第4話 敵と味方と(3)
〜interlude〜
アイツはセイバー一人を伴って、出かけていった。
わかっていたこととはいえ、どうしてもイライラが収まらない。
「自分たちだけ楽しもうっていう、その根性が許せないわ」
そう漏らした私に、イリヤが肩をすくめる。
「素直じゃないのね、リンは」
「今のはわたしの本心よ!」
そうよ! 別にアイツがセイバーを選んだから怒ってるわけじゃないわ。いまさら、どうしようもないんだから……。
「……だけど、士郎は朴念仁だし、セイバーも奥手でしょ? ふたりを見守ってあげるのが親切だと思わない?」
そう前置きして、私はふたりを尾行することを告げた。
「姉さん。ノゾキなんて、よくないと思います」
士郎に姉妹であることを告げてから、桜はわたしを”姉さん”と呼ぶようになった。気恥ずかしさはあるものの、わたしはその呼び方を改めさせるつもりは全くない。
わたしはそう呼んでもらいたかったし、きっと、桜もそう呼びたかったはずだから。
まあ、それはさておき――。
「じゃあ、桜は残れば?」
「……え!?」
「え、じゃないでしょ。反対するなら、アンタは来なくていいわよ。別に強制しているわけでもないんだし」
桜の意志を優先するべく、そう告げてやったのに、
「……先輩とセイバーさんだけというのも危険があるかもしれないし……。先輩の邪魔にならないように、隠れていれば、問題ないかも……」
そんな風に、自分を納得させている。
なによ……。結局、ついてくる気なんじゃないの……。
『ボーイ・ミーツ・ガール(2)』
さて、前回と通算すると、セイバーとは二度目のデートになる。
このまえほど、あちこちへ連れ回すつもりはない。
のんびりと過ごせればそれでいいんじゃないだろうか?
基本的にスポーツ物はやめておこう。真面目で、負けず嫌いのセイバーは、デートそっちのけで、熱中するのがわかっているからだ。
俺達は、大きめのショッピングセンターを訪れていた。
セイバーにとって珍しい品が並ぶ店先を、彼女は面白そうに覗き込んでいる。
俺とセイバーは、一通り見て回った後、中心にある広場にやってきて、並んでいるテーブルの一つに陣取った。周囲に軽食のスタンドが並び、焼きそばでもハンバーガーでも、どのメニューでも持ち込みが可能だ。
しかし、俺達が買い込んだのは、ジュースだけ。
テーブルに並べたのは、俺の力作である3人分のランチセットだった。量が多いのはあくまでもセイバーへのサービスである。
「ふたりだけというのは、多少、気後れしていましたが、こういうのもいいものですね」
しみじみとセイバーがつぶやいた。
「だろ? 藤ねえが顔を出さなくても、今の家には口うるさいヤツがいて、のんびりとはいかないしな……」
「……っくしょん!」
どこかから、大きなくしゃみが聞こえてきた。
振り返っても、それらしい人間は見あたらなかった。
ついたての向こうが、なにやら騒がしい。なにかもめごとでもあるのか?
「シロウ。それはリンに失礼です」
「……べつに遠坂のことを言ったつもりはないけど?」
俺が平然と返してやると、セイバーが言葉に詰まる。
「そのように足りない説明では、勘違いしてもしかたがないでしょう?」
慌てて取り繕うセイバーが可愛かった。
「だけどさ……、そんな騒がしい毎日をイヤだとは思ってないんだ」
「…………」
「俺は身よりがないから……、ああしてみんなで騒いだりするのは、いいもんだって思うよ。ホントに」
十年前の災厄で、俺は血のつながった家族を失った。
そして、養父となった切嗣が亡くなり、またしても、一人になった。
「みんなには感謝してるんだ……」
「シロウ……」
〜interlude〜
うわさ話をされてくしゃみが出るなんて、そんなコメディみたいなことがホントに起こるとは思わなかった。
わたしたちは慌てて、ついたての影へと身を隠していた。
「姉さん。気を付けてください!」
「わかってるわよ!」
ぼそぼそと小声で言い合う。
まったく、あいつは人の気も知らないで。
アンタの邪魔をしないために、わたしがどれだけのものに耐えているか、アンタにわかるの!? なんて、小一時間ほど、問いつめたい。
……そうやって、アンタがセイバーとよろしくやってることで、わたしがどんなに苦しんでいるか、これっぽっちも気付いてくれてない。
ふと気付くと、イリヤがこっちを見て、にんまりと笑顔を浮かべる。
「な、なによ?」
「むくわれないわよね〜」
「よ、余計なお世話よ! だいたい、アンタは何しに来たわけ?」
「わたし? わたしはリンとサクラのお目付役よ。ふたりを放っておくと、シロウたちの邪魔をしかねないもん」
あっさりと答えた。
「むう……」
どうせ、ノゾキが目的のくせに……口の減らないヤツ。
ちなみに、サーヴァント達は、士郎のデートになど全く興味がないようで、衛宮邸で留守番をしている。
「でも、セイバーさん、いいなぁ。先輩とふたりっきりで、先輩のお弁当食べられて……」
物欲しそうに、桜がつぶやく。
……一緒に生活するまで、桜がこんなに食い意地が張っているなんて、知らなかった。
学校ではそんな様子を見受けられなかったし……。
「まあね。こっちは、わびしくホットドッグなんだもの。士郎の料理が恋しいわ」
わたしは右手に握ったそれに視線を落とす。
「わ、わたしが言いたかったのは、先輩と一緒に食べたいってことで……」
慌てて桜が訂正してきた。
まあ、言われるまでもなく、アンタの気持ちは最初からわかってるんだけどね。
さっきのアイツの言葉じゃないが、人と触れあう事が、桜の癒しになればいい……。アイツとは違った意味で、桜にも穏やかな生活が必要なんだから。
「そう?」
イリヤが不思議そうに、首をかしげた。
「わたしは、リンやサクラと、三人でホットドッグを食べてても、美味しいと思うよ」
そう言って、ホットドッグにぱくりと食いついた。
「…………」
「…………」
わたしと桜がお互いの顔を見る。
「そうね。……悪くはないわ」
「これはこれで、楽しいですよね」
わたしたちの反応をみて、イリヤが嬉しそうに笑みを浮かべた。
士郎とセイバーのデートは滞りなく進んでいった。
水族館では、ペンギン軍団VS北海の巨大アザラシ、炎の凍結三番勝負などを見物する。セイバーが熱中して声を張り上げたため、士郎が困っていた。いい気味だ。別に悔しいわけじゃないけど……。
甘味処で二つ目のおしるこを注文するセイバーに呆れながら、わたし達も何かの憤懣をぶつけるように食べまくった。
街で一番大きいぬいぐるみショップでは、イリヤが迷子になってしまい、ふたりを見失ったりもした。
こうして、ちょっとだけ胸を痛めつつ、幸せそうなふたりを見守るのは、想像したほど嫌な体験じゃなかった。
楽しく終わるはずの士郎達の一日が、最後の最後でぶち壊しになる。
帰り道のふたりにカラんできた一人の少年――それは、最強、最悪の相手だった。