『セイバー・イズ・フルチャージ(6)』
居間に顔を出すと、遠坂とイリヤがそろって冷たい視線を向けてきた。
「その……、セイバーの魔力を回復させるためだし……」
弁解する俺に、遠坂がぽつりと一言だけ漏らした。
「ケダモノ」
「ぐっ……」
言われてもしょうがないところはあるのだ。遠坂とイリヤがいるというのに、いまのいままで、セイバーとコトに及んでいたのだから。
そんな俺の窮地を救ってくれる福音が鳴った。
カラン、カラン!
「敵だっ!?」
「嬉しそうね?」
「いや、そんなことはないぞ」
廊下から、剣戟の音が聞こえてきた。
竜牙兵が何体も侵入しており、鎧姿のセイバーが早くも撃退を始めている。
俺はセイバーと合流し、竜牙兵を操るサーヴァントを探す。
その敵は、庭で俺達を待ち受けていた。
見るからに魔女という格好なのだから、たぶん、キャスターだろう。
「それが、お前のマスターの戦い方なのか?」
嫌悪を隠せずに俺が尋ねる。
「マスターですって? 私を召喚した俗物のマスターは、私自身の手で殺したわ」
「マスターを殺した?」
「ええ。あのような輩は、私の主にふさわしくないもの」
「そうですか……。どのサーヴァントもマスターに恵まれていないようですね」
セイバーが顔を伏せた。
「ライダーも嘆いていましたし、アーチャーもマスターに見捨てられました」
セイバーは辛そうに口にする。
ちなみに、両方ともとどめをさしたのはセイバーだけどな……。
「アサシンなどは、山門に縛られて自由に動くことも許されない始末。さぞや、無念だったでしょう。きっと、余程性根の腐ったマスターに違いない」
「失礼ねっ、貴女はっ!」
キャスターが反応する。
「……やはり、柳洞寺を根城にしていたサーヴァントは貴女だったのですね」
「くっ……」
誘導尋問(?)に引っかかって、キャスターがむくれている。
「やはり、素晴らしいマスターにであえる確率は低いのでしょう……」
セイバーが嘆く。
「あら、私の今のマスターは違うわ」
「……今の?」
「そうよ。マスターを殺すことに成功したものの、魔力を制限されていた私は消えかけていた。その時に、救ってくれたのが、今のマスターなのよ」
うっとりと思い返すその姿は、ノロケているようにしか見えない。
「マスターに恵まれているという点では、私も負けてはいません」
なぜか、セイバーが対抗意識を剥き出しにする。
「私がサーヴァントに傷を負わされると、シロウは身体を張ってかばってくれました。それに、私が魔力を失うと、自ら進んで私に魔力を注いでくれた」
自ら進んで? ……事実誤認があるような気がする。
「……なんですって?」
「ですから、消費した魔力を回復するために、幾度となく私を抱いてくれたのです。それこそ、毎晩のように……」
そう告げて、なぜかセイバーは胸を張る。
「そ、そんなにいい方法が……」
キャスターが唇を噛む。
俺達のことは眼中にないようで、自分の思考を追いかけ始めた。
「街中から魔力を吸い上げるなんて……、なんてもったいないことをしていたのかしら。そんな絶好の口実があったというのに……」
真剣に悔やんでいるようだ。
聖杯戦争には、すでに興味がないのだろうか?
「私とシロウとの結びつきは、すでに、マスターとサーヴァントの関係を越えています。私と戦おうなどと、無謀なことは考えないことです」
「そうね……。安心してくれていいわ。私は貴女と敵対するつもりなんてないもの」
にっこり。
………………。
遠坂とつきあってきた影響だろうか? どうも最近の俺は、笑顔を笑顔として受け止めることができなくなっている。
キャスターはゆっくりとセイバーに近づき――。
「だって、貴女は私の僕になるのだから……」
ローブの中から出たキャスターの右手が、短剣を握っている。
「むっ!?」
地面から突き出た竜牙兵の手が、セイバーの足に絡みつき、その動きを封じた。
歪な形状の短剣が、セイバーに向かって振り下ろされる。
――っ!?
ひどく透明な音が鳴った。
ぱきん!
それはあまりに脆かった。短剣は、セイバーの剣と軽く接触しただけで、簡単に砕け散ってしまう。
「たとえ不意打ちとはいえ、魔術師の貴女が剣で勝てるはずもないでしょう」
セイバーは感情を交えず、事実だけを口にする。
今のキャスターは、蛇に睨まれた蛙のようだ。
目の前にいるセイバーに呑まれてしまっている。
「……それは、なんです?」
その問いに、呆けたようにキャスターが答える。
「ルールブレイカー(破戒すべきすべての符)といって、サーヴァントの契約を解除することができるんだけど……」
「そうですか……、私とシロウとの仲を裂こうとしたのですね?」
セイバーもその表情が板に付いてきたようだ。にっこり笑って目で凄む。
「そ、そんな……、私はただ、少しだけセイバーの力を貸して欲しいと思っただけなのよ」
キャスターは、なんとか穏和な表現に言い換えようとするが……。
「……ダメ?」
「ダメです」
セイバーが剣を振るって、一刀のもとに切り捨てる。
切り裂かれたローブが風に舞った。
「薄汚い魔術師風情が……」
何者かの声がして、攻撃が始まった。
どん! どん! どん! どん! どん!
降り注ぐ破壊の雨。大量の宝具がローブを貫いていた。
「そ、そんな……」
事態を把握できず、キャスターはボロクズと化して、絶命していた。
新たなサーヴァントが塀の上に立っていた。おそらく、キャスターを倒したサーヴァントだ。
「貴様は、アーチャー!?」
「アーチャーだって!?」
この金の鎧の騎士が?
「ええ」
セイバーがうなずく。
「そうか……、あのアーチャーが、記憶を取り戻して正体を現したんだな? いやに簡単に消えたんで不思議だったんだ。これで納得できた」
「それは違います、シロウ」
「でも似てるし……」
「それは口にしてはいけない!」
真剣な表情でにらまれた。
「なんでさ?」
「大人の事情によるものです」
うーむ……。
「じゃあ、ヤツは何者なんだ?」
「つまり、前回の聖杯戦争で召喚されたアーチャーなのです。なぜ、消えずに現界しているのかはわかりませんが」
「ふ……。久しいなセイバー」
アーチャーがセイバーに声をかける。
「よくもキャスターを……」
「ふん。貴様の敵であろうが」
「敵とはいえ、あまりに無慈悲な……。それに、貴方を許せない理由がもう一つあります」
「ほう……?」
「貴方が乱入したために、私は宝具を使えなかったではありませんか!」
「……どういう意味だ?」
「おかげで、口実が減ったと言っているのです!」
……セイバー。
怒ってるのはわかるが、俺に聞かれて構わないのか、それ?
内心のツッコミなど気づかずに、セイバーは険しい視線をアーチャーに向ける。
「ちょうどいい。聖剣の錆にしてくれる。そうすれば、貴様の出現にも十分な意義を見いだせる」
「待て! 我はこのようなみすぼらしい場所で戦うつもりなぞ……」
「問答無用!」
セイバーの本気を感じ取って、アーチャーが脱兎の如く逃げ出した。
「待ちなさい、アーチャー! せめて、一撃だけでも宝具を……」
すでにアーチャーの姿は見えない。
「くっ……。なんと逃げ足の速い……」
悔しげに吐き捨てる。
「残念だったな。逃がしてしまって」
「まったくです。おかげで、宝具を使えませんでした……」
残念なのは、そこなのか?
セイバーが俺の顔を見た。
「……あ、確かに宝具は使えませんでしたが、高度な戦いのために、魔力を失ってしまいました」
「……そうか?」
思わずジト目でセイバーを見る。
「そうです! さあ、早く魔力を補給しなければなりません」
強引すぎないか、それ?
と思いつつも、俺に逆らうことはできない。
だって、セイバーみたいな娘に迫られて、拒絶できる男なんていないだろ?
まったく、男ってヤツは……。