第4話 敵と味方と(4)

 

 

 

『遭遇』

 

 

 

 これは、俺の行動の因果関係とか、そういう次元の話じゃない。

 おそらく、ジンクスみたいなものなのだろう。

 なにが言いたいのかというと、つまり──俺がデートすると、敵と遭遇する!

 

 

 

 デートをしていた俺とセイバーの前に、その男が立ちはだかる。

「まさか、最後に召喚されたサーヴァントが貴様だったとはな……」

 男が見ているのは、セイバーただ一人だった。俺の姿などまったく眼中にないのだろう。

「久しいな、セイバー。再び会えるとは思わなかったぞ」

 俺は自分の目を疑った。

 不意に出現したのは、黄金の鎧を纏った騎士だったのだ。

「ギルガメッシュ!? バカな! 早すぎる!」

 驚きに声を漏らしてしまう。

 俺の記憶の中では、ギルガメッシュが登場したのは、もっと後になってからのはずだ。

 どう考えてもヤツの出番には早すぎる。

「ほう……。我を知っている人間など、おらぬはずだが?」

 その赤い瞳が俺に向けられる。

 ヤツに見られるのはどうしても慣れなかった。ヤツは俺を人として見ていない。あれはむしろ、物を見る目だった。まるで相手の意志に興味を示さない。……いや、意志があることすら、認めていない。

「……貴方はギルガメッシュ――最古の英雄王なのですか?」

 セイバーが問う。

「その通りだ、騎士王。お前が仕えるにふさわしい男は、この我だけよ」

「私はすでに、自分の剣を捧げるべき相手に巡り会えた」

「……ふん。その雑種のことか? 下らぬ。貴様の素質は認めるが、その生ぬるい感傷は切り捨てるのだな」

「そのようなつもりは、ありません」

 その答えに、ギルガメッシュは肩をすくめる。

「まあいい。それよりも……、雑種。早すぎるとは、どういう意味だ? 我の何を知っているのか、話せ」

「お前みたいな強いヤツが、こんなに早く登場するのはおかしいだろ?」

「ふん。我の質問に答えるつもりがないようだな? ならば、手足を切り落とす。言いたくなったら聞いてやる。隠したければ、そのまま死ぬがいい」

「……ギルガメッシュ!」

 セイバーの身体が光る。

 瞬時に鎧姿へと変身したセイバーを見て、ギルガメッシュは、口元に笑みを浮かべた。

「よかろう。相手をしてやる。我に組み伏せられて、その身が女だと悟るがいい」

 そうつぶやいたギルガメッシュが、あらぬ方を向いた。

「さて……、そこの雑種ども、いつまで覗き見しているつもりだ?」

 右手を持ち上げると、ギルガメッシュの背後に一本の剣が出現する。

 ぱちん、指を鳴らすと、その剣は俺達の後ろの茂みへと走った。

 ……どういうつもりだ?

「きゃあっ!」

 唐突に少女の悲鳴。

 茂みの向こうから、俺がよく知る3人の少女が転がり出たのだ。

「お、おまえら……」

 あまりの驚きに、言うべきセリフが出てこない。

「な、……なぜ、こんなところにいるのです?」

 セイバーも問いかけるのが精一杯のようだった。

「その……、アンタ達が気になってつけていたのよ」

 気まずそうに、遠坂が答える。

「つけてった、って……? ずっとか!?」

 セイバーとのデートをずっと見ていたのか? それはさすがに恥ずかしすぎるぞ!

「そ、そんなことよりっ! それどころじゃないでしょ!」

 遠坂がそう口にする。

 確かに、遠坂の言うとおりだ。この件については、改めて、後日にでも追求するとしよう。

 後日があれば、だが……。

 今、自分たちが直面しているのは、生き延びることも難しい、危機的状況なのだ。

「ただの一体もサーヴァントが死なぬと思っていたら、ずいぶんと群れをなしているものだな。マスターに、聖杯に、そのまがい物か……」

 ……?

 マスターは遠坂と桜だろ? 聖杯はイリヤのコトだよな? まがい物というのは、なんの事だ?

 

 

 

『守るべきもの』

 

 

 

「ちょうどいい。これまで遅れている分、我が進めてくれる」

 ギルガメッシュの背後に、宝具が5個姿を見せる。

 持ち上げられる右手。

 ヤツが指を鳴らすと、一斉に5本の剣が、こちらを襲った。

 避けようとして、俺はぎょっとなった。

 そうすると、遠坂達が攻撃にさらされる。

 瞬時に決断を下す。

 せめて、この身体に剣を受けることで、彼女等を守る。俺がその場に踏みとどまると、セイバーが進み出た。

 5本の剣は、全てセイバーがたたき落としていた。

「そのような雑種に守るべき価値などなかろう。その程度のマスターに固執するから、堕落するのだ」

 ギルガメッシュは呆れたように告げる。

「……っざけんじゃないわよ!」

 予想もしない人間が声を上げる。

「士郎が本当の力を使えば、アンタなんかに負けるはずないんだから!」

 遠坂がギルガメッシュに怒鳴りつける。

 さすがのヤツも、遠坂の言葉で呆気にとられた。

 ……そりゃあ、そうだ。

 セイバーならまだしも、どう逆立ちしようと、俺がギルガメッシュと戦えるはずがない。

 遠坂は俺達の視線を感じて、ムキになって、主張する。

「士郎は、ギルガメッシュにだって勝てるのよ! 私は知っているんだから!」

 俺がギルガメッシュに……?

 遠坂は自分の記憶を説明する時、俺とセイバーが倒したって、口にしたはずだ。あれは嘘なのか?

 俺とセイバーのふたりがかりではなく、俺は一人でギルガメッシュを倒したというのか?

 一体、どうやって!?

 そんな俺の疑惑も、ヤツの言葉で吹っ飛んでしまった。

「ならば、その力を見せてみろ」

 ヤツは遠坂の言葉を全く信じてはいない。

「そら、今度は10本だ。セイバー一人では受けきれんぞ」

 楽しげに、宣告する。

「桜、イリヤ、私が合図したら……」

 遠坂が小声で二人に指示を出す。

「ダメだ! そのまま動くな」

 俺の声に、背後で息を飲む気配がする。

「何言ってんのよ! このままじゃ……」

「動くなって言ってるんだ!」

 ……そう。皆が距離を取れば、全滅する可能性は減るだろう。

 だが、誰かが犠牲になる。それは耐えられなかった。

 くそっ……。

 俺や、セイバーはいい。

 だが、彼女たちは宝具の攻撃を耐えきる事などできないだろう。魔術師としてならば俺よりも優秀だろうが、肉体的にはか弱い女の子に過ぎない。

 こうやって固まっている今ならばまだ、守り通すことができるのだ。

 この場を退くのではない。身をかわすのでもない。正面から、ヤツの攻撃を防ぎきる。どんなに難しいことでも、やり遂げるしかない。

「セイバー。宝具を……、宝具を使ってもらえるか?」

 いまのセイバーに、宝具の使用は危険すぎる。自分を現界させるための魔力が足りなくなる可能性があるのだ。

 だが、それしか、皆を救う方法がない。

「もちろんです。もとより、そのつもりでした」

 セイバーは笑みを浮かべながら俺に答えた。

 セイバー自身にとっても、彼女達は大切な仲間なのだろう。それを実感できるのは嬉しかった。

 だが、彼女は皆のために犠牲になるつもりだ。たとえ、自分が消滅することになっても、皆を守る覚悟を決めたのだ……。

「シロウには、皆をお願いします」

「それはできない」

「シロウ!?」

「セイバーの宝具でも、ヤツにはかなわないだろう」

「…………」

 セイバーが言葉に詰まった。

 俺がふたりの対決を直接見たのは一度だけで、勝利したのはギルガメッシュだった。

 その時は、俺自身がなんらかの手段でヤツに一撃を食らわせて撃退したはずだが、夢中だったためにどうしてもその記憶が思い出せない。”鞘”を使ったらしいのだが、いま、この場で再現することは不可能だろう。

 俺にできることは一つだけだ。

「……しかし、人間の貴方には危険すぎる」

 俺の考えを悟ったのか、セイバーがそう口にする。

「俺はみんなを助けたいんだ。もちろん、セイバーも」

「…………」

 セイバーがその瞳を俺に向ける。

「相談は終わったのか?」

 ギルガメッシュは、嘲笑を込めて、俺達に尋ねてきた。

「ああ、俺達はふたりがかりで、お前を倒す」

「くはははははははははははは」

 俺の言葉に、こらえきれないとでもいうようにギルガメッシュが哄笑する。

「セイバーはいいとして、貴様のような雑種がなにを言うか」

「……ギルガメッシュ。貴方のその笑みを消して見せよう」

 セイバーがその剣を構えた。

 風が空気を屈折させることで、剣の姿を消していたその封印。聖剣を使用するために、その風が解放されていく。

 現れたのは、神々しいばかりに輝く、その刀身。それこそ、アーサー王の代名詞である聖剣の姿であった。

「よい余興だ。我の力をその身で確かめるがいい。そして、ひざまずけ、セイバー」

 ヤツの背後では、様々な武器を押しのけて、その宝具が姿を見せる。ヤツ自身も、他の剣ではセイバーの一撃を受けきれないことを知っているのだ。

 ヤツが手にしたのは、数多ある武器の中で、まさに唯一絶対、最強の剣だった。

 

 

 

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