第4話 敵と味方と(5)
『ふたりの絆』
「その雑種の言葉は正しい。いかに、その聖剣とて、我にはかなわぬ」
「確かに、私の剣だけではかなわないかもしれない。ですが、シロウとふたりならば、話は別です」
「なに?」
ギルガメッシュの目が俺に向けられる。
「――トレース・オン(投影、開始)」
すでに、何度も投影を行っている剣だ。いまさら、失敗するはずもない。
俺の手の中にその剣が出現する。
「投影魔術? 貴様、フェイカー(贋作者)か――」
ギルガメッシュが俺をにらむ。それは、これまでの侮蔑をこめた視線とは違い、明確な敵意だった。
どうして、投影魔術にそれほどの反感を持っているのか――。
俺とセイバーが一度だけ視線を交わす。
「よろしいですか、シロウ?」
「もちろんだ、セイバー」
それだけで十分だ。
仲間を助けるために、己にできることをする。それは、俺とセイバーに共通する価値観だった。
俺とセイバーは心のあり方が似ているのだと思う。セイバーが俺のサーヴァントになったのは、必然だと思えた。
セイバーの聖剣が、刻一刻と輝きを増していき魔力が増大していく。
それに呼応するかのように、俺の握った剣も魔力を帯び始める。
「この剣が、その雑種を塵に帰すのを見て、後悔するがいい、セイバー!」
ギルガメッシュの剣にも魔力が充満していく。
円錐型の刀身が回転し、そのつなぎ目から、溜めきれない魔力が漏れだす。
原初の剣の一つ――乖離剣・エア。
その威力の前にはセイバーでもわずかに及ばない。そのわずかを後押しするのが俺の役目だった。
セイバーがその宝具の真名を告げる。
「エクスカリバー(約束された勝利の剣)――!」
俺もまた、同時に剣の名を口にする。
「カリバーン(勝利すべき黄金の剣)――!」
ギルガメッシュが、エアを振り下ろす。
「エヌマ・エリシュ(天地乖離す、開闢の星)――!」
激突する三本の剣。
恐るべき魔力をその一点にぶつけ合う。
周囲を圧する光の奔流。
荒れ狂う魔力の渦。
だが、一歩たりとも引くわけには行かない。
遠坂。桜。イリヤ――。それに、セイバー。
彼女達を救うためなら、俺一人の命など、安いものだ。なにを代償としてでも、守ってみせる。
セイバーと俺の全てをかけた一撃――。
どんな力を秘めていようとも、気まぐれで振りかざす力に負けるわけにはいかない!
「くっ……、馬鹿な……」
ギルガメッシュの狼狽する声。
「うぉぉぉーっ!」
「はぁぁぁーっ!」
俺とセイバーは、それぞれが手にした剣を振り切っていた。
エアの魔力ごと押し返し、ギルガメッシュを弾き飛ばしたのだ。
片膝をついて、ヤツが震える身体を起こす。
「お、おのれ……。雑種ごときが……」
侮っていた俺の一撃を受けて、余程屈辱を感じたのだろう。
憎悪を込めた視線を俺にぶつけてくる。
「くっ……」
ギルガメッシュはこの場を去った。
今、ヤツが再び攻撃を繰り返せば、ヤツの勝ちだったろう。俺にもセイバーにも応戦する力は残されていない。
だが、ヤツは傷ついた自分の身を優先する。ヤツにとっては、再戦すれば勝つのがわかっているから、無理をする必要がないのだ。
これこそが、ギルガメッシュとセイバーの決定的な差だった。
セイバーが戦うのは、いつだって誰かのためだった。誰かを守るためだからこそ、傷つき、倒れようとも、戦いを投げ出すわけにはいかない。
苦戦の中にあっても、わずかな勝機を目指すのが、彼女にとっては当たり前のことなのだ。
そのふたりの姿勢が、この時の勝敗を決した――。
一応はギルガメッシュを退かせたものの、こちらも無傷では済まなかった。
俺は、サーヴァント同士の戦いに介入した代償として、吹き荒れた魔力の余波を受け、全身を痛めつけられていた。
いくつもの傷口から血が流れ出て、魂にも傷を負った。
立っていることもできずに、俺はその場に倒れていた。
「士郎っ!」
「先輩!」
「シロウ!」
心配そうな声が呼びかけてくる。
よかった。三人とも無事だ。
それがわかっただけで十分だった。
「士郎は重傷だけど……、死にさえしなければ、すぐに治るはずよ。それよりも……」
冷静に告げる遠坂の声で、俺も気づいた。
……そうだ。
もう一人は? 俺には、もう一人、守るべき相手がいたはずだった。
「大丈夫!? ちょっと、聞こえる? しっかりして!」
傍らから、遠坂の声が聞こえた。
彼女は必死で呼びかけている。
「セイバー! セイバーってば!」
その少女の名を――。
『残された魔力』
俺とセイバーがこの家に担ぎ込まれた。
家の中は騒がしかったのだが、すでに、静まりかえっている。
「アンタの方はもう大丈夫みたいね……」
俺の枕元で、遠坂が声をかけてきた。
その言葉通り、重傷を負ったはずの俺の身体は、動ける程度には回復しているはずだった。
今回の聖杯戦争中に俺が傷を負ったのはランサーの時だけだ。俺の回復力について遠坂が知っているのは、彼女の持つ前回の記憶によるものだろう。
「やっぱり、セイバーは危ないのか?」
セイバーの部屋とを隔てる襖を見ながら、遠坂に尋ねる。
「ええ。このままだと消えてしまうわ」
遠坂が決定的な言葉を告げる。
俺の記憶では、ライダーとの戦いの後にこうなった。今度は上手く乗り切ったと思ったのだが、ギルガメッシュが新たな障害となったわけだ……。
「でも……、変だわ。あんなにセイバー自身が弱っているのに、どうして、貴方が治るわけ?」
「鞘の事を知らないのか?」
「鞘って、なによ?」
「あれ? じゃあ、セイバーの正体がアーサー王だという事は……?」
「うすうすとは感じていたけど……、さっき、エクスカリバーを使ったじゃない。あれで確信したわ」
「そうか……、詳しく知らなかったんだな。前回の聖杯戦争でオヤジが呼び出したサーヴァントがセイバーで、召喚するときに触媒としたのが、セイバーが無くした鞘なんだ」
「あの、アーサー王を守るっていう鞘のこと?」
「そう。10年前の大火事の時に、オヤジはその鞘を俺の身体に埋め込んで、死にかけた俺を助けたらしいんだ」
「じゃあ、あんたが人間離れしてるのは、鞘のせい?」
人間離れしているという言葉にはちゃんと、”回復力”とつけてほしかったが……。
「そうなるな」
「そりゃあ、治るはずよね。……あれ? じゃあ、学校で死にかけたときもそうだったの?」
「いいや……。どうもセイバーと契約した後じゃないと、本来の力は発揮されないみたいだ」
……ん?
「学校でランサーに襲われた話って、遠坂にしたっけ?」
「……あ、えっと、ほら、前回、貴方の口から聞いたのよ」
そうか……。今みたいに話す機会はあるはずだもんな……。
それより……、問題はセイバーの方だ。
セイバーの尽きかけた魔力を回復させるには……。
「セイバーの事なら、そんなに深刻になる必要はないわよ。彼女に魔力を与えれば回復するんだから」
俺の表情を見た遠坂が、そう口にする。
サーヴァントに魔力を回復させる方法はいくつかある。
極端な方法としては、サーヴァントは霊体なのだから、人を殺して、その魂を吸収すればいい。あのギルガメッシュがしたように。そして、慎二が操っていたライダーが実行しかけたように。
また、キャスターがしているように、広範囲、大人数から、少しづつ魔力を吸い上げる方法もある。
しかし、セイバーがそんな方法をとるはずがない。無関係な人間を犠牲にすることなど、彼女の誇りが許さない。
だが……、魔術師として未熟な俺でも、簡単にセイバーを回復させられる方法が、実はあるのだ。
「桜たちと相談したのよ」
「相談って、なにを?」
「だ、だから、いろいろと……。セイバーを回復させる方法よ」
「でも、回復させる方法なんて、そんなに……」
「だから、その方法をとるために、どうしようかって相談して……。その……」
遠坂が顔を赤くして言い淀む。
「みんなは今晩、アンタ達の邪魔をしないように、わたしの家に泊まるから……」
妙に静かだと思ったら、誰もいないからなのか……。
「でも、それと、セイバーに魔力を与えるのと、どんな関係があるんだ?」
「なんで、そう鈍いのよ、アンタは! 他の部屋に人がいたら、気が散るでしょ!?」
誤魔化すように声を張り上げる。
恥ずかしそうに顔を背けて、俺と視線を合わせようとしない。
誰かがいて困るって……、つまり……。
「そ、それじゃあ、……まさか!?」
「感謝してよね。ホントはわたしだって……、その……。気が進まないけど……」
遠坂が言い淀む。
……ん!?
遠坂だけ、ここに残っているということは……。
「まさか、お前、手伝うって言うんじゃ……」
「……え? バ、バカなこと言わないでよ! そ、そんな変態みたいなことするわけないでしょ!」
と、顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。
変態みたいもなにも……、手伝われたぞ、俺達。
「お膳立てしてやったんだから、セイバーを元気にさせないと、許さないわよ」
ちょっとばかり、突飛ではあるが、みんなの気遣いは嬉しい。
しかし――。
「遠坂……、お前がセイバーと契約してくれないか?」
「は!? ……なにを言ってるのよ?」
「だから、俺との契約を破棄して、遠坂と契約すれば、セイバーも助かるだろ?」
「そりゃあ、助かるだろうけど……。そんなことしても、不利になるだけよ」
もともと、人の魔力には限界がある。英霊の持つポテンシャルは人間を遥かに超えている。極端に言えば、人に召還される時点で、英霊は入手できる魔力が制限されてしまい、その力を制限されてしまう。
そのうえ、一人の人間が複数のサーヴァントと契約でもしようものなら、それぞれに魔力を振り分けることになり、どうしても一体のサーヴァントが弱体化するだろう。
俺が頼んだのはそういうことなのだ。遠坂が納得するはずもない。
「アンタだって、わかってるでしょ? アーチャーまで弱体化させるなんて、危険だわ」
「だけど、セイバーが死にかけることはなくなるはずだ」
「士郎……」
「俺と契約している限り、宝具を使うたびに、セイバーは倒れてしまう。もう少しだけでも、セイバーに余裕をもたせたいんだ」
「……士郎。本当にそれでもいいの?」
遠坂の問い。
これまで、自問自答を繰り返している俺自身が言い出したことだ。
答えは決まっている――。
「お断りします……」
そう答えたのは、よりかかるようにして、襖を開けたセイバーだった。