第2話 聖杯戦争、再び(1)

 

 

 

『再会』

 

 

 

「……どういうつもりでしょうか?」

 俺が抱きしめていた少女が、無感動な声を発した。

 見ると、至近距離にいるセイバーが戸惑い顔を浮かべていた。

「セイバー……?」

「いきなり、抱きつくなど無礼でしょう」

 無表情に告げる。

「……俺を……覚えていないのか?」

「初対面だと思いますが……? それとも前回の聖杯戦争で、会ったのでしょうか?」

「前回……? それは、いつの事なんだ?」

「いえ……なんでもありません」

 セイバーが首を振る。

 セイバーは俺の事を覚えていない。……となると、彼女が口にしたのは、10年前に行われた聖杯戦争の事なのだろう。

「…………」

 自分に起きた事態がどういうものかは判らない。

 時間が戻ったのか、未来を知ってしまったのか……。だが、セイバーにはその記憶がないようだった。

 俺が、あんなにも愛したセイバー。

 彼女はそのセイバーと同一人物ではあるものの、俺を愛するようになる前のセイバーなのだ。

 俺自身の戸惑いが気になったのか、セイバーの方からも尋ねてきた。

「マスターは私がサーヴァントでは不満なのでしょうか?」

「……いや、とんでもない。俺のサーヴァントはセイバーだけだ」

 そう告げる。

 たとえ、俺との記憶を持っていなくても、俺のサーヴァントはセイバーしか考えられない。

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 戸惑いつつも、セイバーは律儀に礼を口にする。

 そのセイバーが、何かに気付いたように、視線を俺から外し、あらぬ方へと向けた。

「マスター。この家の外で、二人のサーヴァントが戦っているようです。どうしますか?」

 二人のサーヴァント?

 本来なら、俺はランサーの襲撃を受けていた頃だ。

「わかった。まずはそこへ案内してくれ」

 

 

  『三人のサーヴァント』

 

 

 

 門を飛び出した俺とセイバーは、その戦いを目にした。

 それは学校で見かけた戦いと全く同じものだった。

 赤い服の男と、青い服の男。その二人の激しい戦い。

 いや……学校の戦いを例に挙げる必要はない。今の俺にはサーヴァント同士の戦いの記憶が、いくつもある。おそらく、これから繰り広げられる自分たちの戦いの記憶だった。

「あれは、ランサーと、……アーチャーでしょうか?」

 セイバーの疑問もよくわかる。ランサーの攻撃を受ける赤い服のサーヴァントは、双剣を持って槍に応じているのだ。

 俺自身も、アーチャーであるはずのヤツが、実戦で弓を使っているのを見ていない。なんで、アイツがアーチャーなんだ?

「一騎打ちであれば、手を出すわけにはいきません。勝敗を見届けさせてもらいましょう」

 そう判断したセイバーだったが、俺は反対した。

「いや。セイバーはアーチャーの手助けをしてくれ」

「彼らの事情も知らずに介入するのは、軽率だと思いますが?」

「セイバーには、アーチャーの手助けはしてもらうけど、ランサーを倒す必要はない。俺はあいつらの戦いを止めたいだけなんだ」

 少なくとも、アーチャーのマスターとは話ができるはずだった。ランサー相手では、そうもいかないのだろうが……。

「マスター……」

「最初の頼みだ。セイバーにならできると思う」

「……わかりました。その信頼に応えて見せましょう」

 セイバーが応える。俺を信頼させるのに十分な、静かな笑みをたたえて。

 

 

 

 一本の槍と、二本の剣。

 二人が激突する中心に、その少女が乱入する。

 セイバーの剣は、それらをはじき飛ばした。

「なにっ!?」

「くっ!」

 突然の事態に、二人が間合いを取って離れた。

「二人とも武器を納めなさい! マスターの指示により、この戦いは私が預からせてもらう」

 セイバーが告げる。

「……セイバー」

 アーチャーのつぶやきに、ランサーも驚きの表情を見せた。

「セイバーだと?」

 ……ん?

 確かに、見えない武器を使用しているとはいえ彼女は剣士に見える。バーサーカーやアサシンのはずもないから、消去法でいっても彼女はセイバーとしか考えられない。

 だが、アイツはセイバーの顔を見て反応した。セイバーの事を知っているのだろうか?

 待てよ……。アイツは記憶喪失だったはずだ。だから、遠坂もアイツの正体を知らないし、俺も知る機会がなかった。

「セイバー!? ……士郎も?」

 遠坂も、驚きの目を俺に向ける。

 そこで俺は気付いた。前回と違い、ランサーの襲撃がなかった理由に。

 偶然に、アーチャーと遭遇したわけではなく、俺を守るために遠坂が動いてくれたのだ。

 俺には、ここ最近の記憶もある。遠坂の様子がおかしかったのは、俺と同じように未来の記憶を持っているからじゃないのか?

「悪い! 遅くなったけど、俺も思い出した」

「え? あ……!? だって、アンタ……」

 彼女が戸惑う。

「よくわからないけど、令呪の発現が記憶の蘇るきっかけじゃないのか?」

「え……ええ。そうかも。わたしもそうだったわ。なんだ……アンタも思い出したんだ。……じゃあ、その……、全部?」

 なぜか言いづらそうに、遠坂が尋ねてくる。

「? ああ」

「そ、そう……」

 何を考えたのか、遠坂が顔を真っ赤にする。

 ……もしかして、アレを思い出したのか?

 恥ずかしがるその表情に、俺までそれを思い出してしまった。緊急事態だったとはいえ、俺は遠坂やセイバーと……。

「い、今は、そんな事を話している場合じゃないだろ」

「そ、そうよね」

 俺たちは、気まずい思いを振り払うように、慌てて視線をサーヴァントに向ける。

 こちらとは別に、彼らは緊張した対峙を続けている。

「アーチャー。セイバーとそのマスターは味方よ。攻撃したら許さないわ!」

 遠坂がきっぱりと告げる。

「ちっ! あの小僧がマスターになるとはな。その上、二対一か……」

 ランサーがさらに距離を取った。おそらく、不利を悟って、この場を去るつもりなのだろう。

 慌てて俺は、ランサーに声をかける。

「待て、ランサー! 俺たちと手を組まないか?」

 その場にいた全員が、驚きの表情を俺に向ける。

「お前ら、俺をからかってるのか?」

 ランサーが俺をにらむ。

「なんでさ?」

 俺の疑問に答えたのは、遠坂だった。

「今、わたしも仲間に誘ったのよ」

 なるほど……。

 セイバーと同じように、ランサーにも記憶がないとしたら、初対面の敵から何度も勧誘されるのは、不思議に思って当たり前だろう。

「俺たちは、ただ一つの聖杯を狙う敵同士だぜ。そんなに、仲間ばかり増やせるかよ」

 ランサーが呆れたように、説明する。

「でも、お前の目的は聖杯じゃないだろ?」

「……どういう意味だ?」

「じゃあ、ランサーは聖杯を欲しいのか?」

「お前は何者だ? ……何を知っている?」

 そう問い返してきた。

「いろいろだよ」

「じゃあ、こういうのは知っているか? 俺が欲するのは、死力を尽くした戦いそのものだってことを」

 確かに、ランサーの目的がそういうことなら、仲間を増やす理由はなくなってしまう。

 しかし――。

「一つだけ覚えておいてくれ! お前のマスター――言峰綺礼だけは信用するな!」

「……言峰綺礼? なんだソイツは?」

 尋ね返すランサーを無視して、今度は遠坂が話しかける。

「綺礼に最後まで従うなんて、貴方には絶対無理だわ。お願いだから、アイツにだけは気を付けて!」

「…………」

 俺たちの言葉を聞いて、ランサーが目を細める。

「……とにかく、言峰綺礼とかいう人間に気をつけろってことだな? どうもなにを言いたいのかわからねぇが、まあ、覚えておくよ」

 そう言い残して、ランサーがこの場を去った。

 

 

 

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