『ロード・トゥ・アーチャー(6)』
キャスターにとってセイバーは天敵と言える。
キャスターというくらいだから様々な魔術を駆使できるはずだが、なにしろセイバーは冗談みたいに強力な耐魔力を持っている。肉弾戦にでもなれば、キャスターなど1分とは保たない。
それを考えると、キャスターがセイバーを手に入れようとするのは、非常に合理的な判断と言える。それとは別に、セイバーの容姿そのものもキャスターに気に入られたという話だ。
遠坂邸はキャスターの竜牙兵に襲撃され、不意をつかれた遠坂がキャスターの人質となったらしい。キャスターに奪われたはずのセイバーが手を貸してくれなければ、遠坂はその場で命を落としていただろう。
「く……、あの時が一番のチャンスだったかもしれないのに」
またしても遠坂が悔やむ。
なんでも遠坂は中国拳法を使えるらしく、人質になっていた状況が一番のチャンスだったと今更ながら気づいたらしい。
「……まあ、遠坂らしいな」
「……ふむ。そのようだ」
「な、なによ。咄嗟の状況だったんだから仕方ないじゃない!」
遠坂が力説する。
「つまりはうっかりしていたんだな」
「うっかりならば、仕方がないな」
俺とアーチャーが並んで頷く。遠坂の言い分を認めた形なのだが、本人はいたく不満そうだった。
「うるさいわねっ! それより、妙に気があってるじゃない?」
「そんなことないぞ、遠坂」
「気のせいだろう、凛」
「……まさか、本当にふたりで魔力の補給を」
『違うわっ!』
俺たちの声がハモった。
俺たちはキャスターが占拠している教会を訪れていた。
キャスターが薄く笑みを浮かべる。
「あら、両手に花というわけ? ずいぶんとお尻が軽いのね」
「そんなんじゃないわよ!」
キャスターの軽口に、遠坂が過敏に反応する。
遠坂を押さえるようにして、アーチャーが前に歩み出た。
「キャスター、ひとつ相談があるのだが?」
「なにかしら?」
「私をそちらの陣営に入れてもらえないだろうか?」
…………。
最初、コイツが何を言い出したか、理解できなかった。
「……おい、アーチャー!」
「最強のサーヴァントであるセイバーが奪われている以上、こちらの勝ち目は低い。生き延びることを考えるならば、向こうと組む方が分がいいはずだ」
「アーチャー、アンタ……」
俺や遠坂がにらんでも、アーチャーは露ほどにも感じていない。
「……本気なの?」
キャスターが、アーチャーを値踏みしてつつ尋ねる。
「無論だ。冗談で言っていると思うのかね?」
アーチャーの言葉を受けて、キャスターがあっさりと断をくだす。
「――断るわ」
「……なぜだ?」
「わからないの?」
「わからんね。好んで敵を増やすほど、君は愚かではなさそうだ」
「理由は簡単よ。貴方が裏切りそうだから」
それがキャスターの答え。
簡潔にして的を射ていた。
あまりに単純な理由だったからか、真実を言い当てていたためか、アーチャーが憮然とする。
「では仕方がない。……当分は君らの仲間で我慢するとしよう」
「アホかっ!」
「誰がアンタなんかを仲間にすんのよ!」
「そうだ。後悔の涙で溺死しろ!」
俺と遠坂がそろって罵声を浴びせる。眼前で裏切ろうとしてしかも失敗した相手を、信用などできるはずがない。
「まったく……、相手の手の内を探るためと、奴らの行動を掣肘するために決まっているだろう。そのぐらいも理解できないのか?」
肩をすくめて嘆くアーチャーに、俺は身振りで自分の意志を継げる。
拳から親指だけを突き出し、自分の首をかっ切る仕草をして、親指を地面に向けて下へ振って見せる。翻訳するなら、──「くたばりやがれ!」だ。
「とにかく、貴様は有能な存在をわざわざ敵に回したのだ。残念だったな、キャスター」
「まったく残念じゃないわ」
むしろせいせいした表情でキャスターが答える。
「今に後悔することになる。彼らは私がこの身に変えても守って見せよう」
アーチャーが俺たちに大きな背中を向ける。追いかけたいなどとは決して思わない背中である。
「どう思う、この態度?」
「好きにさせておけば?」
遠坂が投げやりに答えた。意気込んでここまで乗り込んだのが、非常にばかばかしくなってきた。
キャスターも舌戦を切り上げ、行動に移そうとする。
「セイバー、アーチャーを倒しなさい!」
「……承知しました」
キャスターからの令呪に逆らい続けて苦悶していたはずのセイバーが、その場に立ち上がる。
身を包んでいたドレスが弾け飛び、その下の白い肢体が――残念ながら見られなかった。代わりにセイバーが身に纏ったのは、青い衣と銀の鎧。
「すまない、アーチャー。凛やシロウならばまだしも、貴方のためでは令呪に逆らうことができない」
「その手の台詞は聞き飽きたよ」
アーチャーが憮然と答える。
「たが、もし君が凛の元に戻りたいと言うのならば、私は手を貸すことができる。どうちらかを選ぶがいい」
とまどいの表情を浮かべながらも、セイバーが答える。
「もしも、それが叶うのならば……」
「では、任せてもらおう。そのまま動くな」
アーチャーの右手に奇妙な短剣が出現した。
「まさかっ!?」
「それはっ!?」
驚きの声を上げたのは遠坂とセイバーである。
「そんな……」
キャスターなどは、驚愕の表情で凍り付いた。
皆がその正体に気づいたようだが、俺だけは蚊帳の外だ。
アーチャーは投影した短剣をセイバーの胸にさくっと突き刺していた。
「アーチャーっ!?」
何も知らない俺にアーチャーが説明した。
「ルール・ブレイカー(破戒すべき全ての符)。これは全ての魔術的な契約を破棄する裏切りの刃だ。これでセイバーはキャスターとの契約を失ったはずだ」
「……貴方は一体、何者なの? どうして私の宝具を持っているのよ」
先ほどまでの態度と一変し、キャスターの顔からは血の気が失せ、狼狽に歪んでいた。
「そうか……。いつ、どこで手に入れたのか、私自身忘れていたが、君の物だったとはな」
アーチャーが皮肉気に笑う。
「他人の絆を断ち切りサーヴァントを奪っていた貴様だ。自分の宝具で誰かに奪いかえされるというのは、それこそ自業自得というものだろう」
キャスターの拘束を脱したセイバーが、容赦すべき理由など一片もない。
セイバーの剣が一閃し、キャスターはここでリタイアとなった。