『ロード・トゥ・アーチャー(9)』
俺とアーチャーが対峙する。
見守る遠坂とセイバーはあくまでも観客にすぎない。
俺たちが敵とするのはまさしく自分自身。そして、どうしても受け入れられない自分の影。
今にも戦おうとしたとき、それを止める意外な相手が登場した。
だだだだだだだだだ――っ。
驚くべき勢いで石段を一息に駆け上がってきた男。
「待て、待て、待てーっ!」
ザシャーッ!
石畳の上でドリフトをかまし、砂埃を舞い上げながら、ようやくその身体が停止する。
現れたのは非常に懐かしい相手──青い槍兵であった。
…………。
「ああ、そういえば、いたっけ」
「いたわね」
「いましたね」
「忘れていたな」
俺たちが正直な感想を漏らす。
「て、てめぇら……」
ランサーの肩が怒りにわなわなと震えた。
戦うことが目的だと言い切るほどの生粋の戦士──ランサーを置いてきぼりにしたまま、聖杯戦争はほとんど終わろうとしていた。むしろ、ランサーはこの場に間に合ったことを喜ぶべきだろう。
それはいいのだが……。
「なんだ、それ?」
「ああ、これか?」
ランサーが左手に引きずっているなにか――それはおそらく人間であったもの。
「こいつは俺のマスターだ。それに傲慢野郎のマスターでもある」
「なんですって!?」
ボロくずの正体に気づいて、遠坂が目を丸くする。ちなみに、傲慢野郎とそのマスターが何者かは説明するまでもないだろう。
「いますぐここへ連れて行けと命令されてな。できるだけ急いでやってきたのさ。ちょっとばかり運び方は雑だったが、まあ、命令は守ったよな?」
マスター本人は納得しないだろうが、俺たちは誰一人反対意見を口にしなかった。黒幕の脱落はありがたいぐらいだ。
「さーて、俺をのけ者にして決着をつけようなんて言わねぇだろうな?」
嬉しそうな笑みを浮かべてランサーが尋ねた。大好物を目の前にして、喜びを押さえられないらしい。しっぽがあれば喜んで振っていたに違いない。そう指摘したら殴られそうなので、口には出さないが。
「……シロウとアーチャーは忙しいのです。ですから、貴方の相手は私がしましょう」
セイバーが進み出る。
「面白れぇ」
そうだろう。ランサーがその申し出を拒むはずがない。最強のクラスといわれるセイバーと立ち会えるのだから。
セイバーvsランサー──それはこの聖杯戦争において、初めて俺が目にした戦いでもある。
十日ばかりを経て、再び二人が剣と矛を交えようとしていた。
「いくぜ、セイバー!」
ランサーは朱色の魔槍を構え──。
「こい、ランサー!」
セイバーは黄金の聖剣で応じる──。
磁力で引きつけられるように、二人の距離が縮まる。……はて?
戦いの経過を追うのはひどく無駄なことに思えるので割愛することにした。
詳細を知りたい方は『セイバー・イズ・フルチャージ(9)』をごらんください。親切にもリンクつき(笑)。
「マジか!? 本当に俺の出番はコレで終わりなのか?」
「そのようです。残念でしょうが、諦めてください」
セイバーの非情なる宣告を受けて、ランサーは消え去った。
珍しくも情けない表情を浮かべながら──。
気を取り直して、俺たちは再び対峙する。
多少緩みがちだった緊張感が、再び張りつめていく。
俺たちの口から、同じ意味、同じ響きを持つ言葉を紡ぎ出される。
I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)
I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)
Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)
Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で 心は硝子)
I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)
I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)
そして、それぞれの差異を証明するかのように、呪文の違いが生じ始める。
それは、ささいな、そして決定的な違いであった。
Unknown to Death.Nor known to Life.(ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない)
Unaware of loss. Nor aware of gain.(ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし)
Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)
Withstood pain to create weapons. waiting for one's arrival.(担い手はここに孤り 剣の丘で鉄を鍛つ)
Yet,those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく)
I have no regrets.This is the only path.(ならば我が生涯に意味は不要ず)
So as I pray,unlimited blade works.(その体はきっと剣で出来ていた)
My whole life was "unlimited blade works"(この体は、無限の剣で出来ていた)
「まさか、固有結界?」
驚きの声を上げる遠坂の前で、俺とアーチャーの心象風景が現実世界に出現する。
俺たちの戦いはほんの数秒で決着がついた──。
「あんた、バカ?」
どこかで聞いたような台詞で、遠坂が俺をなじる。
「そもそも、アーチャーが使用している魔力だって、士郎から引き出したものじゃない。アンタの魔力量で固有結界を二つも展開できるわけないでしょ?」
全て遠坂の言うとおりだった。
俺もアーチャーも魔力切れでばったりと倒れている。ダブルノックダウンというべき状態だった。
アーチャーにいたっては、自分の身体を魔力で構成しているわけだから、死活問題である。
「引き分けってことで、お互いに納得したら? 勝ったところで士郎にメリットがあるわけじゃないし。身の安全が確保できればそれでいいんでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
「あの危なっかしい泥を吐き出している聖杯を始末しちゃえば、アーチャーも消えるし、万事解決よ」
「セイバーはそれでもいいのか?」
「仕方ありません。私が望んだ聖杯とは、あのように禍々しいものではないのですから」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は聖杯の入手など問題にしていない。
「アーチャーと違ってセイバーは消えたりしないわよ。マスターが優秀だもの」
俺の意図を察して、遠坂が否定してみせる。
「それより、アーチャー。アンタは本当に士郎を殺すつもりがあったの? そんな回りくどいことしなくても、いつでもチャンスはあったはずよ」
「……残念ながら、君たちとの生活で昔の自分に戻ってしまったのかもしれんな」
アーチャーが真剣な面持ちで、じっと遠坂の顔を見つめる。
「な、なによ」
「凛。それに、セイバー。もう一度、君たちに会えて嬉しかった」
「うっ……」
「なっ……」
ふたりがそろって赤くなった。
エクスカリバーで聖杯を破壊したいま、アーチャーが現界できる時間はほんの数分程度しか残されていない──。
「衛宮士郎。俺のようにはなるなよ」
そう口にしたアーチャーが眉根を寄せる。
「……何を笑っている?」
「俺はお前が嫌いだ」
「それがどうした?」
「そんな俺が、お前の言葉に素直に従うと思うのか?」
俺の言いたいことは、アーチャーにも通じるはずだ。
「ふん。好きにするがいい。貴様が苦難の道を選ぼうとも、今の俺には関係ないからな」
それが、アーチャーの返答だった。
あたりが朝の輝きに満ちていく。
この綺麗な風景の中で消えていけるとしたら、それはひどく幸福なことかもしれない。人ごと(?)だからか、そんな思いが頭をかすめる。
「凛と幸せにな」
「なっ!?」
「えっ!?」
唐突な言葉に、俺と遠坂が身体を硬直させた。
「何を言い出すのよ、アンタは!」
「照れる必要はない。未来のエミヤシロウが、君の本心を知らないはずがなかろう。それに、四月の半ばには……」
意味ありげに言葉を濁され、遠坂がこれ以上ないくらいに赤くなった。
「最後に忠告しておこう」
アーチャーの視線が俺に向けられる。
「セイバーと凛はパスでつながっている」
「……それがどうかしたのか?」
意図がつかめずに、何気なく尋ねた。その後の話の流れを察していれば、決してしなかった質問である。
「つまり、セイバーに手を出すと絶対に凛にバレるぞ。」
『……なっ!?』
俺と遠坂とセイバーが同時にうめいた。
「間桐桜との浮気は避けた方が賢明だ。祖父もやっかいだが、なにより彼女自身が一番危険だ」
その言葉に、遠坂が俺をにらみ付ける。
「イリヤを選べばもれなく二人のメイドがついてくるが、アインツベルンの一族は執念深いから、手を出さない方が無難だろう」
遠坂の隣に立つセイバーもまた、俺をにらんでいる。
「あとは……、そうだな。時計塔に行くと、ルヴィアゼリッタと知り合うはずだ。この娘だけはやめておけ。端的に説明するならば、彼女は遠坂2号だ。それだけで貴様にも伝わるはずだ」
誠に遺憾だが、アーチャーの言わんとすることは、非常によく理解できた。
「まさか」
否定するのは、そうであって欲しくないという俺の願望である。
「それがあり得たのだ」
「だって、遠坂だぞ」
「そうだ。あれはまさしく、もう一人の凛だ」
赤いあくまが二人──これほど恐ろしいことはこの世にあるまい。
言うだけ言うと、アーチャーの姿がかげろうのように薄れていく。
殺気を感じ取り、俺はようやく状況を把握できた。
「ちょっと待て! なんだそれは!? 全部デタラメだよな? ちゃんとフォローしていけ! こらっ! さわやかな笑顔で誤魔化すんじゃない!」
俺がして欲しい弁明を一つも口にせずアーチャーは消えた。
赤いあくまと、怒れる獅子を俺に押しつけて。
これが、アイツの果たした唯一の復讐だった。
●
あれから、十年が過ぎた──。
青年は、一人丘の上に立つ。
アーチャーの忠告も虚しく、彼は全員に手を出した。
おかげで現在の窮地にある。
信頼のおけるパートナーが傍らにいれば、もっと違った状況にあるはずだ。だが、彼の手助けをしてくれそうな相手は、今この場にいない。
どうやら、自分は明日の太陽を拝むことはできないらしい。
これというのも、アーチャーの忠告を聞かなかった、若き衛宮士郎のせいなのだ。
やり直すことなどできないだろう。
無意味なことだとはわかっている。
しかし、彼はこの憤りをぶつけずにはいられない。
八つ当たりにすぎないとしても──。
かくして、因果は巡るのであった。