第5話 最大の決戦(7)
『世界の支配者』
「なに……?」
断言してのけたアーチャーの言葉に、ギルガメッシュの表情が一変する。
「くっ、戯れ言を! 我をそこまで愚弄するとはっ!」
ギルガメッシュが激昂する。
「守護者ごときが、よくぞほざいたものよ。まずは、貴様から血祭りにしてくれる」
ギルガメッシュの両サイドに展開されていた魔剣が、アーチャーを標的として集中砲火を浴びせる。
30本ほどでしかないが、おそらくアーチャーを葬るのに十分だったはずだ。
だが――。
金属音が鳴り響き、その攻撃は何かに阻まれた。アーチャーの前に立ち並ぶ剣の群れが、盾となってギルガメッシュの攻撃を弾き返したのだ。
ギルガメッシュの放った剣は、石畳の上に転がっている。
「――――っ!?」
アーチャーを守ったその剣は、おそらくアーチャー自身の物だろう。
驚いているのは、ギルガメッシュだけではない。
その場にいる全員がアーチャーを見つめていた。
「アーチャーの宝具は、ギルガメッシュと同じものなのか?」
「違うわ」
遠坂はそれだけしか答えない。
「まさか……?」
それでもイリヤは何かに気付いたようだ。
アイツは一体……?
「くっ……、貴様もフェイカー(贋作者)なのか!?」
ギルガメッシュが吐き捨てた。
つまり、アーチャーは弓兵ではなく魔術師であり、俺と同じ投影魔術の使い手ということなのか?
それなら、勝機はある。
なんといってもサーヴァントだ。俺よりも早く、より強力な剣を投影することができるだろう。
単純に武器の数で敵を圧倒するギルガメッシュにとって、数で対向されてはその優位性が失われる。
まさに天敵だった。
「雑種めがっ!」
ギルガメッシュの命じるままに、魔剣がうなりを上げて襲いかかる。
だが、こちらに達する寸前に、アーチャーは投影を済ませていた。
「ロー・アイアス(熾天覆う七つの円冠)──!」
アーチャーの前に展開された大輪の花。
鮮やかな花弁の一枚一枚が、堅固なる盾だ。
薄い花弁が、何度でもヤツの剣を阻み続ける。
「なぜだ!? なぜ突破できんっ!」
「これはロー・アイアス――投擲武具に対する最強の盾だ」
そのうちの一枚が、ようやく砕け散る。残る花弁は6枚――。
「貴様に私の本当の宝具を見せよう」
アーチャーが、静かにその詠唱を始める。
I am the bone of my sword.
(体は剣で出来ている)
Steel is my body,and fire is my blood.
(血潮は鉄で、心は硝子)
「このような偽物などあるはずがない。砕け散れ!」
ヤツの攻撃がさらに激しくなり、花弁が二枚連続で消滅する。
I have created over a thousand blades.
(幾たびの戦場を越えて不敗)
Unknown to Death.
(ただの一度も敗走はなく)
Nor known to Life.
(ただの一度も理解されない)
魔剣の豪雨が叩きつけられる。
如何に強固な盾といえども、いつかは破られる。
その時、アーチャーの宝具が間に合わなかったら、或いは、その宝具がヤツに及ばなかったとしたら、俺達は瞬殺されることになる。
Have withstood pain to create many weapons.
(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)
Yet,those hands will never hold anything.
(故に、生涯に意味はなく)
おそらく、宝具の数を競い合えるのは、アーチャーとギルガメッシュのふたりのみ――。
この状況で俺達が介入できる余地は残されていない。
また、花びらが散った……。
緊張感に支配された俺達の中で、遠坂だけが何かを憂いている。
アーチャーの身を案じているというよりも……、どこか、哀れむように……。
So as I pray,unlimited blade works.
(その体はきっと剣で出来ていた)
地面を炎が走る。
それが、現実との境界線だ。
この空間が別な現実で塗り替えられていく。
これは――!?
アーチャーとギルガメッシュだけにとどまらず、俺も遠坂もセイバーも、皆がその世界に取り込まれていた。
まさか……、固有結界!? ――それは、自分の心象風景を具現化する、禁呪とまで言われる魔術だった。
「固有結界だとっ!?」
ギルガメッシュですら、驚きを隠せない。
「その名を──アンリミテッドブレイドワークス(無限の剣製)。これが私に許されたただ一つの魔術だ」
アーチャーの内面世界は不毛の大地だった。
空間で軋む歯車。吹き上がる炎。鉄の精錬所を思わせる、無機質な乾ききった世界。
荒廃した丘に、主のいない剣が墓標のように立ち並ぶ。
なぜか、俺はこの世界をすんなりと受け入れていた。俺の身体に埋め込まれたセイバーの”鞘”が原因なのだろうか? 俺は昔から剣との相性がいいのだ。
どこか虚無を感じさせるこの光景は、俺自身の深い部分となにか通じるものがあった。
「……珍しくはあるが、所詮はニセモノ。つまらぬ見せ物にすぎん。貴様ごときに本物を使うのも惜しいが、オリジナルに貫かれて死ね」
ギルガメッシュの宣言を、アーチャーは涼しげに受け流す。
「ならば、私も言わせてもらおう。王であろうとする覚悟もなく、地位に驕っていた貴様に王たる資格はない。偽りの王を倒すのは、偽物こそがふさわしいとな」
アーチャーの言葉に、ギルガメッシュは凄まじい目でにらみつけた。
ヤツの背後に浮かぶ100本の剣が、ギルガメッシュの意志に応じて、射出された。
地面に突き立っていた剣が、浮かび上がり応戦を始める。
中世のころを思わせる、剣による戦争が再現される。だが、ここには剣を振るうべき剣士が存在しない。主なき剣達の剣戟の音がこの世界に響き渡る。
真作と贋作──ヤツが言った差など存在しない。
お互いの手札は互角であり、その全てが相殺される。
そのうちの一本が、アーチャーの頬を掠めた。
そして、それと打ち合う筈だったアーチャーの剣が、ギルガメッシュに襲いかかる。
油断からか、今のヤツは鎧すら身につけていない。
1本の剣がヤツの腕に突き立っていた。
「ば、ばかな……!?」
自らに傷を受けても、ギルガメッシュはその事態を認めたくないないのだろう。
「まだ、終わってはいないぞ」
アーチャーの口元に冷笑が浮かぶ。
「くっ!」
ギルガメッシュが取り出したのは鎖だった。
四方から迫った鎖が、アーチャーに絡みつく。
「エルキドゥ(天の鎖)──この鎖は神々ですら縛りつけるぞ」
勝利を確信したギルガメッシュが嘲笑する。
だが、アーチャーはその鎖をたやすく引き千切った。
「なっ……!?」
「残念だったな。私に神性はない。ただの人間にすぎなかったものでね」
神をも拘束するはずの鎖。だが、もともと人間であるアーチャー相手では、その真の力を発揮できなかったようだ。
「ばかな、人間ごときが、我に刃向かうなど……」
「これで終わりだ」
アーチャーの言葉に合わせて、第二陣が浮かび上がる。
ざらっ、と金属の触れ合う音がして、100本に及ぶ剣の群れが再びギルガメッシュに襲いかかった。
ヤツの背後に生じる武器の数も同じく――100。
だが、ギルガメッシュの守りを貫いて、3本の剣がヤツを傷つけた。
『最強の一撃』
「があぁぁぁっ!」
ヤツが獣の声を上げる。
「おのれぇ!」
突き刺さった剣を払い落とし、ヤツが叫ぶ。
「見るがいい。我の最強の剣を!」
それが姿を見せる。
他の魔剣全てを三流に貶める、完成しつくされたモノ。
それこそが、ギルガメッシュだけが待つ、唯一絶対の剣。
「なにっ!?」
アーチャーが驚きの表情を浮かべた。
「……? 遠坂っ! アーチャーはあれを見た事がないのか?」
「え、ええ……」
アーチャーは、驚きのあまり、身体が、いや、おそらくは思考すらも停止しているのだろう。
剣というにはあまりに特殊な存在。剣を知悉するアーチャーだからこそ、その剣の在りように戸惑うのだ。
「アーチャー、ヤツにそれを使わせるな!」
慌てて叫ぶ。
「遅いわっ!」
ヤツがそれを引き抜いていた。
乖離剣・エア。
セイバーすらも圧倒したその剣を、ヤツは手にしていた。
「よくぞ、我を傷つけた。その褒美だ。受け取るがいい!」
ヤツの顔に浮かぶのは、弱者を蹂躙する獣の貌だ。
近寄る者を切り刻む、風の渦。激しく魔力を噴き出すエアを、ギルガメッシュが振り上げる。
「エヌマ・エリシュ(天地乖離す、開闢の星)――!」
込められた魔力が俺たちに向かって開放される。
一陣の風が吹く。
俺達の前に疾風となって飛び出した騎士がいた。
剣の騎士――セイバーだ。
すでに風王結界を解いた彼女の聖剣が、星のように煌めく。
「エクスカリバー(約束された勝利の剣)――!」
彼女の持つ最強の宝具。
それが、かつて無いほど強力な彼女によって繰り出されたのだ。
正面から激突する膨大な魔力。一点に凝縮された力が行き場を求めて荒れ狂った。
だが、今のセイバーは最強無比。
エアの最大出力による一撃を受けて、セイバーは一歩も退かない。
この瞬間、彼女のエクスカリバーはエアをも凌駕した。
ただの一撃で、ギルガメッシュの身体はなぎ払われていた。