『セイバー・イズ・フルチャージ(9)』

 

 

 

 実は聖杯だったというイリヤは、すでに言峰に連れ去られてしまっていた。

 遠坂は傷ついたものの命に別状はなく、今もグースカと眠っているはずだ。

 例によってセイバーの魔力を回復した後、俺達は聖杯の出現場所となる柳洞寺へと向かった。

 

 

 

 柳洞寺の境内で俺達を待つのは、当然ランサーである。

「言峰が聖杯の前で待っているぜ」

 俺にかけられた言葉に答えたのはセイバーだった。

「何を言っているのです?」

「なに?」

「貴方を倒した後、わたしも一緒に言峰を倒しに行きます。なにもシロウ一人を向かわせて、危険にさらす必要はない」

 ……セイバーの気持ちは嬉しいのだが、セイバーだけに戦わせて、俺は後ろで守られているだけというのは、情けない気がする。

 聖杯戦争の戦いは全てセイバー任せだったもんな。まるで、ヒモみたいだ。

「まあ、それはいいんだけどよ……」

 ランサーがジト目でこちらを見る。

「この”話”で、最後まで残ったとして、俺に見せ場なんてあんのか?」

 実に重要なことを口にした。

「たぶん、ないでしょう」

 セイバーの返答は身も蓋もない。

「それでも、あの地下室で戦いの描写もなく退場するよりはマシでしょう? なにより、ギルガメッシュを倒せましたし」

「違いねぇ」

 ランサーは実に楽しそうに笑った。

「おそらく、私が勝つでしょう。だからこそ、貴方は全力を尽くして戦えるはずです。私の誇りに賭けて、貴方の全てに応えましょう」

「そいつはいい」

 ランサーは一度だけ穏やかな笑みを浮かべ、次の瞬間には全く違う表情となった。

 生死を賭ける戦いに挑む、戦士の顔。

「シロウ、離れてください」

 セイバーもまた、騎士の顔となっていた。

 俺は素直に従って、境内の隅まで下がった。

 

 

 

「いくぜ、セイバー!」

 ランサーは朱色の魔槍を構え──。

「こい、ランサー!」

 セイバーは黄金の聖剣で応じる──。

 磁力で引きつけられるように、二人の距離が縮まる。

 剣と槍が打ち合い、空気を震わせる。

 目映いほどに、激突する火花が咲き誇る。

 生まれも育ちも違う二人の戦士が、ただ一つの勝利を求めて激突する。

 あらゆる一瞬が彼等の全てだ。技量の限りを尽くし、渾身の一撃を繰り出し、自らの勝利を手繰り寄せようとする。

 血にまみれ、傷つきながらも戦う二人の姿は、名画のように美しく感じられた。彼等の戦場は、他者が侵してはならない聖域だった。

 惜しむらくは、この戦いの観客が、俺ひとりだけであったこと。……なにより、このような物語であったことだろう。

 きっと、ランサーは不幸な星の元に生まれたのだ。

 

 

 

 セイバーの剣技に攻めきれないと判断したランサーは、ついに決断した。敵の技を打ち破る、最強の攻撃に踏み切ったのだ。

 距離を取ったランサーが槍を構える。

 大気に漂うマナが、槍に満ちていく。

 おそらく、最初に遭遇した時の技をも凌ぐ、最強の攻撃となるはずだ。

 セイバーは足を止めて迎え撃つ事を決断した。込められた魔力で刀身が輝きだす。

 セイバーめがけて走るランサーが、地を蹴って高く飛び上がる。宙を走るランサーが身体をそらし、その槍を放つ。

「ゲイ・ボルク(突き穿つ死翔の槍)──!」

「エクスカリバー(約束された勝利の剣)──!」

 空間が白熱し、轟音と爆発が起こる。

 

 

 

 光が収まったあと、その場で二人が対峙していた。

「ちっ、もっと続けたかったんだがな……」

 ランサーが愚痴をこぼした。

「仕方がないでしょう……」

 そう答えたセイバーは微笑みを浮かべていた。

「見事でした。貴方の力は、光の御子の名にふさわしいものだった」

「……慰めはいらねぇよ」

「慰めなどではありません。私と貴方に決定的な違いはなかった。ただ……、貴方はマスターに恵まれなかったのです」

「ああ……、そりゃあ、あるかもな」

 ランサーが笑みを浮かべる。

「じゃあな。……楽しかったぜ」

 それが、青い槍兵の最後の言葉となった。

 セイバーの一撃を受け、魔力の尽きたランサーは塵となって霧散していった。

 

 

 

 さすがに力を使い果たして、セイバーがふらついた。

「大丈夫か?」

 慌てて駆け寄り、セイバーの身体を支える。

「え、ええ。力を使いすぎただけです」

「そうか……」

「ですから、シロウ」

 潤んだ瞳を俺に向けて、いそいそと服を脱ぎ始める。

「……な、なんで脱ぐんだ?」

 俺の質問を受けて、セイバーはきょとんと見返してきた。

「着たままの方がいいですか?」

「そうじゃなくて、言峰が待ってるはずだけど……」

「待たせておきましょう」

「ほら、イリヤも待っているし」

「待たせておきましょう」

「最後の最後まで、そういう展開というのもどうかと……」

「そうです。……これが最後の逢瀬となるのです」

 その言葉が俺のためらいを押し流した。

 

 

 

 俺たちは言峰を二時間待たせたのだった。

 

 

 

 つづく