第6話 士郎達の黄昏(3)

 

 

 

『その翌朝』

 

 

 

 今日の食事当番は桜だった。

 テーブルの上に、桜の得意なジャンルで、女性陣が好む、洋食が並べられていく。

「あれ、セイバーはどうしたの?」

 イリヤが気づく。

「朝食の時間なのに、珍しいわね。まだ寝てるのかしら?」

 遠坂も首をかしげた。

 セイバーが寝坊した理由はまあ、昨夜のあれだろう。誰かが起こしに行ったら、何かに気づかれるかもしれない。

「俺が起こしてくるよ。準備の方頼むな」

 平静を装って、短く名乗りでる。

「わかりました」

 桜が笑顔で応えた。

 

 

 

「セイバー、起きてるか?」

 部屋の外から小さく声をかけてみる。

 反応がなかったので、静かに室内に足を踏み入れた。

「セイバー?」

「ん……」

 セイバーが小さく声を漏らし、向こう側へ寝返りをうつ。

「セイバー……」

 肩を軽く揺すってみるが、反応らしい反応を示さない。

「おかしいな……」

 遠坂じゃあるまいし、こんなに寝起きが悪いはずないのに。

「……もしかして、もう目が覚めているんじゃないのか?」

「ん……」

 セイバーが再び寝返りをうち、こちらに顔を向ける。

 開かれた目が俺を見つめていた。

「どうしたんだよ?」

「む……」

 セイバーがふくれた。

「?」

「昨夜は同じ布団で寝入ったというのに、声もかけずに出て行かれては、寂しくなって当然ではないですか」

 そんな事を言ってくる。

「なんだ、すねていただけか……」

「別にすねているわけではありません。納得できないと言っているだけです」

 あまり、変わらない気がする。

「ふたりっきりならセイバーが目覚めるまで待っていてもよかったんだけどな。誰かが起こしに来たら、まずいだろ?」

 前回の記憶の中では昼過ぎまで寝入っていた。

 あれじゃあ、遠坂には当然バレているはずだ。今回は同居人が多いし、からかいの種は隠すに越したことはない。

「朝飯の時間だぞ。セイバーが遅いから、みんなが不思議がってる」

「失礼ですね。貴方達は」

 かすかに赤くなって、セイバーが不満を漏らす。

「仕方ないさ。いつもがいつもだし」

「それが失礼だと言っているのです」

「じゃあ、今日は朝食は抜いておくか? そう伝えてもいいけど?」

「……食べます」

 悔しそうな答えに、思わず笑いをこぼしてしまう。

「うん。わかった」

「…………」

 ところが、セイバーは布団をかぶったままじっとこちらを見ている。

「……どうした?」

「あの……、服を着たいので外に出ていてもらえませんか?」

「わ、悪い……」

 俺は慌てて廊下に飛び出していた。

 

 

 

〜interlude(桜)〜

 

 

 

 衛宮邸では、料理を作るというのは、仕事と言うよりも、娯楽に近い。料理をする義務は存在せず、料理をしたい人間がその権利を主張するのだ。

 自分が頑張って作った料理を、皆に楽しんでもられば──「美味しい」と喜んでもらえれば、素直に嬉しい。

 それは、自分の家の食卓では決してあり得ない状況だ。

 そんな衛宮家に、現在では3人の料理人がいた。新しく参加した姉は、中華という得意分野があるうえ、悔しいことに先輩や自分よりも腕前が上なのだった。

 最近は姉さん自身も料理を申し出るため、自分が台所に立つ確率は3分の1に減ってしまった。

 このままでは、わたしの存在がかすんでしまいかねない。ここは一念発起して、”衛宮家に桜在り”ということを、皆に、いや、先輩に思い出してもらわないと……。

 そんなことを考えて、今日の夕飯はずいぶんと豪勢なものにする予定だった。

 すでに日が沈んだ通りを、わたしはえっちらおっちらと買い込んだ材料を運んでいる。

 いつものように先輩は荷物持ちを申し出てくれたけれど、わたしは丁重に断った。

 材料を見られては献立がばれてしまう。

 やはり、豪勢なメニューをずらっと並べて驚かせたい。

 それに……、先輩は今朝からおかしかった。

 セイバーさんとお互いに意識しているみたいで、妙な雰囲気なのだ。

 姉さんも気づいたらしく、ずっと不機嫌だったし。

 そう考えて、胸がちくりと痛んだ。

 こんな風に小さな嫉妬に胸を焦がすことは、なんて幸せなんだろうと思う。

 できれば、殺し合いなどなく、平和に過ごしていきたい。他人を傷つけたり犠牲にしたりせず、誰かを好きになってヤキモチを妬いたり……。

 思いにふけるわたしの前に、見覚えのある少年が現れた。

 自分が彼と最初に会ったのは、聖杯戦争が本格的に始まるよりも前の事だった。

「いまのうちに死んでおけよ娘。馴染んでしまえば死ぬ事もできなくなるぞ?」

 意味が理解できなかったあの言葉──。

 彼は聖杯戦争で誰よりも早くわたしの前に現れた。

 紅い瞳が正面からわたしを捕らえる。

「まずは、まがい物の処分からか……」

 聖杯について彼が知っていても当然だ。彼自身もまた聖杯に召喚された英霊だったのだから。

 先日の柳洞寺の戦いで、7体のサーヴァントを相手に傷つきながらも、己の力で命を拾った最強の存在――ギルガメッシュがわたしの前に立っていた。

 

 

 

 ギルガメッシュが友好的な目的で現れたとは思えない。

 攻撃を仕掛けたのはわたしの方からだった。

 私の身体から伸びた黒い槍が、ギルガメッシュの身体に突き刺さる。

 おそらくは、蚊に刺された程度の浅い攻撃。

「ぬっ……!?」

 マキリの魔術はわたしに合っているとは言えないし、戦闘にも向いていないだろう。

 それでも、戦う以上は今身につけている力でなんとかするしかない。

 あれだけの宝具を展開するギルガメッシュは、さすがに並の存在ではなかった。

 わずかな接触だけで、自分の魔術回路を焼き尽くしそうな魔力が流れ込んでくる。

「間桐の魔術は”吸収”です。貴方はこの前の戦いで重傷を負いました。貴方に残された魔力を、私が全て吸い尽くします」

「人間ごときがこの身の魔力を受け入れられると思うか? ……いや、貴様は人ではなかったな。まがい物とは言え、聖杯なのだからな」

 ギルガメッシュが笑みを浮かべる。獲物を前にした肉食獣の貌。

「疾く、死ぬがよい」

 ギルガメッシュの背後に切っ先が生じる。

 マキリの術では対応できない。

 わたしの身体が横に跳ぶ。

 わたし自身の意志ではなく、パートナーがわたしの身体を抱いて横へ飛び退いたのだ。

 取り落とした食材のことが頭の隅をかすめた。

 魔剣の豪雨が叩きつけられ、食材は塵となったが、わたしの身体は無事だった。

 わたしを背後にかばい、ライダーがギルガメッシュと対峙する。

 装着しているアイマスクが町の人に驚かれるため普段は霊体となっているが、ライダーは絶えずわたしの傍らにいるのだ。

「ふん。ライダーか? 貴様ごときに我を倒せると思うのか?」

「倒せるかどうかに興味はありません。私は桜を護ります」

 怯みもせずに、そう口にする。

「よほど貴様等は、無駄な努力というものが好きなようだな」

 ギルガメッシュが指を鳴らすと、剣の群れが私たちを襲う。

 だが、いかに強力な魔剣を蓄えていようと、ギルガメッシュは担い手ではない。破壊力においては宝具よりも劣る。それは数の暴虐にすぎない。

 ライダーの武器は鎖につながれた短剣だ。無銘の短剣では、とても魔剣とは互角に打ち合えっこない。

 だけど、守りのために使用するのならば、一番適しているのかもしれない。二本あり、鎖で自在に操れる。その効果範囲は、線というよりも、面に近い。魔剣の軌道をそらすだけなら、強度の違いもカバーできる。

「ふん。それで、どこまで耐えるつもりなのだ?」

 ギルガメッシュは冷笑を浮かべ、さらに攻撃する魔剣を増した。

「く……」

 ライダーの背中を見て、わたしは唇を噛む。

 敏捷性を活かせれば、ライダーはもう少し有利に進められるはずだ。わたしがいなければ、足を止める必要もないのに……。この状況で逃げ出そうにも、ライダーの守備範囲を踏み出した時点で、魔剣に襲われることになるだろう。

 まばゆいばかりの閃光が視界を覆う。

「く――!?」

 ギルガメッシュが唸ると同時に、爆発が起きる。

 立て続けに膨大な魔力が叩きつけられ、さらに爆発が大きくなる。

 ゆらりと滲み出るように影が生じ、その魔女が姿を表した。

「とうとう現れたのようね、ギルガメッシュ」

「キャスターさん!? どうしてここへ!?」

「間桐桜。それに、ライダー。貴女達は私の仲間ですから」

 キャスターさんがわたしに向けて微笑む。

 わたしにはわかった。

 彼女は先輩の信頼に応えるために、この場へ来たのだ。

「ギルガメッシュの魔力の特徴は知っているし、戦闘で大量に消費されていれば、場所を特定するのは難しいことではないわ」

「ふん、わざわざ我に殺されに来たか。下賤な魔術師風情が」

「一つ大切なことを忘れているようね。私には強力なサーヴァントがいるのよ」

 キャスターが左手に二つだけ残る令呪を見せる。

「来なさい、セイバー!」

 

 

 

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