第1話 ボーイ・ミーツ・ガールズ(3)

 

 

 

『放課後』

 

 

 

 土曜日なので、半日で学校は終わる。

 帰ろうとしていた俺に、友人が話しかけてきた。俺の旧友である間桐慎二(まとうしんじ)だった。

 弓道部は経験者が少なく、道場の片づけに手間取っているらしい。

 用があるという慎二の代わりに、俺が片づけを手伝うことになった。

 

 

 

 久しぶりの弓道場だ。理事長の意向らしく、どういうわけか立派な作りをしている。

 一年半前までは、俺もここに顔を出していたっけ。

 退部するより前になるが、俺は慎二のヤツをぶん殴った。アイツが妹の桜をよく殴っていると知ってしまったからだ。

 それに怒った慎二は俺を弓道部から追い出した――と、皆は思っているらしい。

 実はそうじゃ無いんだが……。

 当時、俺はバイトしていて右肩に怪我をしてしまった。これは、桜が家にくるようになったきっかけでもある。

 この弓道部でたまに行われる礼射というのは、右肩だけ服をはだけて矢を射るものだ。このときに見える俺の火傷が見苦しいと主張したのが、慎二だった。

 それを突っぱねて、部に残ることもできたのだが、俺はアルバイトをする必要もあったので、退部することに決めた。

 それだけのことだった。

 結局、弓よりもアルバイトを選んだわけで、同情されたり、慎二を責めるのは、筋違いだと思うんだが……。

 

 

 

 久しぶりの弓道場なので、ついでに掃除までしてしまい、気がつくと遅くまで頑張ってしまった。

 昨日、遠坂にはああ言ったものの、真っ暗になるまで、俺は学校に残ることになった。

 

 

 

『目撃』

 

 

 

 その音に気がついたのは、弓道場から出た時の事だ。

 広い校庭で、金属をぶつけ合う激しい音と、闇の中に弾け散る火花。

 剣か何かで争っているような、そんな光景だ。

 そうして俺は、それを目撃してしまった。

 一人は赤、一人は青。

 対照的な色の服を身にまとった、一組が戦っていた。

 詳しく考えるまでもなく、その二人が人間とは違う存在なのは理解できた。

 とても近寄ることなど考えられず、俺は遠くからその様子を覗いていた。

 その時、青い服の男に恐るべき魔力が充満したのを感じ取った。

 絶対的な死を感じさせる脅威。

「アーチャー! 奴に宝具を使わせたらダメよ! 受けたら確実に死ぬわ!」

 少女の声が飛ぶ。どこかで聞いたような声だった。こんな状況でなければ、声の主に思い至っただろう。

 戦いの最中、周囲に吹き荒れていた殺気が、急に静まった。

 いや、ある一点に集中したのだ。

 青い男は俺の存在に気付いて、その視線を俺に向けたのだ。

 とても、耐えられなかった。

 ヤツは俺を殺すつもりだ。

 少しでも遠くへ。少しでもこの場から離れなければ――。

 俺はその場から逃げ出していた。

 

 

 

「シロウなんか死んじゃえ!」

 そんな事を言ったのは誰だったか……。

「……最近物騒だから気を付けなさいよね」

 そんな事も言われたっけ。

 なぜか、最近耳にした言葉が頭に浮かんだ。

 

 

 

 俺は走れるだけ走った。

 どこを、どう走ったのか、覚えていない。

 まさに命がけで走ったのだ。

 だが、気付いた時には、俺の目の前に青い服の男が立っていたのだ。

「よぅ。わりと遠くまで走ったな、オマエ」

 そいつは、親しげに話しかけてきた。

「逃げられないってのは、オマエ自身が誰よりも判ってたんだろ? なに、やられる側ってのは得てしてそういうもんだ。別に恥じ入る事じゃない」

 先ほどの、男の戦う様。そして、追ってきたその理由。

 この男の目的は、それ以外に考えられなかった。

 男は、槍を持ち上げると、無造作に俺に突き出していた。

「運がなかったな坊主。ま、見られたからには死んでくれや」

 予想通りだったが、当たっても嬉しいわけがない。

 容赦も躊躇もなく、男の槍は、俺――衛宮士郎の心臓を貫いた。

 

 

 

『死に際』

 

 

 

 10年前――。

 大火事が起きて、俺の周りには死が溢れていた。

 家族が……、近所の人々が……、皆、命を落とした。

 生き残ったのは俺一人だけ。

 俺自身、火傷を負っていて、動くだけでも痛みが走る。

 そんな地獄の中を彷徨っていた。

 その時に、俺を救ってくれたのが、衛宮切嗣だった。彼は魔術師だったのだから、俺の傷を治したのは彼の魔術なのだろう。

 生き延びた俺は、彼の息子として引き取られた。

 あのときから、俺は切嗣のようになりたいと思ったのだ。オヤジから魔術を習い、オヤジのような正義の味方になると……。

 

 

 

「アーチャー、ランサーを追って。マスターを確認できるかもしれないから」

 誰かの声だ。

 その声に応じて、何者かの足音が去っていく。

「悪いけど、アンタがいるとまずそうだしね……」

 血が足りない。

 意識が朦朧として、目の焦点もあわない。

「さてと……。士郎。心配しなくてもいいわよ。最初から、助かると決まってるんだから」

 俺の前に誰かが屈み込む。

 何かのつぶやきが聞こえ、徐々に俺の心臓が熱くなる。

「あとは、これを……」

 そのつぶやきの後、しばらくして、カラン、と何かが落ちる小さな音がした……。

 

 

 

 死んだ――。

 確かにそう思った。

 それなのに、俺は眠りから覚めるように、目を開いていた。

 俺が殺された惨状は、そのまま残っている。

 服は大量の血で濡れており、床にはその血が溜まっている。誰が見ても殺人現場としか思えない状況だった。

 俺は朦朧としたまま、その場を片づける。もしかすると、自分が殺された事を思い出させるこの状況が嫌だったのかもしれない。

 そこにはなぜか、水晶のペンダントが転がっていた。わずかながらも魔力が込められているようだ。誰かの落とし物なのだろう。転がっていた他の物と一緒に、ポケットにつっこむ。

 

 

 

 片づけを済ませた俺は、やっとの思いで家までたどり着いた。

 部屋で一晩寝れば、忘れられる。

 こんな出来事は、不幸な事故だ。何度も起きるような事じゃない。

 一眠りすれば、いつもの日常が始まる。そんな風に考えていた。

 だが――。

 すでに、零時を過ぎ、翌日となっていた。

 残念ながら、俺は眠りを取ることすら許されず、すぐさま新しい日へ突入することになった。

 

 

 

次のページへ