴女が、それをわからないはずがない」
「…………」
キャスターの顔を見て、セイバーはそれを悟った。
「覚悟の上なのですか? ……なぜ?」
「言ったでしょう、セイバー。私は裏切りばかりの人生だった。あの子は、そんな私を信用してくれたのよ。だから、私に託してくれたこの契約を、私の意志で放棄することは絶対にできない」
「バカな! シロウはそんなことを望みはしない。共に生き延びることこそ、シロウに報いる道のはずです!」
「最善の策が取れないのだから、次善の策で妥協するしかないわね」
キャスターがかすかに笑みを浮かべた。
「それに、あの子の信頼に応えて消えていけるのなら、私は自分を誇れるのよ」
「考え直してください。その選択は、なによりもシロウを悲しませる」
「私の替わりに謝ってもらうわ、セイバー。貴女を生かすことが、あの子への恩返しよ」
キャスターが左手をかざす。
「待ちなさい、キャスター!」
「セイバー。必ず生き延びて、シロウの元へ戻りなさい!」
キーン!
令呪が私を束縛する。
キャスターから流れ込む魔力が増大しても、今の私にはそれを拒むことができない。
彼女は実体化することもできず、その姿が次第に薄れていく。
「なぜ、このようなことを……」
「貴女達の甘さがうつったんだわ」
力無く微笑んだ。
「私のマスターに会ったら、ありがとうと……」
最後の言葉を言い終える前に、キャスターの姿が消え去った。
「バカな……」
シロウは約束を破ったことなど気にはしない。生き残ってこそ、シロウは喜んでくれるはずだ。
それなのに……。
「別れは済んだのか、騎士王? いい加減にこの世の理を知るがいい。生きるべき価値のない者をのさばらせるほど、この世界は広くはない」
ギルガメッシュの声。彼は動けずに……いや、動こうとせずに嘲笑の言葉を投げかけてきた。
「生きる価値がないだと……?」
確かにギルガメッシュは強い。宝具という力ではなく、彼の在りようそのものが強かった。迷わず、ためらわず、確固たる自己を持ち続けている。
だが、人の生き方とは、在り方とは、全てが同じものをめざしてるわけではないのだ。
裏切りに翻弄され、悲しみにくれる者もいる。
そういう人間が、一つの約束にこだわることを無価値だというのか?
ただひとり自分を信じてくれた人物のために、信頼に応えようとする。
それは、とても大切なことだと、私は思う。
キャスター。
もしかすると、私たちが自分で思うほど、私たちの相性は悪くないのかもしれませんね……。
いま、自分はキャスターから、命そのものを受け取ったのだ。
ふたり分の命を易々と奪われるわけにはいかない。
令呪で縛られずとも、自分は生き延びてみせる。
私にとって、キャスターもまた戦友の一人なのだから。
その彼女に今一度、誓う――。
「私は生きのびて見せる。改めて貴女に誓いましょう!」