第4話 敵と味方と(2)

 

 

 

『ランサーの事情』

 

 

 

 結界が反応しなかったことからも、ランサーが敵意を持っていないのは明らかだった。

 一応、客として遇するべく、居間に通して紅茶を差し出す。

 すでにライダーたちまで迎え入れているし、セイバーもいまさら反対意見を口にしようとはしなかった。

「で、……本当に暇つぶしなわけ?」

 遠坂が尋ねる。

「ああ。しかし、久しぶりに来たら、二組も仲間が増えてるじゃねぇか。ちょっとした梁山泊だな」

 そんな感想を漏らす。

 そうだな……。

 言われてみれば、確かにそうだ。

 有名な英霊たちが、それも時代を越えて顔を揃えているのだから、実はものすごいことなのだろう。

 ランサーもこの場にいるわけだし、これで、キャスターとアサシンもいれば、完璧だ。

「しかし、……お前らは聖杯戦争をするつもりがないのか?」

 呆れたようにランサーが尋ねてくる。

 たしかに、参加している7組のうち4組――過半数が手を組んでいては、一組だけが勝ち残るという聖杯戦争そのものが成り立たないだろう。

「いえ、そういうわけではないのですが……」

 言い淀んだのはセイバーだった。

 そう。この家には4組――八人の参加者がいる。

 この中で、聖杯を求めているのが、実はセイバーただ一人なのだ。

 俺や遠坂は聖杯の真実を知っているし、イリヤは初めから興味がない。

 アーチャーだけでなく、バーサーカーやライダーも興味を持っていないようだ。

 桜も今のままで十分とか言っている。

「私が召喚に応じたのは、聖杯を手に入れるためだったのですが……」

 セイバーが言葉を濁す。

 彼女が叶えたい願いを、俺は知っている。それは、個人的な欲望などではないが、彼女自身にとっては人生最後の結論だった。おいそれと他人に語るつもりはないのだろう。

「ランサーの方はどうなんだよ? 聖杯に興味がないってことは、聖杯戦争の結果にも関心はないのか?」

 俺が話題を変える。

「聖杯そのものには興味ねぇが、負けて脱落するのは趣味じゃない。最後まで勝ち抜いてやるさ」

「それで、ヒマっていうのは、本当にすることがないのか?」

「少なくとも、ここに来る以外はな」

 そう答えて、にやりと笑う。

「俺の仕事は、他のサーヴァントの調査でね。相手の力を把握するのと、できれば、相手の宝具を確認することが目的なのさ。もう、ほとんど戦闘ずみだ」

「……そうなのか?」

 ランサーとアーチャーが戦った時には、俺もその場に立ち会っている。

 俺は桜とイリヤに視線を向けた。

「うん。バーサーカーとはやり合ったよ。途中でランサーが逃げちゃったけどね」

「大人には大人の都合があるんだよ。ガキんちょ」

 イリヤの言葉にランサーがやり返す。あまり、大人らしくないぞ、その態度。

「ライダーからは、戦ったと聞いています」

 桜も頷いた。

「ふーん。オマエが本物のマスターなのか……。なら、もう少し力が上がりそうだな」

 ランサーから無遠慮な視線を向けられて、桜が戸惑う。

「だけど、目的までバラしてしまっていいのか?」

 こちらがすでに知っていることとはいえ、尋ねてみる。

「どうせ、知ってるんじゃねぇのか? なにしろ、俺のマスターの正体まで知っていたぐらいだ。この前はトボけたが、確かに俺のマスターは言峰だよ」

「おいおい……」

 あっさり口にされて、俺の方が気後れしてしまう。

「ねえ、ランサー。それなら、もうちょっと聞きたいんだけど、キャスターともやり合ったわけ? 柳洞寺まで潜り込んで?」

 遠坂が質問を投げかける。

「いいや。キャスターの方から、俺のとこまでやってきたのさ」

「キャスターの方から? 何のために?」

「オマエラと同じだよ」

「わたしたち?」

「ああ。俺を仲間に誘ったのさ」

『え!?』

 俺と遠坂が同時に驚いた。影で動いていたキャスターの行動を、俺達はほとんど知らなかったからだ。

「オマエラが組んだことを、向こうも知ってるらしいな。アサシンだけじゃ駒が足りないってことなんだろうよ」

「それで、どうしたのよ?」

「断ったさ。あいつといい、言峰といい、笑いながら平気で背中を刺しそうなヤツには、うんざりなんでね」

 ランサーが俺や、遠坂に視線を向ける。

「その点、オマエラみたいなマヌケなヤツの方が、信用できるってもんだ」

「ランサー、言葉が過ぎます」

 セイバーがじろりとにらみつける。

「別に、けなしたつもりはないがな。オマエラの方が気に入ってるってことだ」

 そう口にする。

「……さてと、そろそろ、ここに来た用事をすませておくとするかな」

「用事? 暇つぶしじゃなかったのか?」

「暇つぶしだよ。まあ、趣味と実益と半々ってとこだ」

「用事ってなんだよ?」

「言っただろ? 俺の仕事は、他のサーヴァントの力を確認することなのさ。ところが、まだ、鉾を交えていないヤツがいるんでね。ちょっと、腕を見に来たってわけだ」

 ランサーが一度も戦っていない相手。

 それは――。

「このセイバーと剣を交えたいということですか、ランサー?」

「そういうことだ」

 

 

 

『セイバーVSランサー』

 

 

 

 ふたりは庭に出た。

「本気でやりあうつもりなのですか?」

「当たり前だろ? 全力でなきゃ、面白くねぇじゃねーか」

 あっさりと答えた。本当に戦いが好きなのだろう。

 それだけでも、セイバーとは性格があわない気がする。

「……仕方がありません。怪我をしても知りませんよ」

「承知のうえさ」

 あくまでも楽しそうにランサーが答える。

 5メートルほど離れて、ふたりが対峙する。

 アーチャー、バーサーカー、ライダーの3人も実体化した。

 別に霊体のままでも、見物することは可能なはずだが、気分の問題なのかもしれない。

 

 

 

 先に動いたのはランサーだ。

 獲物の長さを活かして、遠い間合いから、槍を突き出してくる。

 先端だけがセイバーの間合いに攻め込んでくるため受けづらいはずだ。特に顔面を狙われると、タイミングも、距離感も狂わされてしまう。

 だが、セイバーは難なくかわす。これが、彼女の”見切り”なのだろう。

 突きだけでは埒があかないとみたのか、ランサーは払いも交えて攻撃してきた。

 今度はセイバーも自ら踏み込んでいく。

「ちっ……」

 ランサーが舌打ちした。

 セイバーの見えない剣との立ち合いが難しいことを実感したのだろう。

 インビジブル・エア(風王結界)により、光を屈折させた彼女の剣は刀身が目に映らない。有名すぎる彼女の剣を隠すだけでなく、敵に間合いをつかませない効果もある。

 ランサーとは違い、セイバーは自分の剣の持つメリットもデメリットも熟知しているはずだ。

 ランサーの見切りを微妙にはずして、浅い傷を刻んでいく。

 一方、ランサーの槍は、セイバーの剣の前に、一度たりともセイバーに触れてはいない。

「やるじゃねぇか」

「そちらこそ……」

 手を抜いてはいないのだろうが、セイバーは涼しげに答える。

「貴方には申し訳ないが、この後、私には大切な予定がある。決着は早めにつけさせてもらいます」

「……あんまり、なめるんじゃねーぞ」

 不意に、ランサーの口調が硬くなる。

 ランサーが構えた槍に膨大な魔力が流れ込んだ。

「な……」

 あれは、ゲイボルク!? 宝具を使うつもりなのか?

 俺が驚くのと同時に、ざっと風が動いた。

 見物していたはずの、アーチャーがランサーに襲いかかったのだ。

 ランサーは瞬時にその場を退き、アーチャーの双剣をかわした。

「怖ぇな……。そんな激情家とは思わなかったぜ」

「どういうつもりだ、ランサー?」

 アーチャーがランサーをにらみつける。

「そう、怖い顔すんなよ。しょせんは、暇つぶしさ。おふたりさんも、おちつきなって」

 ランサーが視線を向ける。

 進み出たバーサーカーはセイバーを体でかばい、ライダーはランサーの退路を絶つために背後へ回り込もうとしていた。

「オマエラは本気で組んでいるようだな」

「ああ」

 俺が頷いてみせる。

「……多少は羨ましくもあるな」

 ランサーがそう口にする。

「サーヴァントに限らず、英霊なんてのは、必要に迫られて召喚され、用が済めばお払い箱だ。マスターとの主従関係を除けば、他人とのつながりなんてないからな」

 肩をすくめると、

「言峰なんかは、俺を駒としか考えてねぇしな……」

 うんざりした口調で、そう漏らした。

「だから、俺達と……」

「待てよ。まだ、考え中なんだよ。オマエラと組むのも魅力的だが、やり合うのも捨てがたいんでね」

 残念そうに告げる。

「まあ、とりあえずは、オマエラとキャスターとの戦いを見物させてもらうぜ」

 そう言い残して、ランサーが立ち去った。

 

 

 

次のページへ