第2話 聖杯戦争、再び(4)
『訪問者達』
俺の家に、二組の客を招き入れた。
遠坂とアーチャー。
イリヤとバーサーカー。
本来は敵であるはずの人間を自分の本拠地へ入れるのだから、セイバーは当然の如く反対した。
「シロウ、他のマスターやサーヴァントを家に招くのは危険です」
「そうは言っても、……二人とも、この家をもう知ってるからなぁ。それに、俺達は戦うつもりなんてないんだ」
視線をその二人に向ける。
「ええ、心配しなくてもいいわよ、セイバー。これから、仲良くしましょ」
「よろしくね。セイバー」
遠坂もイリヤも、セイバーに気安く声をかけた。
「ほら、な?」
セイバーに同意を求めるが、セイバーは俺を見てため息を漏らした。
「どうして、貴方はそんなにも、無防備なのです?」
「言っても無駄よ、セイバー。何度言ってもこいつの甘さは治らないもの」
遠坂に指摘されて、俺は憮然となる。
セイバーは、すべて俺が悪いとでも言うように、俺をにらみつけてきた。
仕方がないだろ。これが俺なんだし……。
遠坂は勝手知ったる他人の家とばかり、ずかずかと入り込む。まあ、遠坂は遠坂で、この家で生活した記憶があるらしく、この家のことも知っているらしい。
セイバーはいまだに険しい視線を俺に向けている。
「じゃあ、スパゲッティでも作るから、それで許してくれよ」
「シロウ! 貴方は私を侮辱するつもりですか? どうして、私が食料ごときで意見を覆すなどと思えるのです!? それは、ひどい侮辱です。いかにマスターといえども、許せません!」
ギロリと俺をにらむ。どうやら、本気で怒っているようだ。
なるほど……。
いまのセイバーは、俺の作った食事を食べたことがないんだった。料理と聞いても、自分が暮らしていた当時のものしか思い浮かばないのだろう。
「じゃあ、ちょっと待ってろ。夜も遅いし、軽く夜食でも作るから。話はそれからだ……」
『食卓にて』
俺が大皿一杯に用意したのは、スパゲッティ・カルボナーラ。
卵の黄身と生クリームを混ぜたソース。ベーコンにブラックペッパー。材料自体は単純なものしか使っていないが、自慢の一品である。
まあ、俺の得意な分野は和食だけど、洋食の腕も悪くはないのだ。
パスタをそれぞれの皿に取り分ける。夜食にしては多く作りすぎたかもしれないが、まあ、明日に残しておいても構わないだろう。
「いけるじゃない」
「やっぱりシロウの料理は美味しいわね」
遠坂もイリヤも喜んでくれた。二人には前回の記憶もあるので、当然といった態度である。
肝心のセイバーはというと、言葉を発することも忘れて、真剣にスパゲッティを食べている。食べる時にパスタが跳ねたのか、頬にソースが付いているのもおかまいなしだ。
真っ先に自分の皿を空にしたセイバーは、感嘆を込めた視線を俺に向ける。
そこへ、俺は話を切り出した。
「この二人、それに二人のサーヴァントも家におきたいんだけど、いいかな?」
「くっ……」
俺が問いかけると、セイバーは視線を伏せて、己の思考をたどる。なにやら、苦渋の選択を迫られているようで、葛藤を続けている。
数分間悩んだ彼女は、こう口にした。
「……私としては不本意ですが、マスターがどうしてもというのならば、従うしかありません……」
了承したと考えてよさそうだ。
一安心している俺に向けて、セイバーは皿を持ち上げて差し出してきた。
「アレ? もう食べないのか?」
「馬鹿なことを言わないでください! まだ、そこに残っているではありませんかっ!」
その時の彼女の怒りようは、先ほどのそれを凌駕していた。
「あ、ああ、そうだよな……。おかわりってことか」
「もちろんです」
俺の言葉を聞いて、満足そうにセイバーが頷いた。
『近況報告』
居間に残ったのは、俺と遠坂だけだった。
イリヤ自身には戦う意志があったものの、俺は彼女に殺し合いをさせたくなかったのだ。
「わたしなら、いいわけ?」
扱いの差が気になったのか、遠坂が不満そうに俺をにらむ。
「だって、遠坂は放っておいても戦うだろうし、それなら、俺に止められるわけないもんな」
「…………っ!」
俺の言葉を聞いて、遠坂は不満そうに頬を膨らませたものの、反論するのは諦めたようだ。
「遠坂なら頼りになるし、これからも俺を助けてくれよ」
「……わかってるわよ、アンタが手のかかる半人前だって事は。つきあえばいいんでしょ?」
そんな憎まれ口を叩いたものの、遠坂は頬を染めている。たぶん、さっきの俺の言葉に照れているんだろう。
「さて、と……」
遠坂の表情が真剣なものになる。
「じゃあ、お互いの情報を整理するわよ……」
先ほど判明したように、俺達が持っているこれからの記憶は、同じ物ではないらしい。なぜか、その内容に食い違いがあるのだ。
そこで、俺達は、初めにお互いの記憶を照合することにした。
遠坂が説明したのは、次のような内容だった。
ライダーが早々と倒されて、キャスターやアサシンが強敵だったこと。バーサーカーが敗れたこと。そして、ギルガメッシュとの戦い。
その途中で、俺は何度か質問をしたのだが、なぜか遠坂は話をそらして、正確に語ろうとしない。
……俺に知られて、まずいことなんてあるのか?
「さあ、今度はアンタの番よ」
促されて、俺も説明を始めた。
ライダーや、バーサーカーと戦ったこと。そして、キャスターが死んだ経緯と、ギルガメッシュや言峰と対決したことを。
今度は俺の方が、いろいろと話をぼかした。セイバーとの関係など、ノロケてるようで恥ずかしかった、という事情もある。
「士郎は、なにが原因だと思う……?」
遠坂が眉根をひそめる。
「さあ……。そもそも、どういう状況なのかもわからないしな」
「なにが?」
「だから、これは未来を知ったと言えるのかな? それとも、過去に戻ったんだろうか?」
「そうね……。私たちの知っている記憶と、すでに違いがある以上、予知とは違うわ。それに、予知だというなら、私たちは同じ記憶を持っていないと、おかしいじゃない……」
「それもそうか……」
「おそらく……、わたしたちは、それぞれ違う時間軸から、時間を遡ったんじゃない?」
「未来における無限の可能性の中で、別な未来から、タイムスリップをしたってことか?」
「ええ。と言っても、戻ったのは精神だけで、肉体とか道具は戻ってないみたいね」
時間の逆行か……。
「なによ?」
「……え?」
「なんか、ヘンな顔してたわよ」
「いや、……皮肉だと思ってさ。前回、言峰に言われたんだよ。聖杯ならば、十年前の事故を消し去ることができるぞ、って。いままでの、苦しみや、悲しみを、全て無かったことにできるって」
「士郎は……、なんて、答えたの?」
「断ったよ。どんなに辛いことだって、その後、歩き続けた事の全てを捨てることなんてできないもんな。苦しくても、悲しくても、それでも自分が選んだ道だから……」
「…………」
俺に向けていた視線をそらし、遠坂はどこか遠い目で何かを見つめる。
「セイバーも俺の想いをわかってくれたはずだ。それなのに、その俺が時間を遡るなんてな……」
「本当に皮肉ね……」
「ああ。それに、俺が想いを共有したセイバーはもういない。時間を取り戻すってことは、失敗をやり直せるかわりに、手に入れたものまで失うことなんだろうな……」
「……そうね。きっと、そうなんだわ」
遠坂が苦しげな表情を浮かべて、俺の言葉に頷いた。
それでも、俺はセイバーとまた会えたんだから、まあ、いいことだってあったわけだ……。
俺の話で暗くなった遠坂に、せめて、明るそうな話題をふってみる。
「でも、俺達が別な時間から戻ってきたのは、考えようによっては、幸運だったのかもな」
「なんですって!?」
遠坂は、なぜか怒りを含んだ視線を俺に向けきた。
「え……? だ、だって、俺たちが違う記憶を持っているということは、お互いが知らなかった情報を手に入れられるじゃないか」
そう告げると、
「…………」
遠坂は辛そうに視線を伏せる。まるで泣き顔に思えて、俺は胸が痛くなった。
「ど、どうしたんだよ?」
アーチャーが死んだ時も、だからこそ、立ち向かうことを選択した遠坂――。
確かに、彼女も一人の女の子なのは知っている。しかし、彼女は他人の前でこんな表情を見せたりはしないはずだ。
「なにか、その……、悲しいことでもあったのか?」
俺は、そう声をかけてみるが、遠坂は俺の顔を見ようともしない。
「なんでもないわ。どうせ……、アンタには、関係のないことなんだから……」
…………。
俺では遠坂の力になれないのだろうか……?
そう感じるのは、ひどく悲しかった。