第5話 最大の決戦(6)

 

 

 

『敵』

 

 

 

 以前に見た姿とは、ずいぶん違う。

 だが、黄金の鎧こそ身につけてはいないものの、その尊大な口調、傲慢な態度、圧倒的な存在感。

 間違いない――。

「ギルガメッシュ!?」

 セイバーが相手をにらみ据える。

 その声を耳にして、その場に緊張が走った。

 直接遭遇したのはセイバーだけだったが、アーチャー達にも、その正体と能力だけは教えていた。キャスターとアサシンも、俺たちの様子を見て、警戒すべき相手だと判断したようだ。

「貴様らがこの地に呼ばれたのは、殺し合いをするためだ。戯れなどはやめて、さっさと始めるがいい。我の前で戦えるなど、名誉なことではないか」

 ギルガメッシュが変わらぬ態度で、俺たちに命じる。

「いい度胸、と言いたいところだが、俺達全員に勝てると思ってんのか?」

 ランサーが尋ねる。

「愚かな。貴様等ごときに手間取るような我ではないわ」

「いかに、貴方とはいえ、7体1ではかなわないでしょう。投降するのです」

 セイバーが告げる。

 そう、普通なら勝負になどならないはずだ。

 しかし――。

「その程度の数で、優位に立っているつもりか? らしくないぞ、騎士王」

 ギルガメッシュの笑みは消えない。

「よく考えるのだな。7体1ではなかろう? 7体1000だ」

 ギルガメッシュが右手を持ち上げると、ギルガメッシュの背後に武器が出現した。ずらりと並ぶ剣先は、――その数、目算で50。

 ギルガメッシュが指を鳴らすと、その武器の群れがこちらに襲いかかった。

 セイバーの不可視の剣が、アーチャーの双剣が、バーサーカーの斧剣が、ランサーの槍が、ライダーの短剣と鎖が、アサシンの長刀が、眼前に迫る武器を全て叩き落としていた。

「なるほど。烏合の衆と言えども、侮れぬものだな」

 ギルガメッシュが珍しく感嘆を漏らした。

 

 

 

『最強のサーヴァント』

 

 

 

 くそ! どうすればヤツを倒せる?

 今のだって、ヤツの攻撃を凌いだにすぎない。とても反撃までする余地はなかった。

 ギルガメッシュに勝てる力を持つのは、セイバーだけだ。

 しかし、今のセイバーはバーサーカーとの戦いで消耗している。

 いや、それ以前に、キャスターの令呪に抵抗していたため、初めから力が削がれていたはずだ。

 俺と契約したところで、最初の力まで回復できるとは思えなかった。

 だが、俺以外の魔術師は皆、自分のサーヴァントを従えている。イリヤは例外としても、余程強力な魔術師でなければ、複数のサーヴァントに十分な魔力を供給することはできないだろう。

 俺の視界に、強力な魔術師の姿があった。

 ……っ!?

 一度躊躇したものの、俺は決断した。

「セイバーと契約してくれないか、キャスター?」

 そう告げた俺の言葉に、いくつかの驚きが生まれる。

「な、なに考えてんのよ! なんのために苦労したと思ってるのっ!?」

 怒鳴りつけてきたのは遠坂だった。

 イリヤや桜も、驚きの目をこちらに向けている。

 みんなの気持ちはよくわかる。

「だけど、ギルガメッシュに対向できるのはセイバーだけだ。今のセイバーは力を消耗しすぎていて、魔力を補充しなければギルガメッシュと戦えない」

「だからって、どうしてキャスターなんかに?」

「キャスターは、もう仲間だろう? それに、魔力だけなら、俺達の中では最強だ」

「そうかもしれないけど、キャスターにセイバーを任せるのは危険すぎるわ……」

「キャスターに聖杯を狙う意志がないなら、敵対することもないはずだろ? それに、今を生き延びることができなければ、全てが終わりだ」

「ダメよ、士郎! いくらなんでも甘すぎ……」

「凛、小僧の好きにさせておけ」

 アーチャーの静かな声が、遠坂の言葉を遮った。

「でも、アンタなら……」

「どういう結果になるのか、私も興味がある」

「アーチャー……?」

 なにやら、二人の間にもなんらかの事情がありそうだった。

「……本当に、私に契約させようというの? さっきまで敵対していた、私に……?」

 キャスター本人も驚きを込めて俺を見返してくる。

「ああ。頼む」

「バカな子……」

 キャスターが視線を動かすと、その先でセイバーも頷いて見せた。

「シロウの判断に従います」

「あの子のルールブレイカーを当てにしているのかしら?」

「そうではありません。私はシロウの言葉を信じるだけです」

「……わかったわ」

 キャスターの魔力の前には、契約の言葉を発する必要もないようだ。

 唐突に、その契約が結ばれる。

 キャスターの魔力がセイバーに流れ込んでいく。

 もともと、魔術師としてならば、キャスターは人間を遥かに越える。それだけでなく、彼女は町中の人間から集めた大量の魔力を溜め込んでいるのだ。

 そして、令呪の強制を受けずに、セイバー自身の意志や目的が、キャスターと合致した今、彼女にみなぎる力は凄まじいまでに跳ね上がった。

 傍に立つ俺達を、突き飛ばすような魔力の奔流。

 だが、それだけでは終わらなかった。

「さっそく、令呪を使わせてもらうわ」

 キャスターの言葉で、遠坂の表情に緊張が走る。

 しかし、キャスターが口にしたのはこんな命令だった。

「どんな攻撃も退けて、衛宮士郎を守りなさい!」

 キーン!

 彼女の左手に浮かんでいた、一つ目の印が消える。

「了解したっ!」

 セイバーが頷く。

 なにがあっても俺を守る――そのために使用された令呪が、さらにセイバーを高みへと押し上げる。

 見ただけでわかる。

 今のセイバーに敵など存在しない。これこそが、最強と称されるセイバーだった。

 普通なら、キャスターとセイバーは性格的に、あいそうもない。

 だが、この時――この瞬間だけは別だった。

 共通の目的を持って、ふたりが協力した時、セイバーはまさに無敵の存在となったのだ。

「さすがはセイバー。そうでなくてはな」

 だが、そのセイバーを前に、ギルガメッシュは余裕をもって賞賛の声を投げかける。

「ギルガメッシュ。今の私ならば、あの剣にも負けはしない。この場で、貴方を倒して見せよう」

「それは不可能だな、セイバー」

「なに!?」

 馬鹿なっ!?

 ヤツは今のセイバーにすら勝てるというのか――?

「見るがいい」

 そう告げたヤツの背後に、100本近い剣が生まれた。

「確かに、我を殺すことは可能かもしれん。しかし、貴様の仲間達もまた、死に絶えるだろう。それを無視してまで、我を殺すことができるのか?」

「くっ……」

 唇を噛むセイバーを、ギルガメッシュは蔑むように見下す。

「それが情に流される貴様の限界だ。そのように甘いからこそ、自らが統べる国にすら裏切られるのだ」

 ……なに!?

 自身の中に生み出された怒りのため、視界が真っ赤に染まった。

 許せない――。

 他の誰でもない、自分の気まぐれで国を滅ぼしたあんなヤツにだけは、セイバーの生き様をけなされたくはなかった。

「貴様っ……!」

「――英雄王っ!」

 俺の言葉を遮って、一人の男が進み出る。

 赤い外套を纏った騎士――アーチャーだった。

「私が貴様の相手をしよう」

 なんだって?

 途端に俺の意識が覚めていた。

 今のセイバーならまだしも、アーチャー一人でギルガメッシュに対抗しえるとは、とても思えない。

 皆も同じように、驚きの表情を浮かべている。

 だが、遠坂だけは平然としていた。

「アーチャーだけなんて、無茶だ。止めないのか、遠坂?」

 そう呼びかけた。

 遠坂の記憶の中でも、アーチャーはギルガメッシュに倒されている。他ならぬ遠坂自身が、俺に教えてくれたはずだ。

「大丈夫よ。アーチャーが勝つわ」

 さらりと、実に、あっさりと遠坂は答えた。

「嬢ちゃん、そいつはどういう意味なんだ? アーチャーが最強だってのか?」

 不機嫌そうに訪ねたのはランサーだ。

「違うわ。ただ、アーチャーはギルガメッシュと相性がいいのよ」

 そう告げた。

「そう……。リンはアーチャーの正体を知っているのね……」

 イリヤがつぶやく。

 俺の記憶の中では、アーチャーは俺や遠坂を逃がすために、単身でバーサーカーに挑んでいる。結果は敗れこそしたものの、アーチャーは6度もバーサーカー殺しを成功させ、なおかつ、イリヤにはその正体をつかむことができなかったらしい。

 彼女はアーチャーの戦いを見て、それを見極めるつもりなのだろう。

「英雄王。そこにいる衛宮士郎は、戦いに関わる全員を助けたいと思っているそうだ。どう思う?」

「くだらぬな。真に生きるべき者は、自ずと生き残る」

 ギルガメッシュが平然と答えた。きっと、あの男は自らが敗れて死ぬということを考えたこともないのだろう。

「そうだな。奴の考えなど、甘い理想論にすぎない」

 アーチャーはそう言って、ギルガメッシュに頷いた。

 俺が口を開くよりも早く、反論したのは遠坂だった。

「アーチャー、どういうつもりよ!? 士郎はよくやってるわ。マスターだって、サーヴァントだって、まだ誰も死なせていない」

「多分に幸運だったとは言え、それは事実だ。これまではな……」

 アーチャーは、遠坂の言葉を肯定する。

「だが、これからもそうとは限らん。やはり、救えない相手は生まれるだろう。衛宮士郎では助けられない者が。──なぜなら、貴様だけはこの場で死ぬからだ」

 アーチャーがその男を指さした。

「ギルガメッシュ。貴様は私が倒す」

 

 

 

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