第3話 家庭の事情(3)
『衛宮道場』
さて、実際に慎二を探しに行くのは、夜になってからだ。
となると、日中は空くことになる。
前回は、まったく気にせず学校に通っていた。それは、聖杯戦争というアクシデントに、自分の生活を乱されるのがイヤだったコトもあり、つまらない意地とも言えるだろう。
しかし、セイバーから剣を習ったり、遠坂から魔術を習ったり、本来ならやるべきコトは山ほどある。――まあ、二度目となる今回は、遠坂から学ぶべきことは全部知っていた。しいて言えば、現在の身体の魔術回路を開くための薬をもらうぐらいだろうか?
それでいて、聖杯戦争の期日は短いのだから、前回の自分の行動を振り返ると、呆れるしかない。全ては今だからこそ言えることなのだが……。
単身で行動することも同様で、ふたりの女性が待ち受けるという地獄?――そう俺に教えたのは藤ねえだ――を覗くハメになるかもしれない。
よくも、前回は、無事に生き延びられたもんだ……。
それとも、俺が覚えていないだけで、何度も繰り返して、やっと上手くいっただけなのだろうか?
「セイバー、剣の練習をつきあってくれないか?」
「剣の練習ですか? シロウはマスターなのですから、むしろ、魔術の練習をすべきではないでしょうか?」
「それはわかってるけど、魔術なんて、簡単に腕があがるもんじゃないしな」
「それは剣も同様です」
むっとしてセイバーが応える。
「いや、剣を甘く見てるワケじゃないよ。俺は剣に慣れていないから、多少は進歩が早い気がするんだ。いざというときの心構えだけでも、身につけておくべきだろ?」
「……そうですね。貴方はもとより正規のマスターではありませんし、戦いの現実を知るためには、いいことなのかもしれません」
道場で、竹刀を手にした俺とセイバーが対峙する。
興味を持ったのか、遠坂やアーチャー、イリヤと、さらにはバーサーカーまで姿を見せた。
……バーサーカー一人で、道場が狭く感じてしまった。
「シロウ。準備はいいですね?」
「ああ」
そう答えたとたん、セイバーの竹刀が俺の小手を叩いた。
「始まった以上、気を緩めないでください」
「わ、悪い……」
だが、俺とセイバーの腕の差は、気の緩みがどうという次元のものではない。太刀筋を変えて、俺を追い詰めるセイバーに、俺の防御など、まるで役に立たない。
ほとんど、いいとこがないまま、俺は防戦一方で終わってしまう。
こういう時のセイバーは実に容赦がない。手を抜いた稽古では、実戦で役に立たないことを、よく知っているからだろう。
俺は、動けなくなるまでしごかれた。
「……シロウ。貴方は誰に剣を教わったのですか?」
セイバーが不思議そうに尋ねてきた。
「誰って……。なんでさ?」
「その……、不思議と私の太刀筋に似ていた部分があったものですから」
……そりゃあ、そうだ。俺の剣はセイバー直伝だもんな。レベルこそ格段に落ちるけど。
「まあ、昔はオヤジに習ってたけど、オヤジが死んでからはやってないし……、ほぼ我流かな」
あたりさわりの無いことを応えておく。
『セイバーVSアーチャー』
「ねえ、セイバー。士郎はもう身体が動きそうもないし、士郎に見せるための、試合なんてどう?」
そう言い出したのは遠坂だった。
「え? そうですね、見取り稽古というのも、上達には必要だと思いますが……。一体誰と誰が立ち会うというのです?」
「貴女と、アーチャーよ」
「私がアーチャーと……?」
「君は、突然、何を言い出すんだ?」
傍らのアーチャーが話を振られて驚いていた。
「いいじゃない。私もアンタがどこまでセイバーとやりあえるか見てみたいし」
アーチャーが一度だけ俺に視線を向け、遠坂に尋ねる。
「……本気なのか?」
「ええ。アーチャーの強いとこ見せてくれる?」
「やれやれ、困ったものだな。ワガママなマスターというものは」
呆れたようにつぶやきながらも、それ以上、反対するつもりはないようだ。
あいつ自身も、剣を交えたがっているのか……?
セイバーは両手で竹刀を構えている。
アーチャーは両手に二本の竹刀を構えた。
俺が道場の隅に腰を下ろすと、遠坂が隣に近寄ってきた。
「……?」
「士郎。アーチャーの動きをよく見てて」
「……アーチャーを? なんでさ?」
ただでさえ、俺はアーチャーとソリがあわない。そのアイツから何かを学びたいなど思えるはずがないのだ。
「きっと、勉強になるから」
「勉強って、俺はセイバーに剣を習ってるんだぞ?」
「あんたには、アーチャーの方が向いているのよ」
「なんだよ、それ? 剣技ならセイバーの方が上だろ? それなら、セイバーに習う方がいいに決まってる」
「馬鹿ね。アンタがセイバーに追いつけるわけないでしょ。ほら、……始まるわよ」
……じゃあ、アーチャーになら追いつけるっていうのか?
遠坂がなにを考えているのかさっぱりわからなかった。
しかし――。
セイバーとアーチャーの立ち合いを見ていて、遠坂が言いたいことがわかった気がした。
セイバーは確かに強すぎた。
その見切りは正確で、最小限の動きで敵の剣先をかわす。だが、それは、人が修練でたどり着けるものではなく、一言でいうと”才能”ということになる。
だが、アーチャーの場合は微妙に違う。アーチャーは相手の視線や予備動作を見て、次の動きを読む。それは、人が習得できる”技術”に思えた。
確かに、セイバーの間合いの取り方、剣さばき、どれを取っても一流だった。だが、あきらかに剣技に劣るはずのアーチャーは、確実にそれを受け流す。あの二刀は、剣技に劣るアーチャーが研鑽した独自のものなのだろう。
見惚れるようなセイバーの流麗な剣技よりも、それを凌ぎきるアーチャーの精緻な剣技に、俺は見入ってしまった。
『夜の遭遇』
夜――。
「探すと言っても、新都も広いからな……」
ため息を漏らす。
「仕方がありません。そう決めたのは、シロウ自身ではありませんか」
「わかってる」
しかし、実のところ、俺はこの捜索にあんまり熱心ではなかった。
なぜなら、前回の記憶では、セイバーはライダーに勝利したものの、魔力の大半を失ってしまい、倒れてしまったからだ。
今、俺たちが先に、ライダーを見つけてしまうと、同じ事態を再現することになりかねない。
ムシのいい話だったが、できれば、別れて捜索しているアーチャーたちに戦ってもらいたかった。アーチャーならば、遠坂と契約していることから、魔力の供給について、なんの心配もないからだ。
だが、残念ながら、そう美味い話はころがっていないようだった。
「きゃーっ!」
女性の悲鳴が、俺の耳に届いたのだ。
そこは、あの因縁の公園だった。
10年前の聖杯戦争が原因で、焼け野原となった場所。俺がオヤジと出会った場所でもある。
昼でもある一角だけは人通りがない。それは、この場所に呪いが残っているからなのだ。
人がいなくなることを望まれた場所――だからこそ、この場所には人気がないのだ……。
そんな、ここに、ふたりの女性が立っていた。
黒い装束の女が、気を失った女性の首筋に口をあてている。
つう、と。
滴り落ちる血の筋が、余りにも生々しい。
ライダーは、人から魔力を手に入れる手段として、血を吸っているのだろう。
そのライダーの傍らには、彼女のマスターである慎二の姿があった。
「衛宮? どうして、オマエがここにいるんだ?」
「オマエを探していたからだよ」
「僕を……?」
「シンジ。彼女はサーヴァントです」
セイバーを見たライダーが慎二に告げる。
「……ああ、なるほど、お前もマスターになったわけか」
……慎二はセイバーを知らないようだ。
遠坂とも検討したのだが、マスター全員が前回の記憶を持っているのではないのだろう。
もしも、そんな事があったら、サーヴァントととの契約を終えた時点で、俺達は襲われていてもおかしくない。
「それで、僕と組みたいってわけか? 考えてやってもいいぜ。衛宮がどうしてもって言うならな」
「いや。俺はオマエと組むつもりはない」
「無理するなよ。僕はオマエと違って、魔術師の一族だしね。正直に、僕の仲間になりたいって、お願いしてみろよ」
「断る。すでに遠坂と組んでるからな」
「遠坂……だって?」
その名を聞いて、急に慎二の敵意が増した。
「そんなことより、慎二。学校の結界をすぐに外せ」
「……おいおい。なにを言ってるんだ? 僕があんな事をするような男に見えるのか?」
慎二は、平然と口にした。
そうか。慎二はそういうヤツだったのか……。
「見えるよ」
「……っ!? ふざけるな! 僕じゃないって言ってるんだ!」
「そっちこそ、言い逃れはやめろ。俺だって、二度も騙されるつもりはないんだ」
「二度? なんのことだ?」
「どうしても、とぼけるというなら、力づくで解除させるぞ」
「僕が否定しているというのに、初めから信じるつもりがないわけか? 結局は暴力に訴えるんだから、偽善だね」
「そういうことを言えるのは、本当に無実の人間だけだ」
慎二が顔を歪ませて、奥歯を噛みしめる。
「ずいぶんと、偉そうじゃないか。力づくならどうにかできると思っているのか?」
「ああ」
「オマエのサーヴァントが、僕のライダーに勝てるって? 僕は魔術師の家に生まれたんだぜ。お前なんかとは、血統自体が違うんだよ」
慎二が薄情に笑う。
「後回しにするつもりだったけどね……、まあいい。ライダー、あいつのサーヴァントを殺してやれ。アイツはサーヴァントが傷つけば、きっと泣くんだぜ」
そう言って、俺を嘲笑する。
アイツの言葉はきっと正しい。セイバーが倒れれば、俺は泣くだろう。
だが、そういう言葉を、アイツはライダーに聞かせるのか? アイツ自身にとって、ライダーは道具に過ぎないのか……。
ライダーが、進み出る。
「セイバー、マスターの命により、貴女を倒します」
「やってみるがいい。それよりも先に、貴女とマスターを切り伏せて見せよう」
二人の女性が同時に動いた。