『ロード・トゥ・アーチャー(7)』
柳洞寺へ向かう長い階段を俺たちは上っていた。
遠坂によると、町中から魔力を吸い上げていたのは、ここを拠点としてたキャスターの仕業らしい。
以前に遠坂が訪れたときは強力な門番がいたために、退却を余儀なくされたという。
キャスターが消滅した今、俺たちは改めてここまで調査にやってきた。
「凄いな……」
思わずつぶやいていた。
石段の突き当たりにあったはずの山門が、がれきの山と化していたのだ。
まるでここ一点にだけ竜巻が吹き荒れたように、圧倒的な猛威を受けて破壊し尽くされたような状態だった。
こんなありさまでは、ここを守っていたアサシンも無事ではすむまい。
「お久しぶりね、シロウ」
門の内側から、可愛い声が俺の名を呼んだ。
「どうして、ここに?」
日本的なこの場所に、非常に不似合いな少女がそこにいた。
白い少女──イリヤスフィール・フォン・アインツベルンである。
「ここは今回の聖杯の出現場所だもの。キャスターもいなくなったし、ここで待っていれば、みんながやってくるでしょ? もちろん、アーチャーも」
「ふん。どうやら私をご指名のようだな」
「ええ、そうよ。この前はうまく逃げられたけど、今度こそ殺してあげる。私のバーサーカーが負けるはず無いんだから」
「その前に一つだけ確認させてもらおう、イリヤスフィール」
「なに?」
「この前、口にしていた条件は有効なのか?」
「……なんのこと?」
「確か言っていたはずだろう? 私一人では物足りないと。セイバーも一緒に相手取った方が楽でいいとな」
「……え?」
それは、バーサーカーが無敵だと信じていた頃のイリヤの言葉だった。
「ではお言葉に甘えて、私はセイバーと二人がかりでやらせてもらおう」
「だめーっ! そんなのずるいっ!」
咄嗟のことで、イリヤも体裁を取り繕うことができなかったようだ。
無理もない。
ただでさえ、得体の知れないアーチャーである。甘く見ていると、どんな逆襲をうけるかわかったものじゃない。前回の戦いで、バーサーカーはまさに半殺しの目にあったのだから。
「ほう、最強たるアインツベルンの魔術師ともあろうものが、前言を撤回するのか? 自分の不利を悟ったから、恥も外聞もなくひとりづつ戦ってほしいと泣きつくというのだな?」
「むーーっ」
口惜しさにイリヤが真っ赤になる。こう言ったら当人は侮辱されたと思うかもしれないが、そんな仕草がやたらと可愛い。年相応の少女に見えた。
アインツベルンのマスターとしてプライドを取るか、この戦いにおける勝利を取るか、イリヤが葛藤している。
「少しくらいならば、悩む時間を与えてやるぞ。さすがに、朝まで待つつもりはないがね」
アーチャーはかすかな笑みさえうかべて告げる。よく女性陣をからかっているが、何か含むところでもあるのだろうか? まさか、個人的な恨みがあるとも思えないし。
「待ってください。私は助勢するつもりはありませんよ」
イリヤを見かねたというわけでもないだろうが、セイバーが割って入った。
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です」
アーチャーの問いに、セイバーが澄まして答える。
「私がバーサーカーに苦戦した時、貴方は助勢しようとしなかったではありませんか。自分が戦う段になって、人を当てにするのはいささか身勝手というものでしょう」
「そうそう、一人でがんばりなさい」
傍らの遠坂もうなずいて、セイバーの主張を肯定する。
「嫌われてるみたいね、貴方は」
余裕を取り戻したイリヤが、かろうじて笑みを浮かべた。
「残念ながらそうらしい」
アーチャーが肩をすくめてみせる。
「仕方がない。では衛宮士郎、貴様にやってもらおう」
「俺?」
「そうだ。ここ数日の修行の成果を試してみろ。貴様にどれほどの事ができるか」
「ちょっ、ちょっと、どういう冗談よ!?」
驚いた遠坂が口を挟む。
魔術師の卵にすぎない俺では、サーヴァント同士の戦いに介入できる余地はない。――そう考えるのが自然だった。衛宮士郎が例外中の例外ということを、遠坂はまだ知らない。
彼女には答えず、アーチャーに確認しておく。
「俺の手が必要だってことか?」
「……そうとも言う」
「だったら、言葉遣いを考えるべきじゃないか?」
俺がここぞとばかりに、強調する。俺が強い立場に回れる機会など数少ない。アーチャーが相手なら、貸しはデカいほどいい。
「貴様の助けが必要だ。力を貸してもらえないか?」
「ご主人様、は?」
「手を貸してください、ご主人様」
「そうまでいわれたら仕方ないな。マスターとしてサーヴァントのために骨を折るとするか」
ようやく、うなずいてみせる。
「……地獄に堕ちろ、マスター」
「前衛は俺が受け持つ。人間ではバーサーカーと打ち合うことなどできん。貴様は援護に回れ」
「わかった」
「奴の命が12だから、どちらが先に6個奪えるかの勝負だ」
「ちょっと待てよ、俺はサーバントじゃないんだ。ハンデを見込むと、4:8だろ?」
「ほう、自分の実力が劣ると認めるというのか? そのような覚悟では皆を救うことなど不可能だろうな」
「む……」
「間をとって、7:5だ。このぐらいはやってみせるがいい」
「仕方ない。それで手を打とう」
さくさくと進む俺たちの打合せに、イリヤが不思議そうに尋ねてきた。
「何の話?」
「だから、私と衛宮士郎とで、どちらがバーサーカーの命を多く奪えるか、勝負をしようとしているのだ」
アーチャーの言葉をイリヤが正確に認識するまで、一拍の時間を必要とした。
俺達がバーサーカーを倒すことを前提に話をしていたことに、ようやく気づく。
「ばっ、バカにしてーっ! アーチャーならまだしも、シロウなんてなんにもできるわけないじゃない!」
さすがに、イリヤが吠えた。
最強のサーヴァントを従える最強のマスターとして当然の行動だった。
「狂いなさい、バーサーカー! その二人を八つ裂きにして!」
「■■■■■■■■──っ!」
マスターに同調するように、いや、己自信の自負のためか、バーサーカーもまた咆哮した。
その圧力に正面から挑むのはもちろんアーチャーだ。もしも役回りを交代したら、俺など一撃で消し飛ぶだろう。
アーチャーの剣技はセイバーに劣る。真っ向勝負が長く続くはずもない。
俺は距離を取って武器を手にする。
「トレース・オン(投影、開始)」
アーチャーの使っていた弓にくらべて、多少歪な形状をしている。劣化コピー版というべきか。
続いてつがえるべき矢を創造する。
──カラド・ボルグ。
ここ数日、俺はアーチャーが所有する様々な剣を見ている。アーチャーとの修行の成果で、俺はそのほとんどの剣を投影できる。
アーチャーの言っていた通り、俺にできるのは投影だけ。だが、剣である限り俺の投影に失敗はあり得なかった。
矢をつがえる。
弓道部で弓を引き続けたとき情景が思い浮かぶ。
その瞬間、衛宮士郎という存在は薄れ、弓を引く何者かだけが残る。
狙うのではなく、当たる瞬間を待つ。恐れも焦りもなく、俺は弓矢と一体化する。
俺の指は自然と動いていた。
当たる瞬間を見て放ったのだから、これは当たる。確信などというものではなく、これはすでに確定された事実である。
だが、バーサーカーが瞬時に反応する。
放たれた矢が到来するまでの刹那に、バーサーカーは危険を察知して、斧剣で迎撃する。
爆発が巻き起こる。
爆炎の中に佇立する巨人。
がつん!
その隙を狙ったアーチャーの剣が、バーサーカーの頭部に食い込んでいた。
「一つ」
アーチャーが自慢げな視線を俺に向ける。
「くそ、今度は俺が──」
続けて、投影を行う。
幾度目かの俺の援護射撃を足がかりに、アーチャーが斬りかかる。
それこそが、新しいチャンス。
今度はアーチャーの攻撃に応じて生じた隙を、俺が狙った。
「フルンディング(赤原猟犬)」
それすらも察知してバーサーカーが身をかわす。だが、はずれたはずの赤い光弾はバーサーカーを追撃した。
ごおんっ!
生じた爆発は至近距離にいたアーチャーまで吹き飛ばしていた。
「加減をしろ、ど素人め」
アーチャーの悪態を聞き流して、口を開く。
「二つ」
その後も俺達の攻勢は続き――。
「三つ」
「四つ」
「五つ」
・
・
・
「一二っ!」
最後を決めたのは俺の一撃である。
アーチャーごと狙わなければ、危なく、アーチャーの8点目を許す所だった。
なんとか、取り決め通り5:7で終えることができた。
負け越しでもしようものなら、アイツに何を言われるかわからない。
観客は声もなく、結果に驚いている。
イリヤだけではなく、遠坂もセイバーも無言だった。いや、イリヤはすでに気絶しているようだ。
最強たるバーサーカーがあっさりと消滅したのだから、彼女等の驚きは当然だろう。
「ふん。つまらん見せ物だったな」
ぼそりと、無感動な批評が耳に届く。
「たかがガラクタごときに命を奪われるとは、ヘラクレスとやらも存外情けないものよ」
門に姿を見せたのは、さらなる最強の存在だった――。
Q.バーサーカーが合計で13回殺されているが?」
A.「十二の試練」が時間の経過により回復するためです。
> 死に至らぬ傷ならば、あと数分で完治しよう。
> だが―――全てを元に戻すには三日を有する。
(ゲーム版セイバールートより)