第2話 聖杯戦争、再び(2)
『最後の予定』
ランサーが去り、俺とセイバー、遠坂とアーチャーがこの場に残った。
セイバーはアーチャーを警戒している。彼女にとって、初対面のアーチャーは、敵か味方か判別できないのだから仕方がない。
だが、アーチャーの方にはその緊張が見られなかった。前回、遠坂が口にしたとおり、セイバーが知らないだけで、セイバーにゆかりのある騎士なのだろう。
「遠坂……、この後、どうする? 前回の記憶をたどるなら、これから教会に行ったはずだけど……?」
そう尋ねてみる。
「どうするも、こうするも、アイツに会いに行くのなんて、ごめんだわ」
遠坂が吐き捨てる。
「……そうだな」
俺も頷いた。
教会にいる人物――それこそ、言峰綺礼である。
本来はこの聖杯戦争の監督官であり、中立の立場から見守るはずの人間だった。
ところが、ヤツはランサーのマスターとして、聖杯戦争に関わっている。この聖杯戦争の黒幕と言っても差し支えないだろう。
はっきり言えば、俺にとって倒すべき敵である。その理由も一つや二つではなかった。
遠坂にとっても、表面上は兄弟子にあたるものの、ヤツが敵であることに違いはない。
真っ先に倒したいところだったが、ヤツは、最強の切り札まで握っているのだ。現状で戦いを挑むのは危険すぎる。
七人目のマスターとなったことを教会へ報告しなければならないのだが、俺たちは無視することに決めた。
「じゃあ、アンタの家に行きましょ。いろいろと、話したいこともあるし……」
「ああ……」
頷きかけて、そのことに思い至った。
「そうだ。その前に、ちょっと、行きたいところがあるんだ」
「行きたいって、何処へよ?」
「何処っていうか、会いたい人がいるんだけど」
「会いたい人?」
俺たちはある交差点で人を待っていた。
「本気で仲間にできると思ってるわけ?」
「ああ」
遠坂の質問に、俺は頷いてみせる。
「というか、……仲間だったろ?」
「……どこが?」
呆れたように、遠坂が尋ねてくる。
「なんだよ。まだ、反対なのか?」
前回、一人ぼっちになった彼女を俺は家に連れ帰った。その時、セイバーも遠坂も頑強に反対したのだ。一応は承諾してくれたはずだったが、本心では納得していなかったということなのだろうか?
「反対ってわけじゃないけど……。あの子、士郎に何をするかわからないわよ」
「それも知ってるけど。たぶん、大丈夫だよ」
「……なんで、アンタはそんなに簡単に信用できるわけ?」
「なんでって、人に信用してもらうってのは、そういうことだろ?」
「…………」
「相手が裏切るかもしれないって考えていたら、とても信用なんてできないし。こっちが信用しないのに、信用してもらおうって方がおかしいんだ。遠坂だって、俺の信頼に応えてくれたじゃないか?」
「……だから、そういうまっすぐな発言はやめてってば……」
言いながら、遠坂は照れくさそうに身じろぎする。
聖杯戦争が始まってから、俺がよく知ることになった、素の遠坂だった。
『最強の敵』
目的の人物はすぐにやってきた。前回とは逆で、俺たちが彼女を待っていたのだ。
「……そう。シロウはリンと組んだんだ」
俺たちを目にした少女がつぶやいた。
「ああ」
俺は彼女に頷いてみせる。
数日前に、俺に向かって「死んじゃえ!」と言い残した少女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。
「だから……」
話しかけようとした俺の言葉をふさぐように、
「シロウなんか嫌いだ!」
イリヤの背後に、アーチャーより二回りも巨体の男が出現する。
バーサーカー――それは破壊力に特化したサーヴァントだ。
イリヤに従うバーサーカーの強さがどれだけのものか、俺自身がイヤになるほどよく知っていた。
「ちょっと! わたし達四人を相手に戦おうっていうの!?」
「うるさい! この前のようにはいかないんだから!」
イリヤが後ろの巨人を振り向いた。
「バーサーカー、アーチャーを自由にさせちゃダメよ! 宝具を使用する前に殺すの!」
……なるほど、前回、バーサーカーを文字通り半分殺してみせたアーチャーを警戒しているようだ。
「やっちゃえ、バーサーカー!」
イリヤの命じるまま、バーサーカーが進み出る。
セイバーとアーチャー。
その二人を相手に猛攻を繰り返すバーサーカー。
その攻撃を直接受けることは、いかにサーヴァントといえども耐えきれるものではない。
二人のサーヴァントも戦闘の専門家だ。
直接、迎え撃つ愚を避けて、遮蔽物の多い場所へバーサーカーを誘い込んだ。
それは近くにある外人墓地であった。
破壊音。怒号。剣を打ち合う音。
その様を目撃しなくとも、音だけでもその激しさを感じさせる。
それは、巻き込まれた人間を瞬時にして殺す、災厄の嵐であった……。
戦況を眺めていた俺に、遠坂が話しかけてきた。
「士郎。気を付けてよ……」
「なにをさ?」
「アーチャーもセイバーも、バーサーカー相手で、手がいっぱいよ。とても、こちらの援護は期待できないわ」
「援護……だって?」
遠坂があごで差した方向に、イリヤの姿があった。
「そうよね、リン。貴女とシロウじゃ、わたしには勝てっこないもの」
イリヤの冷たい瞳がこちらに向けられた。
「本気で、俺たちと戦う気なのか?」
「だって……、二人はわたしの敵なんでしょ?」
一瞬だけ、イリヤが悲しそうに視線を伏せる。
「いきなり襲ってきて、よく言うわね!」
いきりたつ遠坂を押しとどめて、俺が声をかけた。
「イリヤ。俺の妹になるんじゃないのか?」
「シロウ……?」
イリヤの視線が揺れる。
「この前、私のこと知らないって……。それなのに、シロウはリンと一緒に……」
「俺が前の記憶を手に入れたのは、ついさっきなんだ。令呪が浮かび出てから、やっと、記憶が戻ったんだ」
「…………」
「イリヤ。俺の家に一緒に帰ろう」
俺はイリヤに右手を差し出す。
その手をじっと見ていたイリヤは、歩み寄ってくると、おずおずと右手を伸ばした。
かすかに指先を触れ合わせて、俺の顔を伺う。
「一緒に帰るからな」
そう告げると、イリヤが、うつむいた。
いや……、もう一度、イリヤが頷いて見せた。
「……シロウっ!」
俺の名を呼んで俺の身体に抱きついてきた。
「あああああぁぁぁんっ!」
驚いたことに、イリヤは大声で泣き出したのだ。
俺は、その小さな身体をぎゅっと抱きしめてやる。
彼女の気が済むまで、好きなだけ泣かせてやった……。