『キングス・テーブル(1)』
学園で赤と青の騎士の戦いを目撃した士郎は、一度は殺されたものの、幸運にも一命を取り留める。
ほとんどの人間が読み飽きたであろう導入部を経て、士郎はようやく自宅まで戻ってきた。
ところが、青い槍兵の襲撃を受けて、再び命の危険にさらされてしまう。
「もしやとは思うが、おまえが七人目だったのかもな。ま、だとしてもこれで終わりなんだが」
強化したポスターというあまりに心許ない武器まで失い、士郎はついに死を覚悟する。
だが――。
突き出された槍の穂先は、士郎の眼前で別ななにかで弾かれていた。――突如として出現したのは神秘を纏った剣。
「なに!?」
「そこまでだ、下郎」
ライダースーツを着込んだ金髪の青年が士郎の前で立ちはだかった。
驚いたことに青年は、殺意すら込めたランサーの視線を意に介さず、ただ士郎を見ていた。
「――答えろ。貴様が、エミヤシロウか?」
「あ……、ああ」
士郎がかろうじて頷いて見せる。威圧された少年にとって、それだけの行為が精一杯だった。
相手が美しいから……ではない。その存在感に――その在り方に圧倒されたのだ。遙かに高いところから睥睨する視線。それは、王たるもののみに許されたものだろう。
「ならば、我が貴様を守ってやる」
「面白ぇ。俺と戦おうってんだな?」
「ふん。戦いになるとでも思っているのか? 描写もなくあっけなくやられるのがオチだぞ」
その言葉を耳にして、どこか飄々としていたランサーの表情が一変する。
「貴様、言ってはならないことを口にしたな……」
手にした魔槍に大気のマナが流れ込んでいく。
「消滅を望むのならば、相手をしてやろう。来るがよい」
そして――、ランサーにとって非常に不本意なことに、何の描写もされないまま退場を余儀なくされたのだった。
――合掌。
「ありがとう」
「礼などいらぬ。我の都合で助けただけだ」
「お茶でも飲まないか?」
「……は?」
「だから、お茶を……」
「このような神秘に触れて、口にするのは茶のことか? 貴様はそれでも魔術師なのか? 我に対する畏怖すら感じぬというのか?」
「いや、まあ、あんたがすごい存在なのはわかってるけど。助けられたんだから、お礼ぐらいするだろ? お茶菓子もあるから」
「ふん。ならば、もてなしを受けてやろう。感謝するがいい」
「あ、……ああ」
王様発言にとまどいながら、士郎は青年を居間に招いた。
温めなおしたタイヤキと緑茶が、青年の前に差し出された。
神々しいまでの威風を放つ青年の前に並んでいるのは、ひどく庶民的な品。
士郎の姉代わりが買い込んだ品だが、食ったり食われたりは衛宮家の常である。命の恩人へ振る舞われるのならば文句も出まい。
彼は興味深そうに眺めて、口に運んでみる。
「ふむ。庶民らしい味だな」
尊大に告げるものの、まんざらでもないようだった。パクパクとかぶりつき、緑茶とのコラボレーションを堪能している。
穏やかだった雰囲気がこわれたのは闖入者のせいであった。
ドタタタタタタ――ッ!
バタンッ!
障子がたたきつけるようにして開け放たれた。
出現したのは赤い影。――それも二つ。
「衛宮君! 無事?」
「…………」
当の士郎は驚きに目を見開いている。
「と、遠坂? 一体、こんな時間にどうしたんだ?」
同級生とはいえ、クラスも違えばたいして親しくもない人間が、突然家にまで上がり込んできたら、驚いて当然である。
「どうした……って、アンタを心配して来てあげたんじゃないの!」
のんびりとした士郎の対応に彼女が腹を立てる。
「なにが心配だったんだ?」
しかし、士郎にはその理由がわからない。
学校での一件に先ほどの襲撃と、心当たりはあるものの、それを彼女が知っているはずもない。
ずずずーっ!
現在の状況を理解していないのか、動揺をかけらも感じさせずに青年がお茶をすする。
「って、あれ? てっきりランサーだと思ったのに」
彼女が不思議そうに青年を見た。
「我をあのような輩と一緒にするとは……。ずいぶんと未熟な魔術師のようだな」
あきれた口調に、少女の眉がぴくんと跳ねた。
「……誰よ、アンタ?」
「アーチャーだ」
青年は端的に事実を口にしたのだが、どうやら彼女の気に召さなかったらしい。
「アーチャーは私のサーヴァントよ。ふざけないで!」
「ふざけてなどおらぬが……」
青年の赤眼が少女の傍らに向けられる。赤い外套を纏った一人の戦士を見て、青年が顔をしかめた。
「ふん。そいつがアーチャーだと? そのような偽物と一緒にされるのは不愉快だ。ならば、我のことはギルガメッシュと呼ぶがいい。特別に許す」
ギルガメッシュは鷹揚に自分の真名を告げるのだった。
「ギ、ギルガメッシュ……?」
その名をつぶやいて、凛が絶句する。
こうして、士郎とギルガメッシュは運命の――というほどでもない出会いを果たしたのだった。