第5話 最大の決戦(4)

 

 

 

〜interlude〜

 

 

 

 私の――いえ、アーチャーの敵はキャスターだ。

 彼女はマントを翼のようにひろげ、夜空に浮かんでいる。

 詠唱も無しに、彼女の魔術が発動する。一撃でサーヴァントを消しかねない光弾が、幾つも降り注いでいる。

 アーチャーは防戦一方だった。手にした双剣では彼女に届かない。今の彼は、ただ攻撃をかわし続けている。

 わたしと桜は離れて、二人の戦いを見守っていた。

 本来なら、キャスター相手に人間の魔術師が魔術戦を挑むなど、愚の骨頂だった。

 前回は彼女の盲点を突くことで、わたしは彼女を負かす事ができたが、こと魔術戦に限れば、アレは無敵のはずだ。

 大魔術を瞬時に発動させる詠唱技術と、惜しげもなく使用できる魔力量。

 そのうえ、この様な位置関係になると、キャスターの優位は確実だった。開けた場所では身を隠す場所すらない。空に浮かぶ敵を攻撃できる手段は限られている。

 宝具ならば倒せる可能性もあるだろうが、キャスター自身がかわすことに専念すれば当てること自体が難しくなる。

 魔力量の心配さえなければ、彼女は決して最弱とは言えないのだ。

 弓を使うアーチャーでなければ、なすすべもなく倒されていただろう。

 光弾による爆撃。

 アーチャーはそれをかわし、矢を放って牽制する。

 あるいはかわし、あるいは受ける。共に決定打に欠ける戦闘だった。

 キャスターがこちらに視線を向ける。

 ――まずいっ!

 ポケットの中で宝石を握る。

 キャスターの放った光弾が、こちらを襲った。

 わたしは桜の前に足を踏み出し、宝石を投じてそれを相殺する。

「キャスター、貴様っ!?」

 アーチャーは双剣を放り投げて、こちらに駆け寄ってくる。

 キャスターから、繰り返し光弾が降り注ぐ。

 しかし、その場に私たちの姿はなかった。

 アーチャーは空いた両腕で、わたしと桜を抱え上げて、場所を移ったのだ。

 こちらからの攻撃が止めば、キャスターは攻撃だけに専念できる。

 雨あられと降り注ぐ攻撃魔術を、アーチャーはフットワークだけでかわしてみせる。それも、わたしたちを両脇に抱えたまま。

 キャスターの攻撃が止むのを待って、アーチャーは足を止めてわたしたちを下ろした。

「観念したようね」

 キャスターが冷笑を浮かべた。

「二つも荷物を抱えて、逃げ切れるわけないものね」

「……ふっ」

 アーチャーの口元に浮かぶのはいつもの皮肉な笑みだった。

「……!?」

 アーチャーの態度こそが、キャスターに危機を知らせた。

 彼女を襲う、二つの牙。白と黒の一対の剣がキャスターを噛み殺そうとする。

 アーチャーが先ほど投じた剣は、弧を描いて飛び、キャスターを左右から襲ったのだ。

 キャスターは本能的な怯えで、後ろに下がった。それが、彼女を救った。

 的を外した剣が、夜空に虚しく飛び去っていく。

 こちらを見下ろした彼女が、突然、驚きの言葉を発する。

「なんですって!?」

 彼女は半ば呆然と、自らの左手の甲に目を向けた。

 理由は想像できた。

 士郎がサーヴァントの戦いに介入していた理由が、それだからだ。

 セイバーを救うために、アイツは命を賭けている。きっと、目的を成し遂げたはずだ。

 セイバーを縛っていたキャスターの令呪が消滅したに違いない。

 アーチャーは弓を構えて、隙を見せているキャスターを狙った。

「我が骨子は乱れ狂う――カラドボルグ(偽・螺旋剣)」

 アーチャーがその矢を放つ。

 周囲の風を巻き込み、竜巻ににも似た軌跡を残して、矢が走った。

 キャスターのまわりには当然、魔力障壁が展開されているはずだが、その矢を止めることなど叶わなかった。

 回転し続ける矢は、障壁すらもねじり、えぐったのだ。

 その瞬間――。

「ブロークン・ファンタズム(壊れた幻想)」

 アーチャーの言葉と同時に、偽・螺旋剣が爆発する。

 彼女に当たってはいないが、近距離での爆発だ。無傷のはずがない。

 魔力障壁が霧散し、白光が彼女の視界を奪う。

 彼女は浮かんでいるのがやっとといった様子だった。先ほどまでの威圧感もすでにない。

 それでも、地上に降りることの不利は悟っているのだろう。

 辛うじて、空中に踏みとどまっている。

 そこへ――。

 じゃらららっ!

 鎖が舞う。

 蛇が獲物を捕らえるように、鎖はキャスターの周囲を囲む。

「……っ!?」

 驚いたキャスターが逃げようとするが、鎖の蛇はうねり、その逃亡を防いでいた。

 キャスターの身体を二本の鎖が縛り上げた。

「ま、まさか……」

「動かないでもらいましょう」

 静かな声が、キャスターに命じる。

「そんな……、では、アサシンは誰と戦っているの……?」

 振り返ったキャスターの視線の先に、天馬にまたがったライダーの姿があった。

 宙に浮かぶキャスターを捕らえる作戦がこれだった。

 ライダーにもアーチャーと同じく、単独行動のスキルがある。そして、彼女には空を飛ぶ手段もある。

 彼女は寺の外でこの機会をうかがい、桜からの合図を待って突入したのだ。

「わたしたちの勝ちよ、キャスター」

 もともとの前提を彼女は間違っていたのだ。サーヴァントの数は、3対3ではない。現在の戦力比は4対3――こちらが優位だったのだ。

 わざと同数で対峙して、キャスターの油断を誘う。

 長引くようならば、アーチャーとライダーのふたりがかりで、キャスターだけを倒すつもりだった。

 セイバーもアサシンも、マスターが倒されてまで戦うべき理由はないはずだから。

 

 

 

『7人のサーヴァント』

 

 

 

 俺達が境内に到着した時、すでに、キャスターとの戦闘は終わっていた。

 アーチャーとライダーに挟まれ、キャスターは鎖で縛られた状態だ。

「ふたりとも……大丈夫か?」

 見たところ遠坂も桜も戦いに参加した様子はない。先頭に立って戦っていたアーチャーが無事なのだから、彼女等が怪我を負っていることもなさそうだ。

「大丈夫か、じゃないわよ。一番危険だったのは、アンタの方なんだからね。セイバーとバーサーカーの戦いに参加するなんて、正気の沙汰じゃないわ」

 遠坂が、すでに聞き飽きた言葉を繰り返す。まあ、聞き飽きるほど言われるのも、どうかと思うが……。

「一体、どうやってセイバーを……?」

 キャスターが、俺の傍に立つセイバーに驚きの目を向けている。

 セイバーが死んだのならば納得もいくだろう。しかし、セイバーが残っているのに、令呪が消えたのだから、疑問に思うのも当然だった。

 彼女が持つルールブレイカーだけが、それを可能にする。本来であれば、それだけがキャスターの優位性なのだ。

 しかし――。

「俺にできる唯一の魔術が投影なんだよ」

 俺の返答は、さらにキャスターを困惑させてしまった。

「そ、そんなバカなことが……。投影した品に、そこまでの力が再現できるはずないわ!」

 俺自身にとっては”できてしまう”ことなので、あまり意識していないが、遠坂に言わせると、殺意を覚えるほどの力らしい。

「貴方は、一体、何者なの……?」

 問われても応えようがない。

「どうも、俺には他の才能がなくてさ。たぶん、俺の身体は投影に特化した魔術回路なんだと思う」

 山門から、さらに二人が姿を見せた。

 連れ立ってきたのは、ランサーとアサシンだ。

「アサシン、貴方……」

 キャスターがにらみつける。

「勘違いはしないでもらおう。私は裏切ったわけではない。マスターを押さえられては、それを無視して戦うわけにもいかぬだろう? マスターを守るためにこそ、無駄な抵抗を控えたのだ。相手と交渉するには、材料は多い方がよいのではないか?」

 涼やかにその侍が応えた。

「そうだぜ。お前がもう少し頑張れば、こっちの決着だけでもつけられたんだ」

 ランサーがアサシンに同意する。

「ふっ……」

「おい。なんだよ、その笑いは?」

「いや……。決着と言っても、おぬしが望む終わり方とは限らぬと思ってな……」

「いい度胸じゃねぇか。なんなら、この場で、もう一度やるか?」

「私自身としては異存ないのだがな……」

 二人の間に、緊張感が満ちる。

「やめろってば。一応、キャスターとの話が済んでからにしてくれ」

 仕方なく、俺がふたりに声をかけた。

「ランサー、どうして貴方が彼らに力を貸すの?」

 キャスターが横から尋ねる。

 ランサーは、キャスター自身の誘いを蹴ったのだから当然の疑問だろう。

「力を貸すって言うのは、正確じゃねぇな。今の俺は完全にこいつらの仲間だからな」

「完全に……?」

 キャスターが視線を俺に向けてきた。

「ああ。ランサーはすでに、ルールブレイカーで解呪してあるんだ」

 そう告げた。

 いくらなんでも、動作確認もしないままでルールブレイカーを切り札にはできなかった。

 ランサーは、ギルガメッシュの存在を知り、自分が捨て駒にすぎない事を知ったのだ。いい加減、マスターの姿勢に嫌気がさしていたランサーは、俺達の仲間になることを受け入れてくれた。

 俺が投影したルールブレイカーは、ランサーと言峰との契約を断ち切ることに成功した。

 ちなみに、ランサーのマスターは、一番の魔力量を誇るイリヤだった。

 イリヤ自身はいらないと拒否していたのだが、その態度を見たランサーは気を悪くするどころか、逆にバーサーカーにこだわるイリヤを気に入ってしまった。あの言峰に使われるよりは、はるかにマシなのだろう。

 イリヤは渋々ではあったが、ランサーとの契約に合意してくれた。

「お前さんと組まない理由なんて、自分でもわかってるだろ? 平たく言えば、信用できねぇからさ」

 ランサーの答えを聞くと、キャスターは怒りの目でにらみつけた。

 

 

 

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