第4話 敵と味方と(1)
『王の終焉』
一人の少女がいた。伝説にあるように男性ではなかったが、彼女は本物のアーサー王だった――。
私情を殺し、国のために尽くし続けた少女。
彼女はついに祖国の統一を成し遂げる。
だが、王宮での彼女の評判は悪くなる一方だった。
国全体を守るため、彼女は最小限の犠牲を自ら払うことで、より確実な方法を選ぶ。それを、彼女の苦衷も知らず、道理もわきまえない人々が、非情な王だと非難する。
走り続け、勝ち続けた、彼女の孤独。
そして、その日が訪れた……。
帰還する彼女を、敵として待ち受けていたのは、彼女が愛した国の軍隊であり、彼女の肉親であった。
壮絶な戦いの果てに、死に瀕した彼女――。
ただ、国を憂い、民を思い、その人生の全てを捧げた。そこまでした彼女に最後に残された望み。
たどり着いた夢――。
それは、王の選定をやり直すこと。自分よりも王としてふさわしい人間が、剣を引き抜くことを、彼女は願ったのだ。
誰かのために生きてきた彼女が、最後に祈ったのは、これまでの人生を否定することだった……。
それが、たとえ夢だとしても、すでに起こった過去の事実だとしても、――そんなのは許せなかった。彼女がそこまでして、全てを背負う必要はないのだ。
己の人生の全てを否定してまで、国を思う少女――セイバー。
彼女は、自分の幸せを求めても、許されるはずだ。
……俺は、許したいと、思ったんだ。
『デートはいかが?』
「セイバー。今日はちょっと街へ遊びにいかないか?」
起きてすぐ、彼女を誘ってみた。
聖杯戦争の最中である。彼女にとっては、己の夢をかなえるための大切な儀式。とても、彼女が頷くとは思えない。
前回、誘うことに成功したのは、遠坂の後押しがあってのことだ。
しかし、俺は意を決して申し出る。この際、自分のための修練とか、マスターとしての安全などは、二の次だった。
「はい。わかりました」
彼女は前回同様、あっさりと拒否する。
「そう言わないでさ。昼間なら、他のマスターも動かないだろうし、いつも戦いばかりだと息が詰まる……」
セイバーが不思議そうに、こちらを見つめている。
……あれ?
いま、セイバーはなんて言ったんだ?
「え? いいの?」
「何か、問題でもありますか?」
「デートって、その、逢い引きとか、そんな感じなんだけど……」
「……承知しています」
頬を染めながら、セイバーが頷いた。
「知っているなら、いいんだ。悪い。じゃあ、今日は二人で楽しもうな」
「ええ。楽しみにしています」
まさか、デートに誘って、セイバーが二つ返事でOKするとは思わなかった。
さい先が良さそうだ。
『いざ、デート?』
俺は台所に立って、調理を進めている。
「あれ? 今日の料理は多すぎない?」
台所を覗きに来たイリヤが、感想を漏らす。
それも当然で、5人前の朝食だけでなく、昼食の弁当まで作っているからだ。
まあ、男がデート用に弁当をつくるというのも微妙だけれど、相手に楽しんでもらうという姿勢に間違いはないはずだ。
「また、つまみ食いか?」
「えへへ〜」
甘えるように、俺に笑いかけてくる。
イリヤは育ちがいいわりに、無邪気なところがある。テーブルマナーなどよりも、食事を楽しむことを優先するのだ。
「これで我慢しろ」
そう言って、タコ型に刻んだウィンナーをつまみ上げて、イリヤの口に押し込んでやる。
「うん♪」
……それが、まずかった。
朝食の席で、イリヤの第一声がこうだった。
「ねえ、シロウ。あのタコさんウィンナーがないよ」
「ああ……。アレは朝飯じゃないからな」
「じゃあ、お昼?」
「いや、アレは弁当なんだ。俺は今日、出かけるつもりだから、昼食は桜に頼むな」
「は、はい。それは構いませんけど、先輩は何処へ行くんですか?」
桜が尋ねてくる。
遠坂も口を挟んだ。
「士郎。ライダーは仲間になったけど、他にも敵はいるのよ。また、変なこと考えてないでしょうね?」
”また”……なのか? 俺のとる行動の全てが、”無茶で考え無し”みたいな言い方はやめてもらえないだろうか?
まあ、俺自身にも多少の自覚はあるので、ふたりを安心させておこう。
「大丈夫だよ。ずっと、セイバーと一緒だから」
「…………ずっと?」
「……セイバーさんと?」
遠坂と、桜が、俺の言葉に反応して、目を細める。
ふたりが視線でセイバーに問いかけた。
「はい。今日はシロウとデートの約束をしています」
セイバーがあっさりと肯定する。
「デートっ!?」
「デート……?」
よくわからないが、どうも、雰囲気が一変したような気がするぞ。
空気が肌にピリピリと痛い……。
なにがまずかったんだ? ……やはり、ウィンナーか?
イリヤも妙な視線で、俺やセイバーを見てくるし。
セイバーは、すました顔で食事を続けている。
が、残る二名がどうも危険だ。
笑顔に見えるが、単に顔が強ばっているだけのような……。
青筋が立っているように見えるのも見間違いではあるまい。
『5人目の客?』
食事を終えた頃、意外な訪問客がやってきた。
出迎えた俺が、玄関に見たのは……。
「ランサー!?」
俺の声を聞いて、ドタバタと居間にいた人間がかけつけた。
セイバー、遠坂、桜、イリヤ。さらに、霊体となっていた、アーチャー、バーサーカー、ライダーまで実体化する。
広めの玄関とはいえ、これでは身動きすることすら難しい。
現に、鎧姿となったセイバーは、剣の柄に手をかけたものの引き抜くこともできない。
「よう。ひさしぶりだな、坊主」
ランサーは気さくに声をかけてきた。
「なにをしに来たのですか、ランサー!?」
セイバーの視線がランサーを射抜く。
「そうにらむなよ。俺に敵対するつもりがあったら、この場で皆殺しだぜ?」
あっさりと言ってのける。
確かに、動けもしない俺達では、一撃で殺されてもおかしくはない。
「…………」
自らの間抜けさに、俺達は反論もできずにいる。
とりあえず、バーサーカーやアーチャー、ライダーには姿を消してもらった。
視認できるサーヴァントはセイバーのみだ。
「……それで、何の用なんだ?」
やや緊張をはらんだ俺の質問に、あっさりとランサーが答えた。
「べつに……、まあ、暇つぶしだな」