第3話 家庭の事情(2)
『人質の有効性』
奇妙な緊張感をはらんだ朝食がやっと終わると、俺は遠坂に呼びつけられた。ふたりだけで話がしたいらしい。
「……士郎は、初めに何をするつもり? どこから、手をつける気なの?」
そう問いかけてきた。
「そうだな……」
記憶をたどってみる。
「慎二……かな。確実に止められそうなのは、アイツだけだし……。学校のみんなを、犠牲にするわけにはいかないからな」
「ま、そうなるわよね。じゃあ、当面の敵は、慎二とライダーよ」
「なんだ。遠坂もそのつもりだったのか?」
「ええ。それで、桜のことなんだけど……」
「判ってる。なんとか断ってみるよ」
「違うわ」
「違う?」
「もしかしたら、桜をここにおいた方がいいかもしれない」
「なんでさ?」
さっきまで、それが原因で桜ともめていたはずなのに。
「どうしたって、この家は戦場になるぞ。俺は、あいつを巻き込むのだけは避けたいんだ」
「気持ちは分かるけど、ライダーを倒すまでは、そうするべきよ」
「ライダー? どうして、ライダーが関係するんだ?」
「第三者が見れば、慎二に対して、わたしたちが人質をとったみたいになるけど……」
「おい。俺はそんなマネしないからな」
「わかってるわよ。わたしもそんなつもりないし。……だけど、慎二は違うわ」
「え?」
「だから、逆に慎二の方には、桜を人質に取る理由があるんじゃない? そうなったら、わたしはまだしも、アンタなんか、慎二に逆らえっこないでしょ? だから、せめて、慎二がリタイアするまでは、こっちで預かった方がいいと思うわ」
「…………」
慎二がそこまでするとは思いたくないが……。
「士郎がどう思うかじゃなく、これは、桜のためなんだからね」
「……わかった」
『もう一人の襲来』
この事を告げると、桜がほっと胸をなで下ろした。
俺もこれで、一安心だと思ったのだが……。
そう……。俺はもうひとつの障害を忘れていたのだ。
「なによ、士郎っ! なんでこんなにモテモテなのよっ!」
食卓の状況を見て叫びだしたのは、藤ねえである。
まあ、朝食の場に女の子が何人もいたら、驚くのも無理はない。
「モテモテって……。なに、バカなこと言ってんだ?」
呆れた俺に、遠坂も桜も非難の視線を向けてきた。
ふたりとも、何が不満なんだ?
「だから、いろいろ事情があるんだよ」
つい先ほど、桜を説得した事情を、改めて説明するが……。
「ダメったら、ダメなんだからーっ! お姉ちゃんの目が黒いうちは、18禁ゲームみたいな事は、絶対に許しませんっ!」
なんだよ18禁って……。
「心配しなくても、そんな事になるわけないだろ」
俺が懸命に説得しているというのに、遠坂も桜も俺をにらむ。ふたりとも、俺に協力する気はないのか?
「桜も泊まるんだし、俺だってちゃんと自制するよ」
「桜ちゃんが?」
「は、……はい。先輩だけだと、大変そうだと思って」
その言葉を聞いて、藤ねえは腕を組んだ。
むーっ、と何かを考えたかと思うと、にっ、と笑う。
「わーっ、楽しそうーっ! じゃあ、わたしも泊まるー!」
…………!?
一拍の間をおいて、
「ダメだ!」と俺。
「ダメよ!」と遠坂。
「ダメです!」と桜。
「絶対、ダメっ!」とイリヤ。
ちなみに、セイバーはのんびりとお茶をすすっている。
「そんな、……桜ちゃんまで、わたしをのけ者にするなんて……」
目尻に涙を浮かべ、藤ねえが肩を震わせる。
まあ、事情を知っている俺達は別としても、桜までが反対したのには俺も驚いた。
「えーんっ!」
うわっ!
ホントに泣き出しやがった!?
「バカ! 教師がそんなしょーもないことで泣くな!」
「しょーもなくなんてないもん! 士郎や桜ちゃんに仲間はずれにされたんだからーっ!」
「まったく……」
俺と桜がお互いを見る。
藤ねえの様子に、どうしても笑顔がこぼれる。
さっきの桜じゃないが、すでに俺達は家族なのだ。
他の人間が納得しなくても、俺達自身がそう感じていれば、それでいい。
「藤村先生。そんなつもりで言ったんじゃないんです」
「ああ。桜の言うとおりだ。だけど、今回だけ。頼むから、二週間だけ許してくれよ」
「……ぐすっ」
涙をぬぐいながら、俺達を見る。
「二週間……?」
「ああ」
「…………」
さっきまでとは全く違う目で、藤ねえが俺を見る。
「……なにさ?」
「無茶なこと……しない?」
「え? しないよ」
「ホントに……?」
「ああ。ホントだ」
「士郎。……士郎に何かあったら、わたし、何をするかわからないわよ」
「な、なんだよ、いきなり!?」
「わたしにバカなことさせたくなかったら、無茶なことはしないで。いいわね?」
「バカなことって、なんだよ?」
呆れ顔の俺に、藤ねえが説明した。
「例えば……、士郎がひどい目にあったら、わたしが仕返ししてあげる。もしも、士郎がどこかへ行っちゃったら、わたしはどこまでも追いかけるんだから」
そこにいるのは、俺の保護者である一人の女性だった。
「……わかった。うん。わかったよ」
今の藤ねえの言葉は俺に対する脅しなのだろう。
俺になんらかの事情があって、命の危険があることも察しているのではないだろうか? 俺にもしもの事があったら、復讐や自殺をほのめかしているのだ。
藤ねえの意外性は、俺の想像を越える。どこで、何をつかんでくるか判らないし、本気で聖杯戦争へ介入しかねない。
俺自身の命だけならまだしも、他人の、いや、藤ねえを巻き込むことはできない。
藤ねえの申し出は、実に俺の急所を突いていた。
俺の返答を聞いて、藤ねえは納得したように頷いた。
「そ? だったら、邪魔しないであげるわ」
「俺が聞くのも、何だけど……、ホントにいいの?」
「うん。だって、士郎は約束を守るもんね。それに、士郎が決心したら、絶対に最後までやり遂げると思うから」
うんうん。と頷いている。
なんか、自分の思いや行動が、全部把握されている気がする。
やはりつきあいが長いせいだろうか? 藤ねえにはかなわないと思った。
遠坂や桜はなぜか悔しそうに見えたが、まあ、思い過ごしだろう。
朝食を終えて、学校に向かう藤ねえに、二週間学校を休むことを告げたが、あっさりと許可が取れてしまった。
「なんで?」
「士郎のこと信用してるもん。……ただし、条件はさっき言った通りよ。無茶はしないこと……」
「わかってる」
正直に言えば、きっと俺は無茶をするだろう。
だけど、藤ねえの言葉が耳に残っていれば、少しでも生き延びることができるように思えた――。
『作戦会議』
「ヘタに登校して、アイツを刺激するとまずいものね」
小声で話しかけてきた遠坂に、俺も頷いてみせる。
「ああ。自分が強くなったと思ってるだけに、始末に負えないからな」
「そうよね。アイツ自身は一つも変わってないのに、力だけは手に入れたんだもの。なんとかに刃物って言葉にぴったりだわ」
「慎二を挑発しないことで、学校の結界はしばらく大丈夫としても、慎二自身かライダーはどうにかしないとな」
「学校で、アイツに接触するのはまずいわよね……。いつでも結界を発動できるわけだし」
「でも、学校以外だと、ヤツの行動がわからないぞ。尾行でもするのか?」
「それも面倒だし……。そうだ」
遠坂は、見かけた桜に話しかける。
「慎二は今日、何やってるの?」
「……え? 兄さんの予定ですか? 今日は新都に遊びに行って、遅くなるらしいですけど……」
不思議そうに、それでも桜が答えてくれた。
「そう、ありがと。助かったわ」
「あ、あの……」
聞きたいことだけ聞いて、遠坂が戻ってくる。
「聞いた、士郎?」
「ああ」
「今夜、決行よ」
「わかった」
俺が頷いてみせる。