第5話 最大の決戦(1)
『焦燥』
桜やイリヤは、セイバーが元気になっている事を疑わずに帰ってきた。
ところが、この家で待っていたのは、俺と、傷を負った遠坂だけで、肝心のセイバーの姿はどこにもなかった。
心配かけないように、俺はいつも通り振る舞ったつもりだが、桜もイリヤも不安そうに俺を見る。
「大丈夫だよ」
そう答えたが、それ以上、俺に話しかけようとしないのだから、やはり、ピリピリしているのを感じ取っているのだろう。
本当は今すぐにでも、セイバーを助け出したい。
キャスターとアサシンが敵である以上は、俺一人でかなうはずもない。
それがわかっているというのに、我慢できなくなりそうだった。
昨夜、俺の部屋に倒れていた遠坂は、キャスターの言葉通り、傷を負ってはいたものの、気絶しているだけだった。
気がついた遠坂は、すぐに謝罪を口にした。
「ごめん。……セイバーを守れなかった」
遠坂が謝る必要はない。それをいうなら、俺も同罪なんだし……。
「わたしにも手伝わせて」
痛みをこらえながら、遠坂が主張する。
傷を理由に諦めさせようとしたが、遠坂はうなずこうとしない。
「この傷は魔術刻印がすぐに治してくれる。わたしの心配なんていらないわ」
きっぱりと断言する。
「それより、セイバーを助けるんでしょ? 絶対にわたしも参加するからね。わたしを置いていったら許さないから! お願いだから、先走ったマネだけはしないで」
すがりつくようにして、遠坂が主張する。
俺が何度も頷いて見せると、やっと遠坂は安心して眠りについた。
全ては、遠坂が目を覚ましてから。皆と相談してからだ。
今の俺は一人きりじゃない。仲間がいるんだから……。
『皆の決断』
遠坂は昼前には目を覚ました。自分で口にしていた通り、傷も大分回復していた。
これからの事を相談するために、遠坂も交えた全員が居間に集まっている。
「俺はセイバーを助けたい。無関係な人間まで犠牲にするキャスターに、セイバーを従わせることなんてできない」
俺は、戦いに巻き込みたくなかったはずの、桜とイリヤに頭を下げた。
「俺と遠坂だけだと、難しいと思う。頼む。俺に力を貸してくれ」
「いいよ」
イリヤがあっさりとうなずく。
「……いいのか?」
「シロウのお願いだもんね。それに、セイバーのこと好きだもん」
「バーサーカーは?」
「…………!」
バーサーカーは、無言のまま俺に強い視線を向ける。
「バーサーカーはいつでもわたしと一緒。だから、気にしなくてもいいよ」
イリヤが笑って請け負ってくれた。
次に桜が口を開く。
「わたしもセイバーさんを助けたいです。セイバーさんが令呪で縛り付けられるなんて、イヤですから」
俺は桜の隣にたたずむライダーに視線を向ける。
「私は桜に従います。ただし、桜と同意見ということも付け加えておきましょう」
「……ありがとう」
もう一度、今度は感謝を表すために頭を下げる。
本来なら、彼女達には無関係の戦いだ。なにも進んで命のやり取りをする必要はない。
「衛宮士郎」
俺の名を呼んだはアーチャーだった。
「……なんだよ?」
「私が動くのはセイバーのためだ。未熟なマスターを持ってしまった、彼女のな」
遠坂は片手で顔を覆い、やれやれと呆れた表情を浮かべている。
「わかってるよ。オマエに感謝するのは、セイバーの分だけにしておく」
……くそっ! イヤなヤツだ。
『もう一度抱くために』
日暮れ前に、俺と遠坂は庭にいた。
夜を待ってから、柳洞寺に向かう予定をたてていて、大体の作戦は練ってある。……まあ、作戦と言っても、正面から乗り込んで、戦いを挑むだけだが。
その出発前に、不思議と俺達は二人っきりになったのだ。
なんとなく気詰まりに思えて、俺はこんな事を口にしていた……。
「遠坂……。俺は、セイバーを抱きたくないなんて、思ったことないよ」
「な、なによ、急に」
直接的な話題のせいか、驚きながら遠坂が答える。
「遠坂は知らないだろうけど、前回……魔力を回復させるために、俺はセイバーを抱いているんだ。だけど、やっぱり、そんな理由無しに、俺はアイツを抱きたい……」
一瞬強ばった表情を浮かべた遠坂が、俺から視線をそらす。
俺に同情したのか、目尻には光る物が見えた。
「……だったら、なんとかセイバーを取り戻すのね。全てはそれからなんだから」
背中を向けたまま俺に告げる。
「わかってる……」
「ちょっと複雑だけど……、仕方ないものね」
「……なんだよ?」
「いいのよ。たとえ、傍にいるのが他の誰かだとしても、アンタが幸せになれれば、それで……」
「遠坂……?」
遠坂が何を言いたいのか、よくわからなかった。
だけど、なにか大切なことだと感じて、俺は耳を傾ける。
振り向いた遠坂が、きっ、と俺を見据えた。
「アンタはね、幸せにならなきゃいけない人間なの! そう約束しないと、手を貸してやらないからね!」
なぜか彼女は辛そうに、そんな言葉をぶつけてくる。
戸惑ったものの、彼女に返すべき言葉はひとつしかないように思えた。
「わかった。きっと、幸せになってみせるよ」
俺は遠坂に頷いてみせた。
『石段の下で』
勇んで柳洞寺へやってきた俺達だったが……。
「一体、いつまでこうしているんだ?」
うんざりしながら、俺が尋ねる。
「静かにしなさいよね。アンタだって、無関係な人間を巻き添えにしたくないでしょう?」
遠坂の指示で、俺たちは俺達は柳洞寺へ続く石段の入り口近くで、茂みの陰に身を潜めているのだ。
確かに人は減ってほしいが、こうして待ち続けていてはキリがない。
遠坂は目を覚ましてから、何度も柳洞寺へ使い魔を送っていたが、それも、なにかの作戦の一部なのだろうか?
「それで、何人が出て行くまで……」
言いかけた俺の口を、遠坂がふさいだ。俺の首に抱きつくようにして左手を回し、右手が俺の口を覆う。まるでキスでも迫るような体勢なので、思わず俺の鼓動が早くなる。
「ね、姉さん……!?」
「しっ!」
俺の困惑や、桜の驚きを、遠坂が小さく制した。
遠坂が視線で石段を指す。
ちょうど、一人の男が下りてくるところだった。
驚いたことに、その人物は俺達の学校の教師・葛木だ。四角四面で融通が利かないものの、私情を交えたり、不公平なことをしないため、生徒からの評価は悪くない。
……どうして、ここに?
遠坂に問いかけたかったのだが、肝心の口はふさがれたままだ。
その時、葛木がこちらを見た。こっちは明かりの届かない茂みに身を潜めているのだから、見つかってはいないだろう。
葛木はすぐに視線を動かして、そのまま立ち去る。
遠坂は、なぜか身じろぎすることも忘れて、葛木の背中を見送っている。その後ろ姿が見えなくなってから、やっと遠坂は深くため息をついた。
「……遠坂って、そんなに葛木先生が苦手なのか?」
「まあね……」
「でも、なんで先生が柳洞寺にいたんだ?」
「ここに住んでいるのよ。柳洞くんの兄貴分みたいね」
「え!?」
遠坂の言葉に二重の意味で驚いた。
生徒会長の柳洞一成は、その姓からもわかるように、柳洞寺の跡継ぎだった。
俺にとっては親しい友人なのだが、なぜか、遠坂とは仲が悪い。廊下などで、よく口論をしていた。
まさか、俺の知らないことを遠坂の口から聞かされるとは思わなかった。
「さて……、そろそろ行くわよ」
遠坂の決断を得て、俺達は石段を登り始めた。