『セイバー・イズ・フルチャージ(5)』

 

 

 

「遅いじゃないの、アンタ達!」

 俺達を出迎えたのは、遠坂の怒声だった。

 やっぱり怒ってる。

 ……当然だよな。

「悪かった」

 俺は素直に頭を下げた。

「何をモタモタしてたのよ! 部屋から玄関まで来るだけじゃない!」

 遠坂はセイバーを見てさらに目を吊り上げる。

「……ここへ来た時に比べて、セイバーが元気そうなんだけど?」

 その問いかけとともに禍々しいオーラがこちらに漂ってくる。

 アイツはその答えを知っている……。知っていて、わざと聞いているのだ。

 お察しの通りです。

「…………」

 それがわかっていても、俺から口にする度胸はない。

 替わりにセイバーが答えた。

「凛。勝つために必要な手段をとっただけです。貴方がいきりたつことではありません」

「なにふざけた事言ってんのよっ! 人が命がけで戦っているときに、ナニしてたわけ!? 信じられないっ!」

 両手で頭をかきむしるようにして、怒鳴り散らす。

「おちついてください、凛。お詫びに、バーサーカーの相手は私がしましょう」

 セイバーはさわやかな笑みを浮かべて遠坂に提案する。

「……じゃあ、お願いするわ。なぜか、魔力が回復しているセイバーに」

 皮肉を交えながら口にした。

 彼女の目尻がぴくぴくと痙攣している。

 ……俺が悪かった。勘弁してくれ。

「ふんだ。いくらセイバーが回復したって、バーサーカーに勝てるはずないんだから」

 イリヤは余裕の笑みを浮かべている。

「それでは、試してみましょう」

 セイバーはなんの気負いも見せずに、淡々と口にする。

「■■■■■■■■――!」

 バーサーカーの巨体が迫る。

 振り下ろされる斧剣を、セイバーは手にした聖剣でがっしりと受け止めていた。

 噛み合わせた剣に、二人は力を込めて押し合う。力は拮抗し、その剣はその場に縫い止められたように動かない。

 かわすのでもなく、受け流すのでもなく、受け止める。

「…………」

 驚くべき状況に、居合わせた全員が、声も出せずにいる。

「シロウ。貴方達は外へ避難してください。宝具を使います」

「……わ、わかった」

 指示に従って駆け出ようとした俺の視界を、少女の小さい姿がかすめた。

「イリヤ! 危ないから、外に出よう」

「大丈夫よ。バーサーカーが負けるわけないもん」

「バカ! バーサーカーが無事でも、城が崩れたら、イリヤが危険じゃないか。急げって」

「……う、うん」

 戸惑いながらも、イリヤは俺達と共に城を出る。

 

 

 

 エクスカリバーの真名が解放された。

 城のあらゆる窓から光が溢れ出す。

 まさに、対城宝具。エクスカリバーはアインツベルン城まで両断してのけた。

 俺達の目の前で、城が崩壊する。

 轟音が響き、埃が舞い上がる。

 その瓦礫の中から姿を見せたのは、セイバー一人だけだった。

 バーサーカーには12個の命があったらしいが、一撃で全てを殺せるならなんの障害にもならないわけだ。

 セイバーの宝具が、バーサーカーの宝具に、勝ったのだ。

 

 

 

「ちょっと、その子をどうするつもりよ?」

 遠坂が俺をにらみつける。

 俺が背負ったイリヤのことだ。

 バーサーカーの消滅を知り、イリヤが気絶してしまったのだ。

「放っておくわけにもいかないだろ? そんなに悪い子じゃないみたいだし」

 バーサーカーと同時に城まで失った少女を、俺は家に連れ帰るつもりでいる。

「その心根は、素晴らしいと思います」

 うむうむとうなずいていたセイバーだったが、じろりと俺をにらみつけてきた。

「しかし……、まさかとは思いますが、その子の身体が忘れられないなどという、破廉恥なことを……」

 セイバーの目に怒りの炎が揺らめき立つ。

「違う! そんな理由はいっさいない」

「士郎……、あんた、こんな子供まで……」

「いや、違うんだ! 子供に見えるけど、俺達より年上らしいぞ」

「誰が信じるか、そんな話!」

 げしっと、蹴り飛ばされた。

 内輪もめしている俺達に、声がかけられた。

「イリヤ様をどうするつもりですか?」

 声をかけてきたのは、イリヤのメイドである。……胸の小さい方だ。

 こちらに近づこうとしていた二人のメイドが、足を止めた。

「メイド……?」

 セイバーの視線に射すくめられたのだ。

「……この城のメイドですね?」

「違う。……人違い」

 胸の大きいメイドが答えて、相棒を引きずるように森の中へと姿を消した。

「む……。逃げられましたね」

「メイドをどうするつもりだったんだ?」

「決まっています。二度とシロウに手を出さないよう……、いえ、なんでもありません」

 隠されると、余計に怖い想像をしてしまうんだが……。

「あのメイドが気になりますか?」

 セイバーの矛先が、俺に変わった。

 またしても、とげとげしい口調で尋ねてくる。

「いや、そういうわけじゃ……」

「そこは、わたしも興味あるわね。いつの間に、仲良くなったのかしら?」

 二人は俺を見逃してくれそうもなかった……。

 

 

 

 俺達5人は、城を後にする。

 ――いや、一人だけその場に立ったまま動こうとしない。

「どうしたのですか、アーチャー? 早く帰りましょう。魔力の補充もしなければなりませんし」

 セイバーの言葉を聞いて、遠坂が俺をにらむ。

 ……俺が悪いのか?

「ひとつ確認したいことがある」

 アーチャーが、俺とセイバーに硬い視線を向けてきた。

「私達が手を組んだ理由はバーサーカーを倒すためだったはずだな?」

「だったら、なんだよ?」

「つまり、手を組む理由はなくなったということだ」

 その言葉にギクリとなった。

 ……まさか?

「今の貴様達は敵……というわけだ」

 俺はセイバーを振り返る。

 セイバーが悔しそうに唇を噛んだ。

 今のセイバーは、バーサーカーとの戦いで魔力を消費している。この状態で戦うのは、俺達に不利だ。

「ちょっと、アーチャー!?」

「凛は黙っていてくれ。セイバーは強い。回復されては厄介だ」

「……どうしても、この場で私と戦いたいと?」

「そうだ」

「そうですか……。そんなにも、私とシロウが愛し合うのを邪魔したいのですね?」

 その指摘に、アーチャーの身体が固まった。

「た、確かにそうなのだが……。あくまでも、手段であって、それは私の目的ではないぞ」

 めずらしくアーチャーが狼狽える。

 尋常ではないセイバーの殺気に怯えているのだろう。

「凛。貴方も同意見ですか?」

 ギラリと、飢えた獣のような視線が、遠坂を捕らえた。

 今のセイバーに異を唱えるのは自殺行為だろう。俺の本能がそう告げている。

 はたして、遠坂は──。

「ア、アーチャーの独断よ。勝手に先走って、私は迷惑してるんだから」

 そう答えた。

「り、凛……」

 アーチャーがすがりつような視線を遠坂に向ける。

「話しかけないでよ。仲間だと思われるじゃないの」

 遠坂が日和った。

 アーチャーの味方をすることの危険性を悟ったらしい。

「貴方がどうしても、戦いたいというのであれば、是非もありません。お望み通り、地獄へ送るとしましょう」

 セイバーの青い瞳は、南極の厳寒を思わせる。

「……すまない。コトを急ぎすぎたようだ。日を改めるというのは、どうだろうか?」

 アーチャーが折れた。

 ヤツの底が知れたな。アーチャーがやりこめられるのは楽しいはずなのに、なぜか虚しい……。

 セイバーはアーチャーに向かって、素敵な微笑みをなげかける。

「いいえ。気を使う必要はありません。すぐに済みますから」

 それは、よく見せる遠坂の笑顔を思い起こさせる。

「なにより、また邪魔をされると困りますし」

 その言葉は死刑の宣告よりも、重々しく響いた。

 アーチャーが背中を向けて逃げ出す。

 セイバーがそれを追う。

 木々を切り倒しながら突き進むセイバーと、生きのびるために走り続けるアーチャー。

 アインツベルンの森に、セイバーの怒号と、アーチャーの悲鳴がこだました。

 バーサーカーに続き、アーチャーも脱落した。

 

 

 

 つづく