『セイバー・イズ・フルチャージ(2)』
慎二から聞かされた柳洞寺の話を、セイバーと遠坂に伝えた。
思い当たることでもあるのか、セイバーが口を開く。
「あの寺には、霊的な存在に対する結界があります。拠点には向いているでしょう」
「柳洞寺を自分のテリトリーにしているなら、外敵に対する備えもしているはずよ。こちらから攻め込むのは危険すぎるわね」
遠坂の言葉に、セイバーがうなずいた。
「そうですね。柳洞寺を調べるのは、もう少し情報を集めてからの方がいい」
「…………」
「…………」
俺と遠坂がセイバーを見る。
「……なんでしょうか?」
セイバーがこちらを見返す。
「いや、セイバーが慎重論を唱えたから、ビックリしたんだ」
「え、ええ。猪突猛進が信条のセイバーらしくないから、驚いたわ」
「……貴方達は、私をなんだと思っているんですかっ!?」
セイバーが怒鳴るのももっともだろう。
セイバーだって、戦闘のプロだ。危険性は察しているはずだし、無茶なことをするわけがないもんな。
「まったく、人のことを考え無しのように……。それを言うなら、シロウの方こそ、よっぽど無謀な行いが多い。人の事を言う前に……」
ぶつぶつとセイバーはつぶやきながら歩いている。
「まあ、結局のところ、二人の指摘は間違っていないでのですが……」
セイバーの足が踏んでいるのは柳洞寺へ続く石段であった。
「危険を冒すのは私ひとりでいい。その分、シロウには毎晩励んでもらっているわけですし……。第一、私にはなんの不安もない。この身は、士郎の魔力で満たされているのだから――」
何を思い返しているのか、秀麗な頬に赤味がさしている。
「ほう、このような夜更けに、何者かと思えば……、匂い立つような娘子とはな」
その言いように、セイバーが真っ赤になった。
「――何者?」
気配からサーヴァントであることはわかる。セイバーの表情が、少女から騎士へと変わった。
人ではない。つまり──サーヴァント?
「アサシン……か?」
「左様。アサシンのサーヴァント――佐々木小次郎。おぬしはセイバーのようだな? 用件を聞こう。お茶の誘いならば、付き合わんでもないぞ」
「そんなつもりはない」
「ならば、剣による対話を所望かな?」
「その通りだ、アサシン」
山門までの十数段をほんの三歩でセイバーが駆け上がる。
手にしている不可視の剣でアサシンに斬りかかった。
剣に生きる二人がここに激突する。
だが、その戦いは驚くべきことに、アサシン有利だった。
剣の騎士として召喚されたセイバーであっても、高所にいる地の利を活かしたアサシンの剣技に翻弄される。
目の前の侍は、アサシンとしての特殊能力など使用せずにセイバーに拮抗している。
彼が強いのは、アサシンだからではない――佐々木小次郎だからなのだ。
「それがおぬしの全力か、セイバー?」
「……では、全力でいかせてもらおう。私の宝具を受けられるか、アサシン?」
「面白い。私に宝具はないが、変わりに我が秘剣でお相手いたそう」
気迫を込めて対峙する二人の剣士。
戦う二人にだけに通じる、阿吽の呼吸。
精神を集中させ、力を溜める。弓を引き絞るようにして、その瞬間を待つ。
――勝負っ!
「秘剣――燕返し!」
「エクスカリバー(約束された勝利の剣)――!」
アサシンの手にした刀は一振りのみ。しかし、その刹那に生じた殺気は確かに、三つ。
キシュア・ゼルレッチ(多重次元屈折現象)――それは、高速の三連撃ではなく、同時に襲い来る三本の刀。
純粋な剣技の戦いであれば、まさに、必殺。
しかし、エクスカリバーの一撃は、アサシンの刀では受け切れない。それが、たとえ、三本であったとしても。
三本の刀は、激突に耐えきれず、3重に砕け散った。
アサシンは自ら踏み込んだというのに、驚異的な身のこなしでエクスカリバーをかわす。
「く――」
大技の後にはどうしても隙ができる。アサシンほどの剣士であれば、それを見逃すはずがなかった。
だというのに、セイバーへの攻撃はこなかった。
「あ……」
アサシンは間の抜けたつぶやきを口にして、背後を振り返っていた。視線の先には、エクスカリバーの一撃で崩壊した山門があった。
「……もう少し、周囲に気を使ってもらいたいものだな」
アサシンが初めて感情を込めて、嘆いた。
ゆるやかにアサシンの身体が消え始める。
「これは……?」
「特殊な召喚をされた私の依り代は、この山門なのだ」
依り代を破壊されては、この時代に残ることなど不可能だった。
「それは、申し訳ありませんでした」
セイバーの謝罪に、アサシンがため息を漏らす。
残念ながら、アサシンはここでリタイアである。
彼を召喚した方法から察するに、通常のマスターとは思えない。高度な魔術を使用でき、特殊な召喚を行う相手――。
「キャスター……か?」
おそらく間違いない。自分の対魔力の前には、どのような魔術も通用しない。敵がキャスターならば、苦もなく倒せるはずだ。
柳洞寺へ踏み入ろうとしたセイバーに誰かが呼びかけた。
「セイバー!」
「シロウ……、なぜここへ?」
山門に立つ彼女が振り向いた。
「夜中にお前がいないことに気づいたんだ。セイバーのことだから、一人で突っ走ったんじゃないかと心配して……」
「どうしてそう、無謀なのです!? 未熟な貴方が一人で出歩くことこそ、よっぽど危険です!」
「そういうセイバーはどうなんだよ? 一人で突っ走って、思わぬ事態に、足をすくわれる可能性もあるんだ!」
「ご心配なく。すでにアサシンを倒しました。この先に待つのはおそらくキャスターでしょう」
どうやら、俺が駆けつけるよりも早く、すでに一戦交えたようだ。
「俺だって、町中から魔力を吸い上げているキャスターを野放しにできないけど、いまのセイバーは魔力が減っているんだろう? キャスターとの対決は、力が回復してからでいいんじゃないか?」
そう告げると、セイバーは俺の顔を見上げてから、顔を赤くしてうつむいた。
「そ……、そうですね。魔力の補給をしたほうがいいかもしれません」
「あっ!? 違うぞ。そういう意味で言ったんじゃなくて……」
そう弁解しながら、俺まで顔を赤くする。
セイバーはすっと俺の手を取ると、軽く握りしめる。
「今日は、もう帰りましょう。時間も遅いですから……」
「そ、そうだな」
俺たちは手をつないで、石段を下りていった。
「あら? ふたり仲良くデート?」
家に戻った俺達を遠坂が出迎えた。
「ち、違う! セイバーを迎えに行っただけだ」
「わかってるわよ」
「いーや、わかってないっ!」
「わかってるってば。セイバーが一人で柳洞寺に行って、誰かを倒したんじゃない? 魔力は減ってるけど無傷だもんね。士郎は令呪でそれを知って、慌てて追いかけたんでしょ? ……どう? 間違ってる?」
「あ……う、うん。すごい、全問正解だ。けどなんだってそこまで判るんだよ、おまえ」
「判るわよ。あんたたちの性格を考えれば、ありえることだもんね」
……もしも、遠坂と敵対していたら、俺に勝ち目はないんじゃないだろうか? それほど、行動が読み切られている。
「それで、柳洞寺には誰がいたの?」
「それが、山門で待ちかまえていたのはアサシンだったんだ。それに、召喚したマスターもキャスターらしくて」
「キャスター!? ちょっと、それって……」
「凛。申し訳ありませんが、話は明日にしてください」
セイバーが遠坂の話を遮った。
「え?」
遠坂が首をかしげる。
「私たちも疲れたので、もう休みたいと思います」
セイバーが頬を染めながら、遠坂から視線をそらす。
遠坂の射抜くような視線が俺に向けられる。
「その……、そういうわけだから……」
俺が促すと、遠坂が苛立たしげに吐き捨てた。
「まったく、サーヴァントとして呼ばれた英霊が、毎日、男とちちくりあうなんて、どういうことよ?」
「それは誤解です。私はサーヴァントのつとめとして、魔力の回復に励んでいるにすぎません」
強弁するセイバーだが、内心ではやましいことがあるのか、やや語調が弱かった。
「これはすべて、聖杯戦争を勝ち抜くために必要なことなのです。決して、快楽に溺れているわけではない!」
「…………」
遠坂が無言でにらむ。セイバーの主張を信じていないのは明白だった。
セイバーも逆に遠坂相手に舌戦を開始する。
「やけに、つっかかりますね。凛は独り寝が寂しいのでしょうか?」
「……は!?」
「凛にはアーチャーがいるではありませんか。身体を重ねれば、彼の治癒も早まるかもしれない」
もっともらしく、セイバーが告げる。
「な、な、な、なに馬鹿なこと言ってんのよっ! そんなことするわけないでしょ! 私は安い女じゃないんだからね!」
声を荒げて遠坂が否定する。
「そうですね。そちらは正常にラインがつながっているのだから、その必要もないでしょう。しかし、私たちはそうではないのです。もしかして、凛は私を弱体化させるのが目的なのでしょうか?」
「だ、誰がそんな姑息なマネ……」
「ならば、凛には無関係でしょう。これは私たちふたりの問題なのですから」
それで、話は終わったとばかりに、セイバーは俺の腕を抱え込む。
遠坂の視線に貫かれながら、俺は自室に連行されたのだった。