第5話 最大の決戦(3)
『VSセイバー』
戦いの緊張感で身震いする。
それに、セイバーが反応した。
一瞬でセイバーが間合いに踏み込んでくる。
先ほどの会話がありながらも、セイバーの剣は真っ直ぐに俺の首に迫った。
「くっ……」
剣を振るったセイバー自身が唇を噛みしめる。
おそらく、自分の意志ではどうにもならないのだ。
だが、セイバーの見えない剣は、バーサーカーの斧剣が防いだ。
その圧倒的なパワーにより、セイバーの小柄な身体が一歩退く。
「……さすがですね」
セイバーが剣を構え、再び、不可視の剣でこちらに斬りかかる。
俺の相棒がバーサーカーになったのには、当然、理由がある。
単にセイバーの足止めをするだけなら、他のサーヴァントでも可能だろう。
しかし、この作戦は、俺が参加しないと成り立たない。
そうなると、力の劣る俺に必要な相棒は、動きで敵を翻弄するサーヴァントではなく、セイバーと真っ向から打ち合えるサーヴァントになる。
そこで、正面からの攻撃も受けられる力と、繰り出される攻撃に反応できる速度、その二つを併せ持つバーサーカーを選んだのだ。
しかし、バーサーカーには難しい仕事を押しつけてしまった。
セイバーの見えない剣――。
それはこちらが攻勢たっている時には、それほどの障害とはならない。彼女の剣は、こちらの攻撃を受け止めるために振るわれるのだから。
ところが、見えない剣は攻めに転じた時が恐ろしい。なにしろ、敵の間合いが読めないのだ。セイバーを相手に、防戦を主体とする戦いは、あまりに条件が悪かった。
剣の達人・セイバーと、不可視の剣・インビジブルエア(風王結界)。
これは敵にした時、これほど、恐ろしいものだったのか……。
前回のセイバーとバーサーカーの凄まじい戦い。あのときの俺はあまりに無力だった。
今も、俺程度の腕では全く介入できない。それでも、俺はその剣風の中に身を置いている。いつ、突然の死が訪れるかも知れない、危険地帯に――。
しゅっ、と擦過音がした。
「シロウっ!?」
斬りつけた本人が、俺の身を案じて名を呼んだ。
セイバーの剣が俺の右腕を浅く斬ったのだ。血がこぼれ落ちた。
「お願いです! 退いてください!」
俺たちに斬りかかりながら、セイバーが懇願する。
そんな状況にあるセイバーを見捨てて帰るわけにはいかない。
「断る! セイバーは優れた剣だ。だからこそ、セイバー自身が傷つかないように、俺が守らなきゃいけない」
「シロウ……」
「俺は、セイバーの鞘だからな」
「……っ!」
彼女自身が如何に戸惑おうとも、その剣が止まることはなかった。
バーサーカーの斧剣をかわして、何度かセイバーの剣は俺を斬りつけた。奇跡的に反応できたものもある。だが、そんな幸運は長くは続かない。
バーサーカーの正体はヘラクレスであり、その宝具はゴッドハンド(12の試練)だ。
ヘラクレスがやり遂げた12の試練に象徴される、12個の命。
バーサーカーは一度死ぬと、瞬時に蘇生を開始する。そして、一度殺された攻撃は、二度と通用しない。バーサーカーを倒すためには、12の手段で殺し尽くすしかないのだ。
前回の戦いでは、ダメージを負ったバーサーカーと戦うことになり、セイバーはカリバーンの一撃で、バーサーカーの七つの命を絶った。
あのときとは違い、現在のセイバーには十分な魔力がある。宝具による最大の一撃が放たれた時、バーサーカーが生き残れる保証はない。
セイバーが身を退いたタイミングで、俺はバーサーカーのそばから、走り出た。
虚を突かれたセイバーだったが、それでも剣を振るう。
俺の頭頂部に振り下ろされる、セイバーの剣。
しかし、バーサーカーは腕を最大限に伸ばして、その剣を弾く。
バーサーカーの最後の援護だ。
セイバーは、弾かれた剣を、頭上で閃かせ、改めて俺を狙う。
俺の振り上げたカリバーンが、一合だけ受け止めたものの、それだけで砕け散った。
セイバーの懐に飛び込む。
「――トレース・オン(投影、開始)」
自身にある魔力回路に魔力を流し込む。
その形を思い浮かべる。
セイバーが再び剣を頭上に振り上げる。
間に合わない!?
ここまでなのか――?
「エクス――」
セイバーの声が、剣の真名を言葉にする。宝具を解放しようというのだ。
おそらく、その一撃で、俺とバーサーカーを仕留めるために。
しかし、俺に限って言えば、剣を振り下ろされただけで、斬られていたはずだ。なにも、宝具を使うまでもない。
俺を見つめる静かな瞳で、セイバーが覚悟を決めたのがわかった。
自分が生き残るために、大切な者を犠牲にはできない。
俺と同じ価値観──セイバーは俺に倒される事を望んでいる……。
セイバーは俺たちを倒すための行動を取りながらも、最大の隙を作ってくれたのだ。
最大の危機。しかし、最後の好機。
何よりも貴重な時間が得られた。
俺の左手の中に、その短剣が投影される。
迷わず、その左手を突き出す。狙いは、セイバーの胸だ。
手にした短剣は、確実にセイバーの胸に刺さった。
勝負を決した短剣は、その名を、ルールブレイカー(破戒すべき全ての符)といった。
『取り戻したもの』
俺とセイバーとの契約を断ち切った、キャスターの宝具。
それが、いま、俺にセイバーを取り戻させてくれた。
悪い夢から覚めたように、セイバーが立ちつくしている。
「シロウ。何度も逃げるように言ったはずです」
「そうだな。ちゃんと聞いてた」
「わたしが貴方を斬っていたらどうするつもりなのですっ!?」
「そうはならないと思った。……もし、斬られたとしても、セイバーになら、文句はないよ」
「貴方は身勝手すぎます! 去っていく貴方はそれで満足できるかもしれない。しかし、残された者はどうなる? 凛は? 桜は? イリヤは? それに、貴方を手に掛けた私は……」
きっ、と俺を睨んだセイバーの瞳から、涙がこぼれる。
「…………」
「貴方はもっと、自分を大切にすべきだ」
「わかってる。セイバーがそばにいてくれれば、俺は自分を大切にできるかも知れない。俺にはセイバーが必要なんだ……」
「シロウ……。私は貴方の剣です。貴方が許してくれるなら、剣は常に鞘と共にあります」
がしゃん。
セイバーの手にしていた剣が地面に落ちる。
セイバーの代名詞でもある聖剣。
その剣を放した両手が、俺を抱きしめていた。
戦闘時の存在感とは違い、華奢で小柄な少女。そのセイバーが俺の胸に顔を伏せて泣いていた。
気恥ずかしさを覚えながらも、俺もセイバーの背中に腕を回して、その身体を抱きしめる。
俺が守りたいと望んだ少女が、俺の身を案じて、俺の腕の中で泣いている。
ずっとこのまま……という思いも頭をよぎるが、そうもいかない。背後に感じる、イリヤからの視線も痛かった。
「魔力は、まだ大丈夫なのか?」
今のセイバーはマスターがいない状態だ。もしも、魔力が足りないようなら、今すぐにでも契約する必要がある。
「ええ。数時間程であれば問題はありません」
「なら、急ごう。遠坂達が気になる」
少女から、戦士へと、セイバーの表情が変わる。
「……はい!」
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注:セイバールートでのバーサーカーは、アーチャー戦で6回、凛に1回殺されていて、残る命は5個のはずです。しかし、バーサーカー自身が「7度滅ぼす」と口にしたので、カリバーンの威力はその程度であり、士郎はそのまま記憶したことになっています。
注:ルールブレイカーは解呪の宝具なので、契約とは別扱いとしました。凛ルートで、キャスターがその場で契約できたのは、彼女の魔術師としての実力によるものと設定しています。