第6話 士郎達の黄昏(2)
『これまで』
現状では、7人のサーヴァント――つまり、聖杯を奪い合うはずの全員が休戦中だった。
それぞれが生活している衛宮邸と柳洞寺間では、気ままに行き来したりして、お互いに気を許してもいる。
俺が参戦した動機である、”殺し合いを止める”という願いはすでにかなったとも言えた。
……とはいえ、ただ漠然と楽しく過ごしていたわけではない。
あれから俺達は、教会を訪れたが、すでに言峰は姿を消していた。
もしかしたら、ランサーを失った時点で身を隠したのだろう。
そして、ランサーが知らされていなかった地下室には、俺の兄弟達の躯が転がっていた。
10年前の大火事で俺と同じように生き延びた同胞たち。
大火事の元凶は言峰だったが、満足に動くこともできない彼等にとって、唯一の保護者でもあったのだ。それを失った彼等には、生きる術は残されていなかった。
俺はまたしても彼等を助けられなかった。そのうえ、言峰に告げた”あの答え”すら聞いてもらうこともできなかったのだ。
後処理などは協会に依頼する予定だが、全ては聖杯戦争終結後の話である。
俺としては、早めに彼等を弔ってやりたいのだが、一学生にすぎない俺ではあれだけの死体をどうにもできなかった。
教会の介入を極力避けたい理由――。
それは、俺達がサーヴァントの残留を計画しているからだ。これだけの英霊たちなのだから、協会からの横やりがないとも限らない。
キャスターの話によると、現界に関する技術的な問題は意外と少ないらしい。召喚時にこそ聖杯は必要だが、現界に必要なのは、この時代につなぎ止めるための依り代と、身体を構築する魔力量の二点だということだ。
本来、全サーヴァントが現界を望んでいるわけではない。だが、拒んでいるサーヴァントもいなかった。
英霊となっていないセイバーには、過去においてやるべき使命が残っているらしいが、これも問題なさそうだった。彼女が過去へ戻るのが、1日後であろうと、10年後であろうと、彼女は停止したその時間に戻ることになるのだ。聖杯の力を頼らないのならば、セイバーにも異論はないらしい。
前回、恐るべき敵だったはずの彼等は、実に気のいい連中だった。
俺を一度は殺したランサーだったが、彼自身の性格が陽性なためか、どうにも憎めない。なにしろ、前回は俺とセイバーをギルガメッシュからかばい、それが原因で命まで落としたのだ。いまでは頼もしい兄貴分である。
俺はアサシンについてよく知らない。だが、前回のセイバーがその剣技を賞賛していたから、強さに疑問の余地はない。それでいて、物腰はさわやかで、剣豪のイメージとはほどとおい人物だった。
ライダーは、慎二がマスターの時に比べると驚くほど力が増しているが、彼女にとって桜の言葉は絶対らしい。当初はライダーに苦手意識を持っていたが、彼女のちょっとしたドジを目撃してからはそれも気にならなくなっていた。
バーサーカーは、敵として対峙した時、圧倒的な殺意と暴力の塊にしか思えなかった。ところが、敵でない相手にこれほど無害な存在というのも珍しいだろう。自己主張することもなく、寡黙にイリヤに従っている。
キャスターについては、あの場でああいう決断をくだしたとはいえ、多少の不安もあった。ところが、彼女はマスターに惚れ込んでいるらしく、よく俺達の前でノロケている。無害な恋する乙女(?)としか思えない。
戦いを目的として召喚に応じたサーヴァントもいるが、彼等だって戦意のない相手に斬りかかるほどに非道ではない。かわりに、うちの道場などで互いに腕試しなどをしてたりする。
彼等と再び戦うことになっても、俺はもう以前のように憎むことなどできないだろう。話し合ったり、行動を共にすれば、相手への敵意も薄れてくる。どんなに恐ろしい相手でも、言葉が通じない怪物ではないのだ。きっと分かり合うことも可能なはずだ。
そのはずなのだが……。
問題はアイツだ。俺の記憶にある前回の聖杯戦争で、唯一手を組んでいたサーヴァント。
正直に言えば、アーチャーは嫌な相手ではない。皮肉こそ多いものの、適切な助言だってしてくれる。
自分でも不思議なのだが、それでも俺はアイツが嫌だった。
なんでだろう……?
『衛宮道場(2)』
ここ数日、平和に暮らしてはいるものの、俺は剣の練習を欠かしたことはない。
以前に遠坂から助言された通り、俺はアーチャーの剣技を真似るようになった。
しかし、アーチャーが俺を鍛えてくれるはずもなく、俺の練習相手はセイバーとなる。
俺の剣技が上達していることはセイバー自身が認めてくれたものの、セイバーの剣を学ぼうとしないことが気に入らないようだった。
理性では、アーチャーの剣が俺に向いていると理解はしているようだが、どうしても納得できないものがあるのだろう。
「私は練習相手にすぎないというわけですか?」
そう拗ねたりもしたが、かといってアサシンやランサーに相手を頼むと、途端に不機嫌になるのだ。
結局、剣の練習は俺とセイバーにとって、今も大切な時間というわけだ。
しかし、どんなに俺が自分を鍛えようとも、サーヴァント……それもギルガメッシュを敵に回して戦えないだろう。
俺が戦えるとしたら、……いいや、俺の敵は初めからひとりだけだ。俺は言峰を倒すためだけに、腕を磨く。
あの災害で死んだ者達、生け贄にされた兄弟達、そして、オヤジのためにも――。
『ボーイ・ミーツ・ガール(2)』
夜も更けて――。
「どうしたのですか? このような時間に……?」
セイバーが訝しんでいる。
彼女の部屋は、俺の部屋のすぐ隣だった。来ようと思えばいつでも訪ねることができた。
だが、俺にとっては今夜が初めてのことになる。
「セイバーと話がしたくてさ。……いいかな?」
「ええ。シロウに向けて閉じる扉などありませんから」
そう告げて微笑みを浮かべる。
「ありがとう」
俺が正面から礼をいうと、セイバーは顔を紅くしてうつむいてしまった。
「礼の必要などありません。私がそうしたいというだけのことです」
「だから、嬉しかったんだよ」
正直に告げる。
ますます紅くなったセイバーは、誤魔化すように話題を変えた。
「そ、それよりも、どのような用件なのです?」
「それなんだけど……」
どうしても言い淀んでしまう。どう切り出したらいいか……。
「……皆には聞かれたくない話なのですね?」
「ああ」
「わかりました。聞かせてください。私はなにがあろうとシロウの味方です。ぜひ、聞かせてください」
「いや、そう深刻な話ってわけじゃ……、大切は大切なんだけど……」
「らしくありませんよ、シロウ。さあ、話してください。それとも、私では頼りになりませんか?」
「そんなことはない。セイバーのことは信頼してる。……たぶん、一番に」
「……よかった」
俺の言葉を耳にして、セイバーが心底嬉しそうに笑みを浮かべる。
「そんなにも言いづらいということは、なにか、悩みでもあるのですか?」
「そうじゃないんだ……。ただ、その、セイバーに頼み……っていうか、お願いがあって……」
「言ってください。この身でかなえられることであれば、私が成し遂げて見せましょう」
あっさりと言ってくれる。
きっと、俺が言いたいことをわかってないんだろうな……。
「さあ」
「うん。わかった」
覚悟を決めた。
「俺はセイバーを抱きたいんだ」
…………。
まだ理解できてないのか、俺の顔をきょとんと見返したまま、セイバーは身動きするのも忘れている。
表情が変わらないまま、徐々に頬が紅潮していき、真っ赤になる。
「な、な、なにを言い出すのです、突然!?」
「突然じゃないよ。……セイバーとまた会えてから、ずっと考えていた」
「で、ですが、この前は、シロウ自身が断ったではありませんか」
セイバーが魔力切れを起こした時のことだ。
「あの時も言ったとおり、セイバーが消えないためには、ああするのがいいと思ったんだ」
遠坂との契約で供給が絶えず行われるなら、枯渇する可能性がなくなると思ったのだ。今は、キャスターと契約しているので、その心配は皆無となったが。
「セイバーを抱くのが嫌だったわけじゃ……。違うな……。嫌だったんだ」
俺の言葉に、セイバーが表情を一変させる。息を飲んでうつむいてしまう。
「違うって! ああいう状況でそうなるのが嫌だったんだ」
「……どういう意味です?」
「セイバーが魔力不足だからとか、そういう理由づけなんて欲しくない。俺がセイバーを抱きたいのは、俺がそう望むからだ。俺はそのためだけにセイバーを抱きたい」
「シロウ……」
「嫌なら、はっきりと断ってくれ」
「……シロウは卑怯です。私の答えなどわかっているというのに」
セイバーは頬を染めて、視線を伏せる。前髪が彼女の瞳を隠してしまう。
「俺は、セイバーの口からちゃんとした言葉で聞きたいんだ」
「……シロウが、そう望むのであれば……」
「待ってくれ。その……、俺に剣を捧げたからとか、そういうのはやめて欲しいんだ」
「違う! そうではありません! これは義務などではなく……、その……」
言い淀んで、ちらりと俺の表情を伺うと、
「私も、シロウに……抱かれたい……」
小さな声でつぶやいた。
この夜、俺とセイバーは、再び結ばれた――。