『セイバー・イズ・フルチャージ(3)』
俺とセイバーは、ビルの屋上で敵と対峙していた。ライダーとそのマスターである慎二だ。
慎二はライダーに力を与えるため、学園にいる全ての人間を生け贄にしようとしたのだ。そんなことをした慎二を放っておけるはずがない。
「あいつらを殺せ、ライダー」
慎二が俺達に視線を向けながら命じた。
「……ですが、私では彼女にかないません」
ライダーが静かに告げる。
「言ってることが違うじゃないか! お前の宝具は無敵なんだろ!?」
慎二が悲鳴のような声をあげる。
「先日、柳洞寺で彼女の戦いを伺いましたが、彼女の宝具は強力です。勝つことは難しいでしょう」
「うるさい! お前の意見なんか聞いていない。いいから、あいつらを殺せ!」
慎二は全く聞く耳を持たない。
敵ながらライダーには同情してしまう。
ライダーは全てを諦めたような長いため息をついて、覚悟を決めたようだ。
「私では貴女に勝てないと思いますが、勝負してもらいましょう」
「わかっているのならば、退いたらどうです?」
ライダーの立場に同情しているのか、セイバーは控えめに提案してみた。
「そうもいきません。マスターの命令ですから」
「そのように無茶な命令に従う必要はないでしょう?」
「こんな人間でもマスターはマスターなのです。どんなに、無知で、無能で、魔術師ですらないとしても」
「…………」
「あげくの果ては、衛宮士郎のサーヴァントなんかに負けるはずがないという、なんの根拠にもならない理由で、戦いを命じようとも……」
余程、鬱憤がたまっているのか、愚痴をこぼしまくる。
ライダーの言葉にセイバーが呆れる。
「サーヴァントが使用できる魔力は、マスターに左右されます。魔術師ですらないというのでは、論外でしょう」
「魔力に満ちている貴女が羨ましい」
「それが、そうでもありません。私のマスターも、魔術師としては未熟なのです。ラインを通して魔力を供給できないため、今は性行為で供給を行っています」
「……セイバー。余計なことは言わないでくれ」
恥ずかしい話なので、一応たしなめておく。
「私もマスターに命じられて、夜の相手までさせられました……」
悔しそうに、ライダーが唇を噛んだ。
「しかし、供給される魔力は、量も少なく、薄いために満足するにはほど遠い状態です」
「……それは災難でしたね」
セイバーが心底同情したようにうなずいている。
「ライダー! 余計なことは言うなっ!」
慎二の声が聞こえた。
まあ、男として、あんなことを言われちゃ、たまらないよな……。それだけは同情できそうだ。
「そのうえ、私が拒否しないのをいいことに、無茶なことばかり要求してきました……」
「それは、一体……?」
「つまり、……(ゴニョゴニョ)……」
「ええっ!? そのようなことまで? ……貴女に羞恥心はないのですか!?」
「しかし、男というのは、そういう嗜好を持っているようです……」
「……本当ですか?」
セイバーが頬を染めながらこちらを見る。
一体、何を話し込んでいるんだ?
女ふたりの会話が、ようやく終わったようだ。
「セイバー、一つお願いがあります。私が敗れた後、シンジを始末してもらえないでしょうか? それが皆のためだと思います」
「シロウの方針で、なるべく犠牲を減らさなければならないのです。半殺しを二回にまけてもらえませんか?」
「それでは少なすぎます。十回ではどうでしょう?」
「その程度であれば、引き受けましょう」
「商談成立ですね」
「ええ」
二人がうなずきあう。
「成立させるなーっ!」
かわいそうなマスターが絶叫するものの、彼女達の友情になんの影響も与えられなかった。
セイバーが俺に視線を向ける。
「……私は運がいい。シロウに抱かれることは、私にとって一番の悦びですから。一回の行為で、シロウから得られる魔力は少ない。……しかし、彼は回数をこなすことができる」
「…………」
ライダーの目つき……、いや、アイマスクで見えないんだが、雰囲気が悪くなった気がする。
「…………」
慎二も俺をにらんできた。
「セイバー。やはり、貴女は私の敵です」
「なぜ? 私たちは、同じ思いを共有したはずでは?」
「所詮、貴女に私の思いなどわかるはずもなかったのです」
ライダーは、召喚したペガサスで、天高く舞い上がる。
セイバーが表情を曇らせた。おそらく、運命の非情さをかみしめているに違いない。
「仕方がありません……」
セイバーが聖剣を構える。
セイバーめがけて、天馬が空を駆け下りた。
「ベルレフォーン(騎英の手綱)――!」
「エクスカリバー(約束された勝利の剣)――!」
白い彗星となって迫り来る天馬を、セイバーの黄金に輝く聖剣が迎撃する。
突然の輝きが、夜闇を消し飛ばす。
その激突がしばらくつづいたのは、ライダーの怒りが強かったせいだろうか?
戦いが終わるとライダーの姿はどこにもない。聖剣の一撃でこの世界から消滅させられたのだ。
やはり、魔力量そのものが、サーヴァントの強弱に影響するのかもしれない。
「さて……」
セイバーに視線を向けられて、慎二が慌てて階段に逃げ込もうとする。
それよりも早く、セイバーが回り込み、行く手に立ちふさがった。
「あ……あ……」
「とりあえず、一回目です」
セイバーが宣言した。
簡単に倒せたかに見えたライダーだったが、彼女は最後に呪いを残した。
セイバーは余計な知識を得てしまい、あんなことや、こんなことを要求してきたのだ。
しかし、さすがに、それをするというか、されるというか、させられるのは、人として許されるのだろうか?
セイバーの正体は、エクスカリバーで有名なアーサー王なのだ。おそれおおいどころの話じゃないぞ。
さすがにためらいを覚えた俺は、セイバーから逃げるように家を飛び出した。
公園のブランコに腰掛けて物思いにふける。
ぼんやりと視線を向けていた地面に、小さな影がさした。
顔をあげると、そこには白い少女が立っている。
「イリヤ……」
商店街で何度か出会ったバーサーカーのマスターだった。
彼女は楽しそうに口を開く。
「知ってるよ。セイバーの身体に飽きて逃げ出してきたんでしょ?」
「……全然、違う」
「お兄ちゃんの相手は私たちがしてあげる」
「イリヤが……?」
いくらなんでも、こんな幼い子を……。
「ふふーん。私はこう見えても、18歳以上なんだよ。大人の事情で、そう決まってるんだから」
「……決まってるのか?」
「シロウが望むなら、お姉ちゃんがブルマを着てあげるよ」
お姉ちゃん? 聞き間違いだよな……。
「いや、ブルマはどうでもいいけど……」
「じゃあ、メイドがいいの? うちにくれば、二人もいるけど?」
「……メイド服か?」
「ううん」
「じゃあ、やだ」
「ダメよ。シロウの意思に関係なく、来てもらうんだから」
イリヤが天使の笑顔を浮かべる。
俺はあっさりとイリヤの魔術に捕らえられて城へと連行されてしまった。