第3話 家庭の事情(4)

 

 

 

『VSライダー』

 

 

 

 ライダーの動きは速い。

 その敏捷性はランサーにわずかに劣る程度だろう。

 セイバーの動きはそこまで速くはない。だが、瞬速の太刀が、ライダーの攻撃を阻む。剣の速度において、セイバーを上回る者などいない。

 ライダーの通常武器は、鎖を結んだ短剣である。鞭のように振り回す短剣――それも二本。変幻自在とも言える攻撃を、セイバーの剣が弾き続ける。

 むこうの宝具については、すでにセイバーに伝えてあるし、俺は、問題なく倒せると思っていた。

 

 

 

 セイバーの攻撃を受けたためか、ライダーがその場にうずくまる。

 好機と見たセイバーが踏み込んで、ライダーの背に剣を振り下ろした。

 だが、ライダーはそのタイミングを見計らっていたのだ。

 すぐさま身を翻してセイバーから距離を取る。

 しかし、セイバーはそれを追えない。ライダーの鎖が足に絡みついているのだ。ライダーは、地面に短剣を突き刺して、これを狙っていたに違いない。

 ライダーは、セイバーから50メートルほど離れた。

 おそらく、彼女にとって、必要な、そして、十分な距離――。

 ライダーは、もう一本の短剣を、自らの首筋に突き刺した。

 鮮血が噴き出す。

 ライダーの眼前に、飛び散った紅い血が魔法陣を描き出した。

 ヤバイ!

「セイバー止めろ! 召喚させるな!」

 俺の声を待つまでもなく、セイバーが走る。

 だが――。

 間に合わない!

 魔法陣の中心に、向こうへの扉が開く。

 ぎょろりと、巨大な目がこちらを覗いた。

 駆け抜ける光の奔流。

 セイバーも、魔法陣の正面から、身をかわすので精一杯だった。

「くっ……!」

 駆け抜けたものが、上空へと舞い上がった。

 セイバーの視線が夜空に向けられる。

 そこには大きな翼を持つ、神秘の生物が羽ばたいていた。強大な魔力を秘めた、天馬である――。

 

 

 

 〜interlude〜

 

 

 

「馬鹿なっ!?」

 遠い夜空に浮かびあがる姿を見て、アーチャーが驚きを漏らす。

 遅れて見上げたわたしも、自分の目を疑ったくらいだ。

「あれが、ペガサス!?」

 わたしの記憶にあるライダーは、大した敵ではなかった。

 確かに、直接、戦ったことはないものの、状況的に言って人間に殺されたらしい。いかに不意打ちとはいえ、人間による一撃で倒されたのだ。

 マスターが慎二だったこともあり、とくに脅威を感じなかった。

 それが、どんなに甘い認識だったか思い知らされた。

 士郎からも天馬の話は聞いていたが、天馬自体はそんなにも強力な幻想種ではないはずなのだ。

 だが、あれは違いすぎた。

 おそらく、神話の時代から生き続けた個体なのだろう。まるで幻想種の頂点と言われる

『竜種』に近い。

 これほどの魔力を備えているとは想像もできなかった。

 彼女が生み出した物ではなく、召喚しただけの存在であれば、ライダー自身の魔力とはなんの関係もない。こういう事態だって考えられたはずなのだ……。

「アーチャー、急ぐわよ」

 あの敵では、セイバーですら苦戦しているはずだ。

「では、急ぐとしよう」

 そう口にしたアーチャーは、いきなりわたしの身体を両腕で抱き上げていた。

 お姫様だっこというヤツだ。

「ちょ、ちょっと!?」

「この方が速い。暴れれば、到着が遅れるぞ」

 その言葉に、わたしは仕方なく、彼の言うとおりにした。

 

 

 

『彼女のために』

 

 

 

 周りへの被害を考えて、セイバーは公園の中心に進み出た。

 彼女の周囲にあるのは、まばらに生える木々だけだ。だが、それは、身を隠すべきものが何もない状況でもある。

 彼女の判断は、最大の危機を呼び込むことになった。……いや、彼女はこうなることも覚悟の上で、その選択を行ったにちがいない。

 暗い公園に目立つその少女へ向かい、ライダーの駆るペガサスが急降下を開始する。

 さすがのセイバーも、受け止めることなど不可能だ。強大な魔力で守られた天馬は、神の鉄槌である。

 セイバーに許されるのは、ただ、かわすことだけだった。

 セイバーがかわし損ねるか、ライダーが天馬の騎乗をしくじるか。

 お互いのミスを待ち続ける過酷な消耗戦――。

「やれ、ライダー! まずはその女だ、手足一本残すなよ……!」

 慎二の声が聞こえた。

 やらせるものかっ!

 俺は夢中でセイバーのそばに駆け寄っていた。

「なっ!? シロウ、戻ってください!」

 そうはいかない!

 このままだと、彼女は宝具を解放するしかなくなる。俺の記憶にある彼女は、そのことから魔力が足りなくなり、危機的状況を迎えたのだ。

 俺は彼女を失いたくはない。魔力は少しでも温存させなければ――。

 俺ではセイバーの替わりに戦う事など不可能だ。だが、別なことならできる。

 敵を倒せる物を生み出せばいいのだ。

 俺の敵は己自身。自分の生み出したイメージ――。

 オレは、アーチャーから、そう諭されたはずだ。

 セイバーのための宝具を俺が準備できれば、彼女は魔力の消費を押さえることができる。相手こそ違えど、その方法で敵に打ち勝ったこともある。

 あのときと、同じだ。

「――トレース・オン(投影、開始)」

 あの剣を脳裏に思い浮かべる。

 夢で見た彼女の姿――草原に立つセイバーの手には黄金の剣があった。

 前回も投影に成功した、この剣。

 俺の右手に生み出された剣を見て、セイバーは驚きの声を上げた。

「……その剣はっ!?」

 黄金の剣――その名を、カリバーン。

 この剣こそが、彼女を王として歩ませることとなった、運命の剣である。

「シロウは、私の真名を知っているのですか?」

「ああ」

 セイバーの正体――それは誰もが耳にしたことのある有名な騎士王。円卓の騎士を束ねるアーサー王、その人であった。

 俺から渡されたカリバーンを手に、彼女が頷いてみせる。

 セイバーが失敗すれば、俺も死ぬ。

 だからこそ、彼女が失敗するはずがないのだ。

 セイバーは、天馬を仰ぎ見て、カリバーンに魔力を注ぎ込んでいく――。

 

 

 

『激突』

 

 

 

「やめろ、セイバー!」

 アーチャーの声が耳に届いた。

 こちらの戦いに気付いて、遠坂達が到着したらしい。

「それでは受けきれん。宝具を使え!」

 不吉な言葉を投げかけてくる。

「衛宮士郎! 貴様はセイバーを守りたいのではなかったのか? カリバーンでは無理だとわからないのか!?」

 無理? そんなはずはない。

 セイバーはカリバーンを手に、あのバーサーカーをも倒したのだから。

「ちっ……!」

 アーチャーは俺を説得するのを諦めたのか、舌打ちをしながら弓を構えた。

 ヤツが放った矢――。遠い距離があったのにも関わらず、俺にはその正体がわかった。螺旋剣・カラドボルグだ。

 その剣が、天空を駆ける天馬へと疾った。

 公園の上空で起こった強烈な爆発。

 並のサーヴァントならば一撃で倒せるはずの、聖剣そのものによる爆発だった。

 しかし――。

「そんな……」

 聞こえるはずのない遠坂のつぶやきが、聞こえた気がする。

 天馬の魔力はそれに耐えた。

 まったくの無傷だったのだ。

「アーチャーか……。この子の前では無駄なこと。まずはセイバーを仕留めてから、相手をしましょう」

 ライダーが黄金の縄を取り出した。

 あれは――?

 あれこそが、ライダーの宝具なのか? 宝具の正体は、天馬ではなく、天馬を強化するであろう、あの綱なのか!?

 ライダーは手にした宝具の名を口にする。

「ベルレフォーン(騎英の手綱)――!」

 空を駆ける天馬が、こちらへ舞い降りる。

 白く輝く、一条の彗星。

 その身に纏う魔力を武器と化し、迫り来る天馬。

 それを見据えて、セイバーは己の魔力をカリバーンに流し込む。

 構えた剣が、金色に輝き始める。

「カリバーン(勝利すべき黄金の剣)――!」

 セイバーの叫びにより、黄金の剣から光がほとばしった。

 白銀の彗星と、黄金の聖剣。

 闇を駆逐するほどの輝きが、激突する。

 ほとんどの威力を相殺されながらも、天馬は俺たちに迫った。

「はぁぁぁぁぁっ!」

 セイバーの気合いと共に、カリバーンからはさらなる魔力が放たれる。

 両者の力はほぼ互角。

 だが……。

 いまになって、俺にもアーチャーの言いたいことがわかった。

 いかに最強を誇るセイバーといえども、本来の宝具がなければ、最大の力は発揮できない。

 ……カリバーンでは、威力が足りないのか!?

 光の激突は、俺の視界を埋め尽くし、その一瞬、闇が消え去った――。

 

 

 

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