『セイバー・イズ・フルチャージ(4)』

 

 

 

 ぴんっ!

 髪の毛が、上に引っ張られた。

「なに、それ? 前髪が一房だけ、上に起きあがっているけど?」

 一緒にタイヤキを食していた凛が、私に尋ねる。

「なにか、よくない予感がします。おそらく、シロウの貞操の危機です」

「アイツの貞操なんて、どうでもいい気がするけど……?」

「とんでもありません。一大事です」

 事態を軽く見る凛に、私はきっぱりと告げた。

 

 

 

 とりあえず意識はあったものの、俺は城までつれてこられた。

 イリヤと、彼女によく似た二人のメイド。三人がかりで、俺はいろんなことをされてしまった。

 身体が動かせないんだから、仕方ないよな……。

 自分に向かって、そんないいわけをしてしまう。

 縛り付けられているので、俺は逃げ出す事も出来ない。

 突然、部屋の扉が開いた。

「セイバー!?」

 姿を見せたのは、確かに俺のサーヴァントであるセイバーだった。

「どうして、ここへ?」

「シロウに危機が迫れば、私にはすぐにわかります。あとは、凛の協力を得てここまでやってきました」

 セイバーの後ろから、室内を覗き込んだ遠坂は赤くなってすぐに顔を引っ込めた。

「…………」

 無言で俺に向けるセイバーの視線が痛い。

 まあ、いいわけはできないからな……。

 全裸の俺が、四肢をベッドの四隅にロープで縛られているんだから。

「何をしていたのですか?」

「その、イリヤとかメイド達に無理矢理……」

「本当に無理矢理でしょうか?」

 ジト目で俺を見返してくる。

 俺は繰り返しうなずいた。信じてもらえないと、我が身の危機だ。俺としても必死である。

「では、信じましょう」

 その応えに、俺は安堵のため息を漏らす。

「ただし、何をされたのかは、ちゃんと聞かせてもらいます」

「…………」

 

 

 

 拘束を解いてもらった俺は、セイバーと並んで先行する遠坂を追いかける。

 と――。

 ふらりとセイバーがバランスを崩した。

「大丈夫か?」

「え……ええ。ちょっと、力が入らないだけです」

 そうだ……。ライダーと戦ったため、彼女は魔力が足りないんだ。

「シロウ。わたしをここに残して、貴方だけでも……」

「そんなことできるわけないだろ! 絶対に、セイバーも連れて帰るからな」

 

 

 

 ほとんど力を失っているセイバーと、囚われていた士郎。

 わたしは、歩みの遅い二人を玄関ホールで待っている。

 そして、ありえない人間がそこに姿を見せた。

「イリヤスフィール!?」

「貴女ひとり? 一人一人相手にするなんて、面倒な手間をかけたくないのに」

 彼女は不満そうに口にする。

 その言葉通り、彼女にとって──いや、バーサーカーにとって、相手がサーヴァント一体では敵として不足なのだろう……。

 そして、おそらく、その予測は正しい。

 アーチャーが一人で相手をするなんて、危険すぎる。

「もうすぐ、セイバー達も来るはずよ。それまで時間を稼いで」

 私の言葉に、アーチャーは背中を向けたまま尋ねてきた。

「ところで凛。一つ確認していいかな」

「……いいわ。なに?」

 死地に送り出したような負い目を感じて、わたしは彼に視線を向けることができなかった。

 アーチャーはなんの緊張も感じさせず、こう尋ねてきた。

「時間を稼ぐのはいいが……。別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 そんな、トンデモナイ事を口にした。

「ええ、遠慮はいらないわ。がつんと痛い目にあわせてやって、アーチャー」

 

 

 

 苦闘の果てに、アーチャーのつきだした剣が、バーサーカーの心臓を貫いた。

 だが、二人の戦いはすぐさま第二ラウンドに突入することになる。

「そんな……」

 殺せなかった? いや、死んだのに、生き返った!?

「バーサーカーの正体はヘラクレスだって教えたでしょ? その宝具はゴッド・ハンド(十二の試練)。12回殺されないと死なないのよ。それに同じ攻撃は二度と通じないわ」

 その言葉が、どれほど重大な意味を秘めていることか……。

 英霊を象徴する最強の武器――宝具。それは英霊にとって分身にも等しい。究極の一に、替わりなど存在するはずがない。

 だが──。

 

 

 

「そんなはずないわ……」

 今度愕然となるのは、イリヤの方だった。……いいえ、その驚きを感じたのはわたしも同じだった。

 アーチャーはいつもの双剣を捨て、替わりに様々な武器を駆使して戦っている。

 剣、刀、槍、戟、鎌。

 確かに、バーサーカーに二度目の攻撃は通用しないようだ。

 だが、逆に言えば、繰り出す攻撃がすべて違うものなら、有効打となりえる。

 それぞれに正当な持ち主が存在するはずの魔剣を、複数所持しているアーチャー。

 あれほど有名な武器を持ち、だからこそ、その正体が推測できない。

 どうにかして正体を知りたいところだが、本人すら覚えていないというのだから、腹立たしい。

 バーサーカーもそうだが、アーチャー自身もまた、あまりに規格外だ。

 今回の聖杯戦争に、あたりまえのサーヴァントなんて存在するのだろうか――?

 そんな、驚愕に満ちたこの戦場へ、のこのこと――そう、お気楽そうな彼等が到着した。

 

 

 

 どこか、疲れて見える士郎と、なぜか、満足そうなセイバーである。

 

 

 

 つづく