第3話 家庭の事情(1)

 

 

 

『王の誕生』

 

 

 

 夢を見た――。

 王となることを誓った少女の夢だ。

 王家に生を受けながらも、女であったがために、彼女は他の家に預けられた。

 蛮族の脅威にさらされ、騒乱の絶えない、彼女の祖国。

 そんな状況で、国民は新たなる王を望んだ。

 岩に突き刺さった剣――。

 その剣を引き抜いた人間こそが、新たなる王となる。

 少女はその剣に誓った。

 国のために、自分の人生を捧げると……。

 民のために、己の身命を賭けると……。

 その少女は、剣に認められて、新たなる王となった――。

 

 

 

 そこで、目を覚ました。

 彼女は、少女としての人生を犠牲にして、王となった。そんな彼女に訪れる結末が、決して明るくはないことを俺は知っている。

 彼女のために、今の俺にできることはないのか……?

 ある。

 ……とりあえずは、朝飯の準備だった。

 

 

 

『朝の風景』

 

 

 

 朝食の準備を始める。

 テーブルには一人の少女だけが早くも席に着いていた。

 ……セイバーである。

 俺が台所に入って調理を始めたのに気付き、すぐさま席に座ったのだ。

 目をつむり、正座をして、ピンと背筋を伸ばしているそのたたずまい。それは、まさに有数の剣士のものだ。

 ただ、たまに薄目を開けて、あたりの様子をうかがっている。

 勝手な推測をするなら、食卓に着くべき人間が、集まるのを待ちかねているのではないだろうか?

 遠坂もイリヤも、昨晩この家に泊まっている。前回もそうだったし、わざわざ断る必要もなかったからだ。別行動を取るよりは、遙かに安全だろうし。

 まだ朝食の準備は終わってないが、イリヤが居間へ姿を見せた。

「遅いですよ」

 静かな声で、セイバーが声をかける。

「えーっ!? 遅くなんかないもん。セイバーが早すぎるだけじゃない!」

「早すぎるわけではありません。私はただ、美味しいものは、美味しいうちに味わうべきだと、考えているだけです」

 ……なるほど。それがセイバーの主張か。

 ピンポーン、とチャイムの音がした。

 おっと、桜が来たようだ。

 玄関に顔を出して彼女を出迎える。

「おはよう、桜。今日も早いな」

 桜は俺がつけたままのエプロンに目を止めた。

「あ……、もう、先輩が料理を始めちゃったんですか? 残念ですけど、私は食べるだけにしますね」

 桜は食べることよりも、料理をすることの方が嬉しいらしい。

 うちの女性陣に聞かせてやりたいものだ。まあ、遠坂も料理は得意だったようだが……。

 ……?

 待てよ……。

 そんなことより……、ヤバイんじゃないのか?

 桜を家にあげるのはまずいぞ!

 前回は、遠坂ひとりだけでも、桜と藤ねえが大騒ぎしたのだ。そのうえ、今回は遠坂とセイバーだけではなく、さらにイリヤまでいるのだ。

 当然、説得も難しくなるだろう。

「どうしたんですか、先輩?」

 桜が近い距離で俺の顔を覗き込んできた。

「な、なんでもないよ。……桜は、弓道部の方はいいのか?」

「え? はい。いつもと同じ時間ですから、朝食を食べてからでも間に合います」

 そうか……。間に合うのか……。

 そんな事を考えていると、

「シロウ。鍋が沸騰しているようですが?」

 とたとたと、セイバーが姿を見せる。

「と、まずい! あっ、桜、この娘はセイバーといって、しばらく家で面倒見るから」

 何気ない態度を装いつつ、

「あ、あの、先輩……」

 桜から逃げるように、俺は台所に向かった。

 

 

 

 ちょっと、台所にかかりっきりになっていると、食卓には、セイバーと並んで桜も腰を下ろした。

 桜の様子が気になっていたのだが、どうも、セイバーとは自己紹介なども済ませて、とくに問題も起きていないようだった。

 

 

 

『領有権の問題』

 

 

 

 前回の例を参考にして、遠坂は家を改装するための下宿、セイバーは俺のオヤジを訪ねてきたことになっている。イリヤもオヤジの客と説明しておいた。

 桜は、拍子抜けするぐらい、あっさりと受け入れた。

 ただし、問題はその後だ。

「でしたら、わたしもお邪魔させてください」

 …………は!?

「な、……なんで?」

「皆さんは、初めてこちらにお邪魔するんでしょう? 先輩ひとりだと大変でしょうし、女手があった方がいいと思います」

「ダメだ。絶対にダメ!」

 俺とセイバーどころか、この家の全員が聖杯戦争に関わっている。無関係の人間をおいておくには、あまりに危険すぎた。

「そんなの、不公平です。みんなはいいのに、わたしだけがダメだなんて」

 桜は悲しそうに俺を見つめてきた。

「わたしは先輩や藤村先生に、家族だと認めてもらえたつもりです。……それは、わたしの勘違いだったんでしょうか?」

 くっ……。そういうところを攻め込んでくるのは卑怯じゃないか!?

「その……、年頃の女の子が、若い男のいる家に泊まるのはまずいだろ?」

「それは、遠坂先輩だって同じはずです」

「遠坂はいいんだよ。間違いなんて起きるはずないんだから」

「ちょっと、それはどういう意味!?」

 俺を援護するべきはずの遠坂が、絡んでくる。

「……? 俺がお前に迫るなんてありえないだろ?」

「なんですって!?」

「だって、お前に無理矢理迫ったら、俺はどんなメにあわされるんだ? 怖くてできやしないよ」

 こういえば、遠坂も妙な心配をせずにすむだろう、と考えたのだが、どうもこれはまずかったらしい。

「勝手なこと言わないでよ! 人の気も知らないで!」

「お、おい……」

 あまりの剣幕に驚いた。

「落ち着けよ、遠坂。いまは、桜の話をしてるんだから」

 むーっ、とまだ言い足りないのか、俺をにらみつけるものの、とりあえず口は閉じてくれた。

「それで、その、俺がふらふらと桜に迫ったりしたらまずいし……」

 情けない例をあげて、桜を説得しようとするが……。

「先輩はそんな不誠実なことはしませんよ」

 なんて、桜はあっさりと断言する。

 信用してもらえるのは、嬉しいが、やはり、万一ということもあるわけで……。

「わたしは先輩を信じていますから。……それに、それでも構いませんし」

 そう続けて、にっこりと微笑んだ。

「……え? って、俺が迫ってもいい!?」

 それは、その……、なんて言えばいいんだ?

「う……、あ……」

 その意味を考えて、思わず赤くなってしまう。

「桜。からかうのはやめなさいよ。コイツはそういうのに、慣れてないんだから」

 遠坂が助け船を出してくれた。

「遠坂先輩に言われるまでもなく、わたしの方がよく知っています」

 軽く返した桜の言葉に、遠坂がむっとなる。

 桜がさらに続ける。

「たとえ、先輩を知ったのが同じ頃だとしても、わたしは遠坂先輩と違って、ずっと長く先輩とつきあっているんです。それに、わたしはからかったつもりもありません」

 桜がすまして応える。

「つきあいねぇ……」

 遠坂が、意地悪な視線を桜に向けた。

「でも、それは家族としてのつきあいよね? それは自慢できることなのかしら?」

「アカの他人である遠坂先輩よりは、遥かにマシです」

 その言葉に、遠坂が悔しそうににらみ返す。

「……そんなこと言って、桜はどれだけ士郎の事を考えているって言うのよ? これからの士郎に何をしてあげられるか、なんて考えたことがあるの?」

 などと口にした。

 そういうお前は、これから俺に何をするつもりなんだ? オモチャにされるのだけはゴメンなんだが……。

「ねっ……、遠坂先輩にだけは言われたくありません!」

 桜の声も硬くなった。

 なぜだ……?

 どうして、こんなにも急激に、遠坂と桜が対立する事態に陥るんだ?

 俺を困惑させるこの状況で、救いの神となったのはセイバーであった。

「凛。それに、桜。話は長くなりそうなので、全ては食事の後にしてもらいましょう!」

 有無を言わせぬ、セイバーの迫力が、遠坂と桜の口論を断ち切った。

 まさに、王者の威厳……と言えるのか?

 

 

 

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