第1話 ボーイ・ミーツ・ガールズ(4)

 

 

 

〜interlude〜

 

 

 

「凛。君の目的はなんだ?」

 どこか不機嫌そうに、アーチャーが尋ねてきた。

「学校での後始末よ。あのランサーは目撃者を消すために、ここまでやってくるはずだもの」

「それは考えられるが……。つまり、あのランサーを、最初の敵として倒すことに決めたというわけなのか?」

「……できれば、ランサーを倒さずに済ませたいわ」

 わたしはそう答えた。

 それを聞いたアーチャーは、肩をすくめ、ついでに首も振る。

「何を考えているのか理解できんな。無関係の人間を守るだけではなく、マスターとしての勤めを果たすつもりもないのか? 第一、ランサーを倒さずに、いつまであの男を守り続けるつもりなんだ?」

「アンタが言いたいことは全部わかってるわよ。でも、これは譲れないわ」

 アーチャーがどんなに反対しようと、わたしはアイツを守るつもりだし、ランサーを倒すつもりもないのだ。

 

 

 

 衛宮邸前――。

 わたしとアーチャーが待っていたのは、たいした時間ではなかった。

「来たぞ。凛」

「ええ」

 アーチャーの言葉に頷く。

 相手の方も、すでにこちらの存在に気づいているはずだ。

「また会ったわね」

 わたしがそう話しかける。

「そうだな。第二ラウンドってわけか?」

 姿を現したランサーが不敵に笑う。

「そうじゃないわ。貴方がこのまま引いてくれれば、無駄な争いはしなくて済むんだけどね」

「無駄な? どうせ、いずれ戦うことになるんだぜ。無駄もなにもないだろ?」

「いいえ。わたしの敵はあなたじゃないもの」

「ふん。だったら、お前の敵は誰だって言うんだ?」

「貴方のマスターよ」

 そう告げた。

 くっ、くっ、くっ。

 わたしの答えを気に入ったのか、ランサーが肩を揺すって笑った。

「なるほどな。賢いよ、嬢ちゃん。だけど、俺はそれを許すわけにはいかないのさ」

「待って! わたしは貴方と戦いたくないのよ。貴方には借りがあるから」

「借り? あの小僧を殺されたことを恨んでるってわけか?」

 確かに、今の彼にはそのようにしか思えないだろう。

「アイツのことはいいのよ。もう、私の手で助けたんだし」

 そう。彼は、あそこで死にかける必要があったのだ。そして、わたしはそれを助けなければならなかった。

 だから、ランサーを恨んでなどいない。

「勘違いしないでくれる? 私は貴方に恩を受けたから、その借りを返させて欲しいって言ってるのよ」

「なんの事を言ってるのかわからねえが、俺は自分がしたいようにしているだけだ。それでアンタが助かったとしても、気にする必要はねえよ」

「貴方らしいわ」

 思わず笑みがこぼれる。

 あの時のランサーも、こんな調子だった。

 確かに、わたしのためというより、彼の気まぐれにすぎないのだろう。

 それでも、わたしが彼に助けられたのは事実だし、そのために、彼は命を落とすことになった。

 今回、同じことが起きたら、またしてもわたしは借りを返せないままとなってしまう。

 魔術の基本は等価交換だ。

 命を救われたのだから、今度はわたしがランサーの命を守りたい。

「貴方のマスターは殺さなければならないけど、私は貴方を助けたいの。貴方が消えずにすむような方法を考えるから、わたしと手を結ばない?」

 それは、まぎれもない私の本心だった。

 しかし――。

「ふん。何を企んでいるか知らねぇが……、あんたらは俺の敵なんだぜ? 俺は目撃者を殺さなきゃならねぇ。それを止めるというなら、お前らも消すしかねぇな」

「待って、ランサー!」

「凛。下がれ!」

 アーチャーが私の前に進み出る。

 ランサーの突き出した槍を、アーチャーの双刀が弾く。

 二人の激闘が、再び始まってしまった……。

 

 

 

『もう一度』

 

 

 

 悪夢が脳裏に浮かんだ。

 なぜ……?

 考えて、すぐに気付いた。

 かすかに、その音が聞こえていたからだ。その音を忘れられっこない。

 今日、……いや、もう昨日の事だ。校庭で戦っていた、人を越えた二体を目撃した。

「ま、見られたからには死んでくれや」

 その言葉が頭に浮かぶ。

 そうだ……。俺が殺されたのは、あれを見たからだった。俺が生きている限り、あの男は俺の口をふさごうとするはずだ。

 こんな、のんびりしている余裕などないのだ。俺は、いつ殺されるかもわからない。あの学校の時と同じように、いつ、突然の死が訪れてもおかしくない。

 あの敵は、人の身にどうにかできる相手ではない。

 俺は土蔵の中に駆け込んでいた。

 焦っていた俺は、剣を交える音が聞こえてきた理由に思い至らなかった。つまり、俺を守ろうとした存在がいたということに……。

 

 

 

 オヤジ――衛宮切嗣に師事して、俺がどうにか覚えた魔術は強化だけだった。それは、手にした品に魔力を流し込み、一時的にその特徴を強化するというもの。例えば、竹刀に強化を施せば木刀以上の威力を持たせることもできる。俺が学校で備品を修理しているのも、この魔術の応用なのだ。

 だが、俺の力は微々たる物で、とても、あの男に対向できるとは思えなかった。

 この土蔵には今は亡きオヤジの荷物も残っている。もしかすれば、ヤツを撃退するアイテムが残っているかもしれない。

 俺が魔術でつくったガラクタをひっくり返して、目的のものを探す。

 死ぬのは、イヤな体験だった。

 二度と……イヤ、三度はごめんだ!

 

 

 

『運命と出会う』

 

 

 

 突然、目映いばかりの輝きが生じた。

 その光が消え去った後、そこには一人の少女が現れていた。

 手甲や胸当てを身に纏い、剣を携えた少女。

 彼女は美しかった。

 単に、容貌だけの問題ではない。彼女の立ち姿は実に凛々しかった。

「──問おう。貴方が、私のマスターか?」

「え……マス……ター……?」

 状況が理解できず、問われたままに言葉を口にする。

「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した。マスター、指示を」

 その、マスターという言葉と、セイバーという名を耳にした瞬間、左手に痛みが走った。

「──っ!」

 まるで、焼きごてを押されたような傷み。

 こうして、俺は目覚めたのだ。

 自分の中で眠っていた記憶が、脳裏に映し出される。

「これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。ここに契約は完了した」

 そう告げた彼女の言葉──。それは俺の中に蘇った記憶と寸分の狂いもない。前回、彼女が俺に告げた言葉そのものだった。

 そうだ――。

 俺は目前の少女を知っている。

 彼女が何者で、どう生きて、何を望み、……どのように人生を全うしたかも。

 自分と彼女が、聖杯戦争に関わっていく、その全てを――。

 そして、最後の別れ際に、彼女はこう告げた。

「シロウ────貴方を、愛している」

 その言葉を残して去っていった少女が、今、再び目の前に立っていた。

 少女の姿が霞んでいく。

 知らずにこぼれていた涙が視界をにじませているのだ。

「セイバー……」

 こみ上げてくる想いが俺を動かした。

 歩み寄り、その少女を腕の中に抱きしめる。

 俺は、戸惑っている彼女に、全く気がつかなかったのだ……。

 

 

 

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