第5話 最大の決戦(2)

 

 

 

『山門の敵』

 

 

 

 柳洞寺の山門――。

 結界に覆われたこの寺へ、霊的な存在が侵入するためには、長い石階段を通り、その上にある山門をくぐるしか方法はない。

 冬木の地で、最初に聖杯が出現した場所であり、キャスターが陣地にしていなくとも、もともとそういう場所なのだった。

 その唯一の入り口には、おそるべき門番が待ちかねていた。

「ほう……。これはまた、大人数でやってきたものだな」

 こちらを眺めて、アサシンが口を開く。

 そう口にしていながら、彼は全く動じていない。自然体のまま、ただ俺たちを眺めている。

 静かな物腰は戦闘と無縁にすら感じられるが、その実、身につけた剣技だけでセイバーを退ける、恐るべき剣士だった。

 しかし、いかに強くとも、アサシン一人では、こちらを迎え撃つことなどできないだろう。それは、彼自身も理解しているはずだ。

「さて、幾人かは通すしかあるまいが……、私の相手もしてもらえるのであろうな?」

 すらりと、抜きはなったその長刀。それは、刀としては規格外の長さを誇る。物干し竿と呼ばれるのも道理だった。

 前回の記憶で、剣を交えたセイバー自身から、彼の名は聞いている。

 小太刀を扱う厳流を学びながら、ずば抜けた長刀を振るう異能の剣士――それが、架空の英霊・佐々木小次郎にまつわる逸話であった。

「本来ならば、セイバーとの立ち会いが一番の望みであったのだがな……」

「おいおい、いくらなんでもその刀で、剣士とやり合うのは反則だろ?」

 そう言って、俺達の背後から一人の男が進み出る。

 かけられた言葉に、アサシンが笑みを浮かべた。

「おぬしの言う事は理解できる。つまり……、おぬしが相手ならば、条件は五分だと言いたいのであろう?」

「ま、そういうこった」

 青い服の騎士が応える。彼の槍もまた、アサシンに劣らぬ間合いを持つのだ。

「いつぞやは、途中でおぬしが引き上げてしまったわけだが、あの続きをすると考えてよいのかな?」

「ああ」

「しかし、おぬしはマスターの命令で引き上げたはず。……今回はよいのか?」

「こいつらにつきあっている方が、面白そうなんでね。おかげで、こうして、お前さんとやり合えるってワケだ」

「ならば、私の方もその者達に感謝せねばなるまい」

「さて……、どうすんだ? こいつ等を通すつもりがないなら、お前さんを袋叩きにするしかないんだが……?」

「まあ、仕方なかろう。彼女等も手持ちぶさたのようでな。私はおぬしひとりで、我慢するとしようか……」

「だそうだ。先に行きな」

「わかった」

 俺達は、その場をランサーに任せて、山門を通り抜けた。

 

 

 

〜interlude〜

 

 

 

 山門に立つ、二つの人影。

「まあ、こっちから言っといてなんだが、通しちまっていいのか?」

「よくはなかろう」

 そう口にするも、アサシンの口調に困った様子は微塵も感じられない。

「だが、私がこの場で敗れては、彼女等も不利になろう。それよりは、一人だけでも敵を減らした方がよいと判断したまでのこと」

「ふーん。一人減らすねぇ。そいつは、ここに足止めしておくという意味かい? それとも……、この場で俺を倒すと言ってんのか?」

 アサシンに向けるランサーの瞳に、殺気が走る。

 それでも、アサシンに動揺は見られない。涼しげなたたずまいのままだった。

「さて、どちらになるか……。おぬしに逃げ帰るつもりがなければ、おのずと結果はでるであろうよ」

「お前も、戦いが好きそうだな?」

「ふむ。同好の士とお見受けするが?」

「違いねぇ」

 ランサーが槍を構える。

「さて、俺の宝具を使えば、一撃でお前さんを殺せるんだが、残念ながら、マスターの意向でそれはできねぇ」

「ふむ……? では私に、手加減でも所望かな?」

「はっ、冗談だろ! お前は宝具を持たない偽物の英霊らしいし、条件は五分じゃねぇか。それに、宝具を使わずにやりあって、お前が勝手に死ぬ分にはしかたねぇだろ?」

「同感だ」

 アサシンがその長刀を構え直す。

「──我が名は、佐々木小次郎。いざ、尋常に勝負」

 アサシンが自ら名乗りをあげる。

「たいしたヤツだぜ。仕方ねぇ。俺の名は、クー・フーリンだ。覚えときな」

「ほう、名乗り返すとは思わなかったが……」

「ちっ、言っただろ? 条件は五分だってな」

「それはすまなかったな」

 アサシンが苦笑を浮かべる。

 ────。

 向き合う二人の顔から表情が消える。

 対峙する影が揺らめいた。

 夜の闇の中で、二つの武器が噛み合う。

 人の目には捕らえきれない高速の太刀筋。

 打ち合った瞬間にはまばゆい火花が散る。

 繰り返し響く、剣戟の音。

 人間相手であれば、絶命するまでの刹那に、幾たびも命を奪う凄まじい連撃。だが、その攻防において、ふたりの身体は、ひとつのかすり傷すら負ってはいない。

 生死を分ける一瞬を無限に積み重ねて、二人の戦いは激しさを増していく──。

 

 

 

『敵として』

 

 

 

 目指す敵の親玉はキャスター。彼女の持ち駒は、わずかにふたり。

 アサシンはランサーが引き受けている。

 次に俺達を出迎えるのは、彼女の最高の切り札であるはずだった。

 その少女は、境内へ行く途中で、俺達の到着を待っていた。

 俺は彼女の前で足を止めた。

「士郎。先に行くわ」

 そう告げる遠坂に、俺は頷いてみせる。

 この場に残ったのは4名のみ。

 俺とイリヤとバーサーカー。

 そして――。

 俺達が戦うべき相手──セイバーだった。

 

 

 

「なぜ、来たのですか?」

 俺に問いかけるセイバーの言葉には、苦衷がにじみ出ている。

「私との契約を失った貴方は、従えるサーヴァントもいない。今の貴方に何ができるのです?」

 きっ、と俺をにらみつける。

「なにができるかは、この際、後回しだ。俺にはどうしてもしたいことがあるんだから」

「どんなに望もうとも、実現できないことは存在する。貴方は、なによりもそれを学ぶべきだった……」

「どんなことだって、諦めたらそこまでだろ? 俺にとって、セイバーを助けることは、諦められることじゃないんだ」

「シロウ。私はすでに二つの令呪で縛られている。……私にはもう、命令を拒むことはできない」

 セイバーは絞り出すようにして、言葉を紡ぎ出す。

「先に、バーサーカーを倒します。それまでの間に、貴方だけでも逃げてください」

「そうはいかない。俺を助けてくれるバーサーカーを見捨てて、俺が逃げるわけないだろ」

 そう告げた。

 セイバーなら、それが俺の本心だとわかるはずだ。

「シロウ。貴方を恨みます。そんな無謀な事を考えるから、わたしは貴方を殺さなければならなくなった……」

 沈痛と言っていい表情だった。

 たとえ、セイバーを苦しめることになっても、俺には退くつもりがない。

「──トレース・オン(投影、開始)」

 実体化させたカリバーンの柄を、両手で握りしめる。

 バーサーカーが俺の隣に並び、逆に、イリヤは後ろへ下がった。

 イリヤは単なる見物人である。俺とバーサーカーを心配しているだろうが、手を出さないように言い含めてある。戦いに参加しなければ、彼女が襲われるとしても一番最後になるはずだ。

 遠い昔のように感じられる”前回”の聖杯戦争。

 あの時の俺とイリヤは敵であり、セイバーとバーサーカーが激突した。神話を彷彿とさせるあの激戦。それを今、敵味方を入れ替えて再現するのだ。

 人の身であの戦いに参加するのだ。当然、恐怖はある。

 だが、セイバーを救うのは、マスターである自分の役目だ。そして、なによりも、自分がそれを望んでいる。

「じゃあ、頼むな」

「■■■■■■■■――!」

 俺の言葉に、バーサーカーが吼えた。

 

 

 

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