第5話 最大の決戦(8)
『生きのびる者たち』
誰もが息を飲んだ。
セイバーの強さが俺達の言葉を失わせた。
エアの強さは俺達の知るどのような宝具をも上回っていた。
だが、それすらも凌駕したセイバーの聖剣。
強者への畏怖が俺達を飲み込んでいた。
聖剣の前に四散したエアの魔力も相当なものだ。その力はアーチャーが展開した固有結界に、綻びを生じさせ、現実世界がかいま見えている。天と地を切り裂いたというエアの伝説も、虚構ではないのだろう。
身を起こしたギルガメッシュが、俺たちに背を向けた。
通常空間へ逃走するつもりだ。
反応したのはキャスターだった。すかさず呪文を唱える。
──…………。
発した言葉は判別できないが、脳裏に直接その言葉が響く。
『アトラス(圧迫)』
ギルガメッシュの周囲で空気が歪む。
「私にできるのはこのぐらいね……」
自嘲気味にキャスターがつぶやいた。
セイバーほど反則じみてはいないが、アーチャーとして召喚されたギルガメッシュにも対魔力が備わっている。今の魔術も、せいぜい、わずかな足止めにしかならない。
ギルガメッシュはすぐに魔術による拘束を打ち破った。
しかし、その隙に、二人のサーヴァントがギルガメッシュに迫る。
先に間合いに捕らえたのは、アサシンだった。
「おぬしは危険すぎるな。覚悟してもらおう」
迫るアサシンに対し、ギルガメッシュが瞬時に取り出せたのは3本の魔剣。
しかし、アサシンの剣は速い。宝具などなくとも、セイバーに拮抗した、アサシンの剣技。
ただの一太刀で三本の剣を叩き落としたアサシンは、さらに、返す刀でギルガメッシュに斬りつけていた。
「くっ!」
腕に傷を負いながらも、ギルガメッシュはアサシンの間合いから逃げ出した。
だが、アサシンに続いて、バーサーカーが迫る。
驚いた事に、その巨体が浮かび上がった。
バーサーカーは、ギルガメッシュの前で足を止めたアサシンを、なんと飛び越えたのだ。
「■■■■■■■■――!」
圧倒的な質量を持つその肉体が、巨大な斧剣を振りかぶって、ギルガメッシュの頭上から襲いかかった。
逃げようとしたギルガメッシュの背中を、斧剣が斜めに切り裂いた。
「ぎはあぁぁぁっ!」
倒れかかる身体をギルガメッシュは両手で支える。
四つんばいで数歩進んだギルガメッシュが、必死で身を起こす。
ヤツは俺達が追いつくよりも速く、空間の裂け目に駆け込んでいた。
「逃がしません」
ライダーの短剣がそれを追って走り、ギルガメッシュの左足に鎖を絡みつけた。
魔力の消えたエアを振るって、ギルガメッシュはその鎖を断ち切ろうとする。しかし、それを察したライダーは、鎖を操ってエアの刀身をかわしてしまう。
アーチャーは一歩も動かずに声をかける。
「諦めろ。ここが貴様の死に場所だ」
ギルガメッシュの頭上に投影された魔剣が、容赦なくヤツに降り注ぐ。
「ぐぅぅぅっ!」
かわし損ねた直刀と矛が傷を負わせた。
満身創痍となりながらも、ヤツの自我がその身体を動かす。
「エ……」
振り上げたエアが緩やかに回転を始める。
「させるかよっ!」
ぞんっ!
ランサーの放った槍が、ギルガメッシュの腹を貫いていた。
血を吐きながらも、ヤツはその言葉を紡ぎ出す。
「ヌ……」
エアの刀身から徐々に魔力が漏れだしていく。
すでに目がうつろなギルガメッシュの眼前に、瞬時に踏みこんだのがセイバーだった。
「マ……」
「さらばだ、英雄王──!」
セイバーの剣が左上から、斜めにギルガメッシュの頭を切りつけた。
この時、ヤツ自身にとって屈辱的な幸運が訪れた。
すでにギルガメッシュの足は自らを支える力すらなく、ヤツの身体がぐらりと後ろへ傾いたのだ。
セイバーの剣は、ヤツの顔を浅く斬りつけたにとどまる。
そして──。
「エリ……シュ(天地乖離す、開闢の星)――!」
糸の切れた人形のようにふらついていたギルガメッシュが、最後の一撃を放った。
全力ではないにしろ、エアに内在する魔力が俺達を押し返す。
────っ!
あとには静寂が残された……。
セイバーが至近距離で身体を張ったため、俺達は直撃を免れた。
しかし、ヤツの一撃は、足に絡みついていたライダーの鎖を断ち切り、逃げるのに十分なチャンスを奪い取ったのだ。
ランサーの槍が、石畳の上ににぽつんと転がっていた。
俺達は声も出せずにいる。
あれだけの優位に立ちながらも、俺達はヤツにとどめを刺すことが出来なかったのだ。
「ランサー、ギルガメッシュを追って!」
すかさず命じたのは遠坂だった。
「わかった」
ランサーが地を蹴った。
「私も――」
ライダーは桜の返事を待たずに後を追う。
サーヴァントで一・二の俊敏さを誇る二人が、飛ぶように走り去る。
ふたりの姿が駆け出した山門を、アーチャーが厳しい顔でにらんでいた。
「最悪の事態になったかもしれんな……」
アーチャーのつぶやきが耳に残った。
『戦い終えて……』
「私は自分の本来のマスターを殺したのよ……」
キャスターはそう告白した。
「…………」
信義を重んじるセイバーにとって、それは恥ずべき行為だ。キャスターに険しい視線を向ける。
「今のマスターっていうのは?」
俺は先ほどの疑問を口にする。
「魔力が尽きようとしていた私を救ってくれた恩人よ。たとえ、魔術師でなくても、私の大切なマスターなの」
キャスターと話していると、どうしても、遠坂から聞かされたイメージと重ならない。
「私の元のマスターは、臆病で利己的で疑心暗鬼が強く、信用に値しない人間だった。私は何度、あの男に召喚されようとも、その度に彼を殺すでしょう。それほどに、嫌悪しか感じない人間だった……」
キャスターが淡々と告げる。
「でも……、全ては自分の責任なのね。マスターとサーヴァントは近しい存在が引き合うのよ。私は裏切りの魔女・メディア――私自身が、裏切りを象徴するような存在だから、そういう人間の元に引き寄せられる」
「…………」
本当に裏切りを好む人間ならば、それを疎ましく思うことはないはずだ。
「私がどんなに願おうとも、すでに、そういう属性をもって、存在が条件づけられている。これからも、私を呼び出すのは、私が嫌悪するような相手なのでしょう」
キャスターが俺と、セイバーを見つめる。
「だから、貴女が羨ましいわ。マスターを守り通しなさい、セイバー」
「言われるまでもありません」
セイバーが笑みを浮かべて応える。
「ですが、貴女に感謝します、キャスター。ギルガメッシュの攻撃を防げたのは、貴女の助力が大きかった」
その言葉にキャスターが首を振った。
「礼なら、貴女のマスターにお言いなさい。彼の信頼が無ければ、私はあそこまで協力しようとは思わなかったわ」
キャスターもまた笑みを浮かべる。
彼女の澄んだ微笑は、美しかった。
戻ってきたランサーやライダーと共に、俺達は柳洞寺を後にする。
結局、二人は手負いのギルガメッシュを見つける事ができなかった。
矜持も誇りもなく、生き延びようとしたギルガメッシュ。あのギルガメッシュが、あれほど生への執着を見せるとは思わなかった。
ヤツに勝てるのはセイバーのみ。アーチャーでようやく互角。
今回の戦いは、ヤツを倒せる、最初にして最後のチャンスだったのかもしれない。俺達はその貴重なチャンスを取りこぼしてしまったのだ。
誇りを傷つけられたヤツは、おそらく、より危険な存在として、俺達の前に再び現れるのだろう。
そのとき、俺たちは生きのびる事ができるのだろうか……?
そして、これまで姿を見せていない言峰は、最後まで静観し続けるのだろうか?
戦いを終えた俺たちは、こうして、つかの間の平和を手に入れたのだった――。
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※ この後、『士郎と愉快な仲間達』という平和な日々が存在し、後半戦となる第二部へ突入します。