『セイバー・イズ・フルチャージ(8)』
ギルガメッシュのことを訪ねようと思い、俺は言峰教会を訪れていた。
だが、そこには俺を驚かす事実が待ちかまえていたのだ。
死体安置室のような地下室があった──。
並ぶ棺のなかには、死ぬことも許されず、生け贄として生かされている人間がいた。彼らは、俺と同じように10年前の火事を生き延びた人間だった。
ここにはランサーがいた──。
ランサーのマスターは言峰だったのだ。俺は背後からランサーの槍で胸を貫かれていた。
俺の危機を察して助けに来たセイバーの前で、俺は言峰に尋ねられる。
10年前の出来事をやり直せるとしても、聖杯を望まないのか? と――。
これまで、俺を苛んできた心の傷。
今も苦しみ続ける兄弟達。
あの痛みを忘れてやり直せるならどんなに幸せなことだろう――。
だけど……。
それでも……。
「――いらない。そんな事は、望めない。過去をやり直してしまったら、これまでしたきたことが、すべて嘘になってしまうから」
視線の先にいるセイバーは、驚きに目を見開きながら俺を凝視する。
そして、──俺の思いを後押しするかのようにうなずいてくれた。たとえ、すべての人間が否定しても、セイバーだけは認めてくれる。……そういう仕草だった。
棺桶の中の少年達も、セイバーと同じなのだろうか? 彼らは俺を非難することなく、静かに眠りについていた。
だが、言峰だけは違う。
アイツにとっては、望ましい返答ではなかったのだろう。
俺への興味を急速に失った言峰は、セイバーに声をかける。
「セイバー、お前も聖杯を求めて召喚に応じたのだろう? ならば、お前に聖杯を与えよう。条件はただ一つ。お前の手で、衛宮士郎の命を絶つのだ」
言峰による悪魔の誘惑。
彼女が死に瀕して渇望した聖杯を餌に、言峰はセイバーの誇りも尊厳も剥ぎ取ろうとしている。
俺の脳内で怒りの火花が弾ける。
だが、一気に灼熱化した感情を、セイバーの静かな声が冷ましてくれた。
「貴方はバカですか?」
それが、セイバーの返答だった。
「……なに?」
「私がシロウよりも聖杯を優先すると本気で思っているのですか? まったくの論外です」
なんの躊躇もなく、セイバーはきっぱりと言い切った。
「私の望みが間違っていることを、士郎の言葉が教えてくれた。私にとって、聖杯などもはや必要ない」
わずかな葛藤も見せずに断言されて、さすがの言峰も数舜、言葉を失った。
「私は士郎に誓った。士郎を守り、士郎の剣となることを。私がここにいる理由は、それだけで十分です」
セイバーの気迫が二人を圧倒する。
二人が身を退いて空いた道を、セイバーが歩み寄ってくる。
「しっかりしてください」
俺の身体を助け起こす。
「……つまらん」
言峰が忌々しげにつぶやいた。
「私は人が苦しむのが好きなのだ。きれい事を言うお前達が、あの呪われた聖杯により、さらなる悲劇を生み出して苦しむのを楽しみにしていたのだが……」
残念そうに本心を漏らす。
うわぁ、ひでぇ! 最低だコイツ!
言峰が指を鳴らすと、一人の男が階段を下りてきた。
俺と、セイバーは、その相手をすでに知っている。
「紹介しよう。前回の聖杯戦争で私のパートナーだったアーチャーだ」
「おい、どういうことだ、言峰? こんなヤツがいるなんて聞いてないぜ」
「言う必要があるのか? サーヴァントならば、命令に従っていればいい」
不機嫌そうに尋ねたランサーに、言峰は冷たくあしらう。
「私は聖杯を取りに行く。アーチャーはセイバーを、ランサーは小僧を始末しろ」
そう言い残して、言峰は出て行った。
重傷を負った俺を支えるセイバーと、その前に立ちはだかる二人のサーヴァント。
勝敗の結果など分かり切っている。
しかし――。
なぜか、ランサーは隣に立つ男へ攻撃をしかけ、ギルガメッシュの剣は平然とそれを受け止めていた。
ランサーは驚くべき言葉を発した。
「お前らを、逃がしてやる」
その言葉に、なぜかギルガメッシュがうなずいた。
「それには賛成だ。ただし、聖杯を完成させるために貴様には死んでもらうがな」
金と青の騎士が対峙する。
俺達を殺すはずの二人が、俺達を逃がすために激突しようとしているのだ。
「……ランサー、手を貸しましょう」
セイバーが申し出た。
「騎士王。我も貴様を逃がそうというのに、なぜ、その男に手を貸す?」
「あなたから、何度も迷惑を被っているからです」
それがセイバーの答えだった。
「坊主の傷はいいのか?」
「しばらくならば保つでしょう。ここで、ギルガメッシュを葬る程度は」
「……ギルガメッシュ?」
「ええ。あらゆる財宝を所持する世界最古の英雄王です」
「チッ……!」
「貴方一人では難しいでしょう?」
それでもランサーが突き放す。
「俺はお前となれ合うつもりなんかねぇぞ。さっさと行け!」
「現在残っているサーヴァントは私たちだけです」
セイバーがそんなことを言い出した。
「……何が言いたいんだ?」
「つまり、言峰のサーヴァントが貴方一人となれば、最後の決着は私と貴方でつけることになる」
「…………」
しばしの黙考。
そして――。
「……のった!」
ランサーが嬉しそうに拳を握る。
「そういうわけだ、ギルガメッシュ」
「そういうわけです、英雄王」
ふたりがギルガメッシュに詰め寄った。
いかに、多量の宝具を持っていようとも、この限定された場所では使用できる数に限りがある。
そして、最強のセイバーと、最速のランサー。同時に敵に回すのはあまりに不利だった。
決着はすぐについた。