『ロード・トゥ・アーチャー(8)』

 

 

 

 突然登場した金髪赤眼の青年は俺たちを驚かせた。

 なかでも動揺しているのはセイバーである。

「……アーチャー?」

 セイバーがなぜかアーチャーの名をつぶやいた。

「私がどうかしたのか?」

「ええ、あの男の能力は貴方と同じ……って、貴方を呼んだわけではありません」

 珍しいノリツッコミが、セイバーの驚きを物語っていた。

「あの男は、前回の聖杯戦争においてアーチャーとして召喚された英霊なのです」

「前回だって?」

 思わずオウム返しで口にしてしまう。

「……なるほどね。どういう手段かはわからないけど、前回の聖杯戦争後も消えずに現界していた英霊──私たちにとっては8番目のサーヴァントになるのね」

 ずいぶんと察しが良すぎる気もするが、おそらくそれが遠坂の役割なのだろう。

「その通りだ。この10年の間、貴様を待ちわびていたぞ、セイバー」

「10年前になにかあったのか?」

「私はアーチャーに手ひどく侮辱されたのです」

「それも私のことではないのだな?」

 口を挟んだのは赤い方だ。

「当然です。会話の流れを読んだらどうですか!」

「おちつきなさいよ、セイバー」

 吼えたセイバーを遠坂がなだめた。

「だけど、確かに名前が被っていると面倒よね。とりあえず、赤い方でも真名を名乗りなさいよ」

「…………」

 苦渋に満ちたアーチャーの表情。

「何よ? 今更、真名を明かしたところで問題でもわるわけ?」

「……真名も被っている」

『真名まで!?』

 アーチャーの告白に、セイバーと遠坂が驚愕する。

 俺が言うのもなんだが、……アイツの人生は借り物ばかりか?

「……じゃ、じゃあ、金ピカの方は? 名乗らないなら、これから金ピカって呼ぶけど」

 チ──。

 金ピカが舌打ちをした。どうやら金ピカと呼ばれるのはイヤなようだ。

「ギルガメッシュと呼ぶがいい」

「ギルガメッシュ!?」

 ──それは、セイバーやバーサーカーより古い伝説を起源とする者。

 かつて古代メソポタミアに君臨したという魔人。

 己が欲望のまま財宝を集め、その果てに不老不死を求めた半神半人の王の名。

「……まあ、それは置いておくとしてだ」

 アーチャーが見えない箱を横へどかす仕草をして、あっさりと会話を振った。

「それで何があったというのだ?」

「……戦いのさなかに求婚するなど、私を侮辱するにもほどがある」

「求婚!?」

「侮辱などとは心外だな。まぎれもない我の本心よ。さあ、今こそ我のものとなれ、セイバー」

「断る!」

 きっぱりと拒絶する。

 それはまさに遮断。五つの魔法すら……いや、それは言い過ぎか。

「なぜ、我を拒む。貴様にはそれだけの価値があるのだぞ」

「10年も待ち続けるなんて、意外と一途じゃないか」

 俺は素直に感心していた。

「そうね。なかなかできることじゃないと思うわ」

 遠坂もうなずいている。

「なあ、セイバー。真面目に検討するべきじゃないか? 相手に失礼だぞ」

「そうね。傲慢ではあるけど、まあ、金だけはありそうだし」

「そこの外野は無責任なことを言わないでください! 私とあの男はあらゆる点が違いすぎる。価値観も、生き方も……。私にとって、シロウの方が遙かに好ましい」

「へ……」

「え?」

 俺と遠坂の目が点になる。

「い、いえ、あくまでも比較対象としてです。何もシロウを好きだと言っているわけでは……」

 頬を染めてセイバーが否定する。

「言ってるじゃない」

 不機嫌そうに遠坂がツッコむ。

「それなら、アーチャーとシロウだったらどうなのよ?」

「それもやはり、シロウの方が……」

「ふーん」

 遠坂の冷ややかな視線を受けて、セイバーがあわてる。

「いえ、ですから、シロウしか見えていないのではなく、それは、比較対照が悪すぎるから……」

「茶番はそこまでにしておけ。そのような雑種ごときが、我の宝に手を出すなどと、おそれおおいとは思わぬのか? それとも、自ら望んで我の怒りを受けるのか?」

「誰が貴方のものですか! 貴様の物になるくらいなら、私は喜んでシロウの元に走る。……ですから、比較論に過ぎないと言っているのです!」

 とうとう、ツッコミを待たずに弁解をし始めた。

「貴様がここまで聞き分けが悪いとは思わなかったぞ、セイバー。それほど力づくで蹂躙される方が好みか? よかろう。貴様の主となる我の力にひれ伏すがいい!」

 金ピカ──いや、ギルガメッシュの背後にずらりと剣の柄が並ぶ。主人に引き抜かれるのを待つ、無数の剣群。

 だが、ヤツが手にしたのはわずかに一本のみ。

 ヤツがどれほど多くの剣を持つのか、どれほど素晴らしい剣をもつのか、俺は知らない。

 だが、ヤツが手にした剣は、比肩しうるもののない、唯一絶対の剣だった。

「そこの雑種どもは運がいい。この剣を目にし、その力を受けて消滅できるのだからな。あの世とやらで、永劫に誇るがよい」

 円柱のような刀身が相互に回転して、魔力を吹き上げた。

 それに呼応するかのように、セイバーの剣が風を解き放つ。空気を歪めていた風の隙間から、黄金の光がこぼれ落ちる。

 大気が震えた。

 まるで、これから起きようとする事態に、世界そのものがおびえているかのように。

 そして、最大最強の力が激突する──。

「エヌマ・エリシュ(天地乖離す開闢の星)──!」

「エクスカリバー(約束された勝利の剣)──!」

 激突する魔力の余波が周囲を荒れ狂った。

「素晴らしいぞ、その力。さすがはセイバーよ。この一撃を受け止められるとは思わなかったぞ」

 楽しげな哄笑が響く。

「──ほんの数秒に過ぬがな」

 ヤツの言葉はどこまでも高見からのものだった。

 それはつまり、ヤツにはまだ余力が残されていることに他ならない。

「我を倒したくば、その三倍は持ってこい」

「く──」

 他ならぬセイバー自身が状況を理解している。セイバーの最強の宝具でさえギルガメッシュに及ばない。

「手を貸そう」

 アーチャーがセイバーの傍らに並ぶ。

「贋作者ふぜいが血迷ったか。我等の間に貴様の入り込む余地など無いわ」

「気色の悪い言い方をするな!」

 その怒りが後押ししたのか、わずかにセイバーが盛り返す。

「これは私の戦いです。貴方にも貫くべき道があるでしょう!」

「悪いがその言葉には従えない」

 アーチャーに気負いは全く見られなかった。ごく自然とセイバーの隣に立っている。

「守護者として束縛されることのない今、私は望むように戦い、──守りたい者を守る」

 アーチャーの手に一本の剣が実体化した。

「それはっ!?」

「エクスカリバー(約束された勝利の剣)──!」

 伝説に残る最強の剣が二本──。

 爆発的にふくれあがったはずの魔力が、それでも拮抗した。こちらの増加分をさらに上回る強大な魔力が押さえつけている。

「だから言ったであろう。贋作が一本増えたところで、たいして変わらぬ。足りぬというのがわからぬか──」

「十分にわかっているつもりだがね」

 皮肉を交えてアーチャーが答える。

 アーチャーは知っている。アーチャーと同じように、セイバーを助けたいと望む人間がいることを。

「──トレース・オン(投影、開始)」

 そして、俺に何ができるのかも──。

 弓につがえるのは一本の剣。

 それは、俺が作り出せる最強の剣。

「貴様が望んだ三本目の剣だ。受けとれ、ギルガメッシュ!」

 風を切って、黄金がきらめいた。

 セイバーやアーチャーをかすめるかもしれないが、俺は心配していない。

 あたる──。間違いのない手応えがあった。

 俺の意志に応じて、光のごとく一直線に剣が走った。

「──ばか……な」

 驚愕するギルガメッシュが身をかわす間もない。

 自壊する一本と、セイバーとアーチャーの放った一撃が、エヌマ・エリシュを打ち破る。

 ギルガメッシュの身体は光の中に姿を消した。

 

 

 

「残るサーヴァントは、私と君だけのようだな」

「……私と戦うというのですか?」

 セイバーが固い声で尋ねる。

「貴方には先ほど助けられた。私はできることなら貴方と戦いたくはない」

「勘違いするな、セイバー。私は君と戦うつもりなどない」

「ですが、聖杯を手に入れるには……」

「私は聖杯など望んではない」

「どういう意味ですか?」

「私が望むのはこの冬木で行われる聖杯戦争に参加すること。そしてそれは叶った」

「参加することそのものが目的だというのですか?」

「そうだ。聖杯戦争に参加すれば、衛宮士郎を殺す機会を手に入れられるだろう?」

「な……」

「私は以前にも衛宮士郎を殺そうとしたことがある。そのことは君も知っているはずだ。先ほどのことを借りだと思っているのならば、私たちの戦いを黙って見届けるがいい」

 口元に皮肉気な笑みを浮かべてセイバーに告げる。

「マスターとサーヴァント──どちらが勝ち残っても、君は聖杯を手にすることができる」

「な……!?」

「覚悟はいいか?」

 アーチャーが俺に視線を向ける。

「わかってる」

 持ち上げた左手には、一つだけ残った令呪が浮き出ている。

「アーチャーに命じた命令を全て撤回する」

 その言葉とともに、最後の令呪が消滅する。

 これで、アーチャーは令呪の束縛から解き放たれ、俺を殺す自由を得たのだ。

「士郎、どういうことよ?」

「約束だったんだ。最後まで手を貸してもらうかわりに、決着をつけるって」

「バカじゃないの! マスターがサーヴァントに勝てるわけないじゃない!」

「そうです、アーチャー。そんな戦いに何の意味があるというのです!」

「まったくの無意味かもしれん。それは私自身わかっていることだ」

「でしたら、やめてください。互角の戦いならばまだしも、一方的な殺戮をするつもりならば、私は傍観するわけにはいきません。先ほどの恩を仇でかえすことになろうと、貴方を止めてみせる」

「私たちの戦いに介入出来る権利をもつ者は、おそらく存在しない。なぜなら、これは自分自身の戦いなのだから」

「それは一体……?」

「最後に明かしておこう。私の真名は──エミヤシロウだ」

 

 

 

 つづく